真実を知った日に
「思ったよりも早くこのことを知らせないといけなくなったようだ。美代。警察からお前と話したいって刑事たちが来ている」
「え? なんでですか? まさか蓮司会長? 悪いことをしたんですか?」
一瞬、蓮司は目を細めた。美代の為なら地獄にも落ちて、その悪魔でさえも殺してみせると思うくらい、彼には美代が絶対的な存在になっていた。
ふっと柔らかい目線になる。
「違うよ。美代。君のお父さんの会社の倒産についてだ」
「え? 父の話しですか?」
「何故お父さんの会社が倒産してしまったか、知りたいか? 美代がもう過去を振り返りたくないなら、俺が追い返す。あちらも無理強いは出来ないはずだ。今はな……」
美代の脳裏に過去が蘇る。
涙が止まらない母。
やけ酒を飲んだ父。
書類が舞う会社の事務所。
「どういうことなんですか? なにか犯罪に関わっていたんですか? 父は?」
「美代、俺よりも警察から聞いた方がいい。どうしたい? 俺はいつも隣にいる」
「聞きます。真実を知りたいです」
「……わかった。美代がそう言うなら」
警察が来る前に、蓮司はきちんとスーツを着直した。
ずるい。こう言うときだけ、きちっと決めて。
しかも、「また、ペアルックしような……」なんて言ってウィンクしてくる。
悔しいけど、そのウィンクに心臓が飛び上がる。
その後、警察の方達が入ってきた。
かなり上層部の方のような気がする。
なぜなら、着ているスーツがやけに高級そうだからだ。
蓮司のスーツを見続けて、目が肥えてしまった。
「私は土屋美代の婚約者だ。同席させてもらう」
蓮司が丁重に刑事達に挨拶をする。それで彼らも同意したらしい。
わざわざ警察庁から来た方々からいろいろ説明を受けた。結局、父の会社は国際犯罪組織の詐欺にあったらしいという事だった。嘘の発注で納品させ、しかも最初の数量のオーダーは、きちんとあちらも支払いをする。そして、信頼関係を作り上げたあと、大量発注で品物を納品させる。だが、その支払いはない。あちらの会社もダミーでオフィスごと消えてるという巧妙な仕組みだ。
何故、土屋工業が狙われたかまでは警察もまだわからないらしい。たまたまいい製品をつくる会社だったから、狙われたんでしょうねという話しだった。
「残念ながら、詐欺によって出来た損失は銀行もサポートなどありませんし、失われた工場やその跡地は第三者のものとなっています。そちらはまた弁護士さんや当人同士の話しあいとなります。申し訳ありません」
何故か、ちろっと刑事さんが蓮司を見る。
「ああ、私は将来の妻思いだからね。彼女が持っているべきものは、すべて取り戻す主義なんですよ」
蓮司が言い訳している。
なんだろう、このへんな空気。
「それよりも捕まった連中はどのくらいのチャージをされるんですか?」
「あ、刑罰の長さですか? あまり詳しく言えませんが、米国と相談中です。もしかしたら、主犯格はあちらに送還されて、刑期で言えば、三回ぐらい生まれ変わりをしても刑務所を出れないくらいのものになるでしょうね」
「きちんと裁きが行なわれることを望みます」
何も言えない美代に代わって、蓮司が刑事達に真剣な眼差しを向けた。
「わかりました。たしかに大原総裁ほどになると、こちらの婚約者様に対しての愛情が深いんでしょうね。今日はお話しを聞いていただいてありがとうございました。失礼しました」
刑事達が帰っていく。
「大丈夫か? 美代」
心配そうに蓮司が美代を覗き込む。
ちょっと頭がクラクラしそうだったけど、あの倒産が父の責任ではなかったことに、ある意味ホッとした。
みんな従業員たちも散り散りになって大変な目にあったのだから、とても苦しい気持ちになる。
「せめて元従業員たちになにか渡せるお金が残っていたら、良かったのに」
涙がぽろっと落ちていく。
「おい、こんなときまで他人の心配か、全くお前は、どこまでお人好しなんだ」
「だって、死んだ人は帰ってこないよ。蓮司。きっと死んだ父さん母さんは思ったはず。従業員たちになにか残せたらって」
「お前にはどうなんだ? 何か残したいと思っていなかったと思わないのか?」
「ううん。いっぱい残してくれたよ。楽しい思い出。私は若いからまだまだ働けるし!身体は丈夫だし? 私はみんなの方が心配なんだ」
なぜか蓮司は、はーっと深いため息をつきながら、立ち上がり、内線で秘書の矢崎を呼び出した。あれこれ指示を出した後、分厚いファイルを持って来させた。矢澤は、美代に軽く会釈をすると、蓮司に見えないようにウィンクをした。
そして、そのファイルを美代の前に置いた。
「おい、俺は断じてストーカーじゃないぞ。それを前提にしてこれを見ろ」
ファイルのタイトルが驚きだ。
『土屋工業元従業員の再就職先と身辺調査』
「な、なんですか? これ?」
「さっきの警察庁の人も言っていた通り、これは国際犯罪組織の犯罪だ。たとえ現在捕まったとしても、土屋工業にいたというだけでいちゃもんつけられたらかわいそうだからな、まあ暇だから調査してみた。大丈夫だ。元従業員74名、みな再就職をしている」
「え? 本当ですか? みんな?」
「ああ、間違いない。大丈夫だ」
美代がファイルを覗き込む。
あー、カラオケが上手な職人堅気の鉄ちゃんは、工業系の会社に再就職か。良かった。あの溶接技はなかなかいないって父が言っていたからなー。
え、あの誠司さん! 工業高校の先生? 意外だわ。でも、元ヤンキーがヤンキーを教えるっていいかも。
一人一人が状況が書かれていた。みんな野垂れ死していない。それだけでも嬉しかったのに、しかも無事再就職をしていた。
良かった。でも、気がついた事があった。名簿の何人かが再々就職、または最近就職し直していた。しかも聞いたことある会社名だ。お届けの仕事で立ち寄った覚えがある。
「あれ、この安田正道さん、もしかして、大原財閥の関連企業に再就職ですか?」
「あ、そうか? そういう偶然もあるな」
「安田さんは、病弱なお母さんと同居していて、介護のため不定期に休みがちでなかなか大変な生活をしている人なんですよ。良かった。縁があるんですね~」
「あ、みっちゃんもだ。山崎美智代さん。シングルマザーでうちの事務やっていたんですけど、子供がまだ小さくて、実家も遠くて、うちでよく子供預かったりしたんですよ。みっちゃんもなんか関連企業みたいですよ。得意な簿記が活かせる仕事だといいなー」
美代は工場でよく遊んでいたため、ほとんどの従業員の顔や名前、経歴を覚えていた。
でも、どんどん資料を読み込んでいくうちに、いささか鈍感な美代でも何かに気がついてきた。再就職が困難と思われる従業員ほど、なぜかみんな大原財閥の関連企業に入社している。
「──待ってください。これって、どういうことなんですか?」
蓮司がそっぽを向きながら、眼を泳がしている。
「みんな、会長が、助けて……くれたの?」
「いや、違う、俺はその……なにもしてない。いや、なんというか、趣味でな、頑張っているヤツは応援が必要だろう!」
美代の肩が震えだす。
きっと怒っているのだろうと思って蓮司も慌てだした。




