３１話

　あれから直ぐに、商会の方が訪ねて来られた。

「旦那様より、奥様のお好きな品を何なりと取り寄せるようにとのご指示でして」

　そう丁寧に頭を下げられたものの、正直に言えば、こういう贅沢な事は慣れてなく、とても苦手です。

　だから私は、なるべく平凡で、値段も張らない物をお願いすることにしました。

　その後は、相変わらずの毎日でした。

　仕事へ行き、休みの日にはいつもの食堂でささやかな昼食をとり、その帰りに教会へ寄って子供たちへお菓子を配る。

　礼拝堂に差し込む光を背に、子供たちの笑い声を聞くと、それだけで胸の奥がじんわり温かくなります。

　その後はお気に入りの本を開き、静かな時間をいつも通りに過ごす。そんな変わらない日々が続いていました。

　けれど、半月ほど経ったある日のこと。

　住まいに戻った私は、玄関先に積まれた大量の荷物と、見知らぬ二人の女性に思わず立ち止まってしまいました。

　一人は、私の侍女を務めることになったというナタリーさん。もう一人は、本宅から派遣されたというメイドのカリンさん。

　奥で待っていたランカスターさんが、淡々と状況を説明してくれました。

　そして、これらはすべて、侯爵邸に戻られている旦那様のお母様が、私のために手配されたものですと告げられた。

　どうやら旦那様とお母様は、長年の確執に終止符を打ち、和解されたらしい。

　何があったのかしらと気にはなりましたが、おふたりが仲良くなれたのなら良しとしましょう。

　それよりも突然、侍女やメイドを付けられた私はどう接していいか分からず戸惑ってしまいましたが、ナタリーさんは優しい笑みを向けてくれます。

「どうぞ、私のことはナタリーとお呼びください」

　そのすぐ後に、カリンさんもぺこりとお辞儀しています。

「私もカリンでお願いします」

　と明るく言ってくれました。

　そして二人はあっという間に荷物を仕分けし始めました。

「自分たちの部屋は、一階のお部屋を使うようにとランカスターさんより伺っています」

　そう言いながら荷物を器用に運び入れていく姿は、見ていてとても頼もしいほどでした。

「奥様のお荷物は、二階のお部屋へお運びしてもよろしいでしょうか？」

　そう尋ねられたので、私は少し照れながらも

「お願いします」

　と答えました。

　一階の部屋は、かつてこの屋敷を使われていた方のメイド部屋だったらしいです。

　それにしても、私はこの状況で仕事を続けても大丈夫なのかしら？　

　ふと胸にそんな不安がよぎりましたが、誰からも辞めろとは言われていません。

　ならば、今まで通り、自分のペースで働くことにいたしましょう。

　そう思い直した私は、そっと息をつきました。

　慌ただしく変わってゆく環境の中でも、自分らしさは忘れずにいなければと思うのです。