007話 可愛い子の言う可愛いって
竹葉 大起と先生との対話は、一段落付いたらしい。その証拠か、女教師の目線は中央廊下寄りに陣取る、煌びやかな女子たちに注がれている。
そこは活気に満ち溢れており、姦しいを通り越している。隣のクラス辺りからクレームを付けられてもおかしくないレベルだ。
その騒がしい区画の中心は、松元 未貴。
数ある制服バリエーションの中から白襟の白セーラー服。これに、一本の白いラインが裾に入った紺色のスカートを選んでいる。それは小柄でショートカットの未貴に驚くほど似合っている。『幼く見えるが』という枕詞を乗せねばならないほど、子どもっぽいが。
いや、別に子どもっぽいから似合っているわけではない。
もしも、未貴が膝に手を揃えているような、楚々とした少女であったとしても、それはそれで似合っていただろう。
やはり何を着ていようとも、与える印象は本人次第ということなのだろう。彼女は将来的に、合法ロリになりそうな予感さえ漂わせている。
「なぁ? 未貴は見たんだろ? 愛しの彼の今の姿を。どんな感じなんだ?」
幼げな少女の真正面で机に両手を突き、覗き込むようにサラサラロングヘアー大人系女子。由梨と呼ばれた子が、外見に似合わぬ男性口調で問いかけた。
未貴は顎に人差し指を当て、首を傾げながら「え? そ、だねー……。可愛いと思うよ?」と返す。どうにも自信が無さそうに見える仕草だった。
「そうじゃなくてですね! もっとありますよねー? どんなタイプとかですよぅ!」
続いて、同じく立ったままだが、未貴の椅子の背もたれに片手を突き、覗き込んだセミロングの可愛らしい少女が詳細を求めてきた。
そんなセミロング少女との近い距離を敬遠したのか、未貴は嫌な顔一つ見せず、小柄な体を背もたれに預けると反り返って答える。
「んー……。こう、あれだよ。応援してあげたくなっちゃうタイプって言うか……」
「へー。それじゃあ、髪型はどんなですかぁ?」
せっかく、距離を空けたにも関わらず、またも顔と顔との距離を詰めてきた。
その近くなった可愛い顔を両手で押し返しながら律儀にも「短いよ? 短いって言うか、まだ伸びてないっていうか……」と質問に応じる。
すると、サラサラロングの由梨が「ちょっと……」と、体を反らした。セミロングの子の後頭部が迫ってきたせいでぶつかりかけたのだ。
ちなみに、未貴の表情には変化が見られた。顔で『近いよ!? やめて!』と言っている。
「ショートやのに応援したい? 健気な後輩系なん?」
セミロング少女との距離の確保に成功したと思いきや、今度は金髪の長いポニーテールの少女がその間に顔を差し入れてきた。どことなく日本人離れした西洋風の顔立ちをしている。イントネーションもどこか関西方面っぽい。
「そお! それ! そんな感じ!!」
今度は、そのポニテの子の眼前に人差し指を立てて見せた。どうにも女子たちの距離が近い。物理的な意味で。
……からかって遊んでいるのだ。未貴は初心であり、このように身体的接触すらない至近距離でも、こうやって顕著な反応を示す。
「……未貴より「ひゃぅ!」
耳元だった。
「可愛いんですか……?」
未貴が背もたれに体を預けるどころか、反り返っていただけに、真後ろに座る眼鏡っ子がチャンスとばかりに身を乗り出し、囁いた。耳には息も掛かったかもしれない。
その弾みで未貴が立てていた人差し指が、ポニテの子に頬に軽く刺さってしまったのだが、別の子が騒いだことによって、無かったことになった。
「『ひゃぅ!』 だって! 可愛いぃー!」
「「「あははは!!!」」」
もう大騒ぎである。
未貴は小動物系、いじられ少女だ。かなりの人気者なのである。
いつもこのように燃料さえ見付かれば、いじり倒される愛されキャラであり、それが故に彼女が署名運動を開始した時、手伝った少女たちが多かったのだ。
(あー……うるさい)
櫻塚 純は、未だに机の下でスマホをポチポチといじっている。未だに……と言うか、これが基本形だ。
(結局、ショートってだけしか情報出てないし)
何も聞いていないように見えるが、何気に周囲へのアンテナは張り巡らせている。
「もう! みんな近いんだって!」
「それは未貴が可愛いからー!」
「そうだな。本当に良い反応をしてくれる」
純を除いた男子たちの視線は、未貴とその周りの女子に集中している。同じ女の子相手に頬を赤らめる未貴は本当に可愛らしい。
(……未貴が可愛いとか、どうでもいいって)
これまでの女子たちの姦しい会話と情報から判る通り、梅原 智と松元 未貴は付き合っていた。なので、智に恨みに近い何かを抱いている純にとっては、その怒りを増長させるだけに過ぎない。
いけ好かない奴の彼女が可愛いと言われれば面白くない。こう言えば解りやすいだろう。
「で。智くんは結局、未貴より可愛いのか? それとも自分のほうが?」
嫌な聞き方をしたのは、最初のサラサラロングの子だった。黒髪ではない。ほんの少しだけ明るくしてある。日に当たれば、かなりの茶髪に見えることだろう。
(よし。ナイス。やっと話が本筋に戻った)
これが本筋だったかどうかは定かではないが、彼にとってこれこそが欲しい情報なのである。
要するに……。
この純くんは、留年阻止の第一声を発した存在であるにも関わらず、智也が智になって以降、そのご尊顔を拝んだことがないのだ。面会に行ってあげて欲しいと何度も未貴にも大起にも言われていたが、全部、無視してしまった。
「……うん。あたしより可愛いよ?」
(へー。そりゃ、いじり甲斐がありそう。やめろ言われても可愛い言い続けてやろっと)
どうやら復学後、第一弾の嫌がらせを思い付いたようだ。
「出ましたね。可愛い子が言う当てにならない可愛いが」
「それ! めちゃわかるわ!」
「可愛い人って平気な顔して他の子に可愛い言いますからねー!」
「そんなのじゃないって! あたしは聞かれたから素直に答えたのに!」
「ほらほら。怒るな。可愛い顔が崩壊してるぞ?」
「ぷっ。崩壊って」
「「「あはははは!!」」」
(………………………………)
純のスマホを操る手が止まってしまっている。何気に他の男子たちも止まっている。この時、聞き耳を立てていた男子たちの心は一つになった筈だ。
(結局のところ、どうなんですか?)
そんなタイミングだった。
校長が教室前方のドアを開け放ったのは。
「盛り上がっているところ、失礼しますよ?」
その校長の堂々とした声音に、教室内は静まり返ってしまったのだった。




