42話
その後、領地に戻ると、旦那様は溜まっていた執務に追われ、忙しい日々を送っていらした。
その間に、私の部屋は別宅から本宅へ移され、私は本宅のキッチンで、いつものようにお菓子作りに励んでいました。
ちょうど焼き立てのお菓子が並んだ頃、休憩中の旦那様がふらりとキッチンにやって来られ、香りに誘われるように一つ摘まれた。
「これは、りんごか? りんごの風味がして、とても美味い」
「はい。この領地は気候が厳しいので、育つ果物が限られます。どうしてもりんごやブルーベリー、梨を使ったものが多くなってしまいます」
旦那様は、隣に置いてあった別の焼き菓子を手に取り
「ということは、この紫色の菓子はブルーベリーだな?」
そう言ってまた一口召し上がると、目を細めて
「これも素晴らしく美味い」
と、次々と口に運んでくださった。私はお茶を淹れながら微笑み
「今度は梨を生地に練り込んだものを作ってみますね」
と言うと、旦那様はふと思いついたように
「これ、日持ちもするし大量生産できるのでは?」
と問われた。
「やろうと思えば、たぶんできると思いますが」
「よし、ではやってみよう」
旦那様は少年のような瞳でそう宣言された。
そうと決まればそこからが早かった。
長らく使われていなかった建物を改修し、かまどとオーブンを設置し、材料も揃え、さらには数名の領民を雇い入れた。
驚いたことに、パン屋のご主人までおられたので理由を尋ねると、旦那様が『パン屋と兼任で構わないから手伝って欲しい』と頼まれたのだという。
私は最初にレシピを伝え、あとはご主人が職人として皆に教えることとなりました。
そして旦那様は出来上がった焼き菓子を手に、隣の領地の領主様とも話をまとめてこられたという。あちらでも販売されることになり、まさに領地の新しい特産品として動き出したのでした。
王都から戻って三か月。
注文していた私の結婚式のドレスも仕上がってきました。その私のドレスよりも先に特産品の事業を形にしてしまった旦那様の行動力には、ただただ感嘆するばかりです。
いよいよ結婚式の日。
ナタリーとカリンに支度を整えてもらい、私はいつもの教会へと向かいました。
教会には、私の両親と姉妹たち、旦那様のお母様、パン屋のご夫婦、領民の皆さん、騎士団の方々……本当に多くの方が集まってくださいました。
あの日、誰からも忘れられていた私が、こんなにも大勢の祝福を受ける日が来るなんて、夢にも思いませでした。
しかも今、私の中には新しい命が宿っています。
この幸せを噛みしめながら旦那様を見上げると、旦那様はそっと口づけを落とし、穏やかに微笑んでくださった。
私はこの先もずっと、この領地で旦那様を支えながら、家族で幸せに生きていきます。
今では皆が私を必要としてくれています。この幸せに感謝しながら、私は胸の奥から静かに湧き上がる想いを抱きしめました。
その想いとともに私たちは未来へと歩いて行くのです。
そして後日、元気な男の子が生まれ、
あの特産品の事業も順調に広がっています。
完




