33話
(辺境伯エリック視点)
あれほど『メイドはいらない』と言っていた彼女は、怒ってはいないだろうか。
それどころか、母がよこした侍女まで送り込んでしまった。
本来なら来月の生誕祭の支度に合わせて、と考えていたが、母があまりにも素早く手配を済ませてしまい、私には止める暇すらなかった。
ランカスターにはすべてを任せたが
「奥様には事情をご説明しておりますので、大丈夫かと」
などと呑気に言う。
しかし、彼女が本当のところどう感じているのかは、私には分からない。
相変わらず仕事に通っているようだが、その事実が、かえって私の胸をざわつかせる。
彼女が楽しく仕事を続けているのは良いことのはずなのに、私はなぜか距離を取ってしまっている。
本心を言えば、もうあの店には行ってほしくない。
あの店主と並んでいた彼女の姿が、何度思い返しても胸の奥を締めつける。
だが、それを口にした瞬間、きっとすべてが壊れる。
いや、言う資格すら私にはないのだ。
来月に迫る王宮での生誕祭。
往復だけで一月近くかかる長い旅路を、彼女と共に過ごすことになる。
その間、私は彼女とどう向き合えばいいのか。
考えようとすると、胸の奥からじわりと不安が湧いてくる。
彼女の笑顔を曇らせたくない。
だが、どうすればいいのか分からない。
そんな情けない思いを抱えたまま、私は今日も一人、深い溜息をつくのだった。




