72 ロウ視点:救出へ向かうまで
「ロザリー!!」
俺は彼女の名を叫んで手を伸ばすも、高くそびえる水柱の勢いに呑まれて、彼女を助けることができなかった。
『ご主人さまが……消えてしまいました』
なすすべもなく、へたりと地面に座り込んで呆然と呟いたリア。
リアもご主人さまを助けるために魔法を使ったが、弾かれてしまった。
俺はショックを受けるも、カチューシャがロザリーの頭についていることを祈った。異常があれば知らせてくれるからだ。水中でもちゃんと機能すればだが。
「大魔法使いさまたちは無事か⁉︎」
俺たちを見つけた村長は走りながら叫んだ。
湖が荒れて、村長とその息子も水圧で飛ばされたが、かすり傷はあったものの二人とも問題なく動けるようだった。
「俺は大丈夫だったが……ロザリーがいなくなった」
「英雄さまが⁉︎」
「荒れた湖に呑み込まれたようだ」
「そんな……まさか」
驚愕に震える村長を見ながら、俺はすっと冷静になった。これまでに出会った人々から蓄積された、旅人の勘のようなものだ。
「もしかして……村長は何か知っているんじゃないか?」
「何か、とは?」
「ロザリーだけが消えた理由だ。というのは、隣の村でとある噂話を聞いた。『竜神さまが花嫁をさらっていく』と」
村長は目を見開いた。
明らかに知っている顔だ。重要なことが、分厚い顔の裏に巧妙に隠されている。
「隣の村の話を間に受けないでもらいたい。とんでもない噂話を流して、この村をおとしめようとしてくるんですよ」
「では、どうしてロザリーだけが連れ去られた?」
「それは、わかりません――」
「嘘をつくな! 目を見ればわかる。村長、貴方は真実を隠している」
ギロリと睨みつけると、先に折れたのはその息子の方だった。
「父上、これ以上大魔法使いさまを怒らせても無駄だ。隠すのを諦めて、本当のことを言うべきだ」
ウリュの後押しによって、村長は秘密を明かす決意が固まったようだ。
「竜神さまが花嫁をさらう……という話は本当です」
「なっ……!」
俺の驚いた顔をちらりと見て、村長は続けて話す。
「私たちの娘、ティエリが花嫁候補でした。英雄さまが湖に行って、娘の代わりに花嫁に選ばれれば、娘が助かるのではないか……。お怒りになるとは思いますが、卑怯な話ですよね。すみませんでした」
村長は深々と頭を下げた。
怒りを言葉に乗せてぶちまけたかったが、それは寸前のところで抑え込んで拳を強く握った。
良識ある態度が取れたのは大人だからではない、効率を考えたからだ。
どんなに謝罪されても、ロザリーは返ってはこない。
今必要なのは、彼女を救出するための情報だ。そう頭を切り替えるしかない。
「大事な人を奪われたので、許すことはできない。謝罪の続きは、ロザリーと一緒に聞かせてもらう。――今は、花嫁について教えてほしい。どんな女性が花嫁候補に選ばれるのか?」
「花嫁の条件ですか……。生娘であること。おおむね十六歳から二十歳の間であること。魔力が高いことですね」
チッと舌打ちしそうになった。
全部ロザリーに当てはまっている。魔力の高さはピカイチじゃないか……。
ロザリーの魔力に反応して、竜神さまが連れ去った可能性がある。そうに違いない。
と、頬にポツリと水滴が落ちてきた。
空を見上げれば、分厚い雲が漂っていてポツリ、またポツリと雨が降ってくる。
農作物には恵みの雨だが――その雨が恨めしくなった。
◇
湖散策を切り上げて屋敷に帰ると、俺は自分の部屋に篭った。
そして、水晶の魔道具を取り出した。
手をかざして探索の魔法をかける。
しかし、彼女のカチューシャからの反応はない。竜神さまの特殊なバリアに包まれて、湖の中では反応しないのだろうか。
竜神さまのところにいる可能性は高いが、それが本当かはわからない。せめて無事であることがわかれば……。
そう強く願ったところで、小さく部屋の扉がノックされた。
ドアを開けると、村長の娘がいた。
花嫁候補だったティエリだ。
「大魔法使いさま。夕食が出来上がったそうですが、この部屋に持っていくように伝えておきましょうか?」
こんな連絡は使用人がすることだが、どうしてティエリが?
連絡役を買って出たのだろうか。
まあいい。今は村長たちと顔を合わせたくなかったのでその配慮はありがたかった。
「そのようにお願いしたい」
「わかりました。伝えておきます」
すぐに立ち去る気配がないので、どうしたのか聞こうとしたら、ティエリは思い詰めたように口を開いた。
「……私の代わりに英雄さまが連れていかれたんですよね。村長の代わりに謝罪します」
流れるように頭を下げた。まっすぐに揃えられた髪の毛が肩から落ちる。
この少女も被害者だ。父親の決定に反抗することはできなかっただろう。そんな彼女に謝られると非常に落ち着かない。
「村長から謝罪を受けたから、ティエリは頭を下げないでほしい」
ティエリは首を数回横に振った。
「いいえ。私が強く止めるべきでした。そうしたら、英雄さまが捕まることはなかったんです」
「ティエリは優しいな。どうか自分を責めないでほしい。ロザリーは俺が助けるから」
「大魔法使いさま……」
ティエリはまつ毛をそっと伏せた。
普通の男ならそっと抱き寄せたくなるくらいの、お淑やかな美少女だが、彼女には全く興味がなかった。
なぜなら、ロザリーしか見えていないからだ。
湖に呑み込まれた彼女を助けたい気持ちがはやる。好きでたまらないのはロザリーだけ。初めて彼女を見たときからずっとそうだ。
ティエリとは一定の距離を保ったまま、要件だけを告げると、それで終わった。
ロウは机につくと、腕をまくる。
「よし、やるか」
ロザリー救出のために、新しい魔道具の作成に取りかかった。




