39話
(辺境伯エリック視点)
あれから私は彼女にまつわる一連の出来事が、すべて私の早とちりであり、勘違いであったと悟った。どんなに滑稽だったことか。
後から振り返れば、我ながら情けないほど右往左往していたと思う。
しかしそれでも、胸の奥に広がるのは妙な清々しさだった。
ようやく彼女の心に触れられたような、長い霧が晴れていくような、そんな感覚が確かにあったのだ。
そしてついにその日が訪れた。
王都へ向かう出立の日。
私たちはナタリーとカリンを伴い、朝の冷たい空気の中を馬車へと乗り込んだ。
澄んだ光の下、彼女は静かに微笑む。その笑顔は、あの日以降ずっと穏やかで、どこか私を信頼してくれているように感じられる。
まるで、これから始まる王都での数日が新婚旅行のように思えてならない。
たわいもないことかもしれないが、そんな小さな幸せを感じられる自分自身に、私は密かに驚いていた。
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(アンジュ視点)
旦那様の、あの少し不器用で、だけど誰より優しい一面に気づいた日から、私の胸には、ぽっと灯るような温かさが残っていました。
あんなにも気遣ってくださっていたなんて。
勘違いであれ、そこに向けられた想いは真っ直ぐで、私にはそれがとても眩しく感じられました。
王都へ向かう馬車の中、車輪の揺れに合わせて流れる景色はどこか柔らかで、いつもより鮮やかに見えるのは気のせいでしょうか。
向かいに座る旦那様も、いつもより少し言葉が多く、何より視線が優しく感じられます。
今までのすれ違いを少しずつ解きほぐすように、私たちは小さな会話を重ねていきました。
好きな食べ物の話。
子供の頃の思い出。
領地でのこれからの暮らし。
どれも大層な話ではないけれど、まるで今まで空いていた距離を少しずつ縮めていくように、ゆっくりと、確かに心が結ばれていくのが分かります。
王都へ向かう道のりは長いけれど
その時間さえ、今の私には愛おしく思えるのでした。




