34話
あれから一週間、驚くほど早く、新しい従業員が見つかりました。
その知らせを受けて店へ向かうと、ご主人と女将さんはいつも通りの笑顔で私を迎えてくれます。
「済まないねえ、本当に今までありがとよ。店をこんなに繁盛させてくれて、私たちは感謝してるよ」
おふたりの優しい表情に、胸の奥が温かくなります。
私は深く頭を下げました。
「いえ、こちらこそ、本当にお世話になりました。あの時、女将さんが声を掛けてくださらなかったら、今の私はありません。感謝しているのは私の方です」
そして、寂しい気持ちを抑えて伝えました。
「それに、遠くへ行くわけではありませんから。またいつでもお会いできます」
そう言って、私は名残惜しさを胸に店を後にしました。
ーーーー
別宅へ戻ると、ナタリーとカリンに店を辞めたことを伝えました。
ここ最近は二人のおかげで、驚くほど自由な時間が持てています。
食事の支度や湯浴みの準備、お掃除などはカリンが手際よくこなし、身の回りのことはナタリーがそつなく整えてくれる。
まるで、本物の貴族令嬢になったかのようです。
それに、お義母様から贈られた数々のドレス。
どれも私の寸法にぴったりで、手直しの必要すらいらないなんて驚きです。
お義母様が若い頃に身に着けていたという宝石類は息を呑むほど美しく、箱を開けるたびに緊張してしまう。
「こんなに頂いてしまって、本当にいいのかしら?」
思わずつぶやくと、ナタリーが微笑んでくれました。
「大奥様はむしろ、とても喜んでおいででしたよ。それに、大奥様と奥様の体型が驚くほど同じで、わたしもびっくりしました」
その言葉に胸がじんわりと温まった。
会ったことのないお義母様に、お礼の手紙を書こう。そう決めたのですが、まずは旦那様の許可をいただいた方がいいわね。
余った時間で、私は趣味のお料理を存分に楽しむことができました。
焼き上がった料理を二人に振る舞うと、カリンは目を輝かせて喜び
「奥様のお料理を教えていただけて、本当にありがたいです!」
と、何度も頭を下げてくれました。なんだか私も、とても幸せな気持ちになりました。
ーーーー
その日の午後、ランカスターさんが別宅に顔を出しました。
「奥様、何か不自由はありませんか?」
「いいえ。充分すぎるほどです」
私が笑って答えると、ランカスターさんは安堵したように頷いた。
「明日は、旦那様が定期的に行なっている寄付のため、教会へ向かわれるそうです」
寄付……子どもたちのあの笑顔が脳裏に浮かぶ。
久しぶりに、焼き菓子を届けてあげたい。
「カリン、一緒に焼き菓子を作りましょう?」
「はい、喜んで!」
そう言ってくれたカリンと並び、私は粉を練りはじめました。
甘い香りが、台所いっぱいに広がっていき、なんだかとても幸せな気分です。




