【SIDEセレーネ】とある伯爵令嬢の誤算
「良いかいセレーネ、お前の美しさならばいつかクロスフォード公爵もお前に夢中になるはずだ。夏休み明けこそは、わかっているね? あぁ、そうだ、既成事実でも作ってしまえばいい」
お父様がその大きなお口に、同じくらい大きなお肉を頬張りながらそう言います。
「わかっていますわ!! そんなこと!!」
私は苛立ちながらそう吐き捨てるように言うと、テーブルナプキンで口元を拭い「失礼いたします」と言ってお父様と二人だけの食事会から退席した。
私、セレーネ・パントモルツは、金髪碧眼の美しいお顔、スタイルも抜群、家柄も古くから続く名門伯爵家。
それはもう完璧な淑女ですわ。
そんな完璧な私の夫は、筆頭公爵家であるクロスフォード公爵家のシリル様に決まるはずだと、幼い頃から信じて疑いませんでした。
なのに、毎年婚約申し込みの返事はなぜかNO。
こんなに好条件の私を、一体なぜ?
そんなある日、彼はパーティーに、私と同じくらいの歳の女を連れて出席しましたの。
黒髪にローズクォーツのような色の瞳を持った女児。
後で聞くと、それはクロスフォード家で面倒を見ているという、平民だったのですわ。
それに、事もあろうに、成長したその女は平民のくせに私と同じSクラスになったのです。
何もかも気に食わない。
シリル様と一緒に過ごす姿も。
シリル様にあのような柔らかい視線を向けられるのも。
へらへらと善人ぶった顔で、平民のくせにクリンテッド副騎士団長様やシード先生、周りのもの全てに愛想を振り撒く姿も。
少し、痛い目にあっていただいた方が良いようですわね。
良いアイデアを思いついた私は、自分の大きな机の引き出しを乱暴に漁ります。
「えぇと、転移陣は……学園に忘れてきてしまったのかしら。全くこんな時に!!」
苛立ちながらも、まだ夏休みで人の少ないグローリアス学園の寮の自室へ向かうため、私は急いで馬車へと乗り込みました。
グローリアス学園まで、我が家で1番早い天馬の馬車で1時間半。
到着するなりに私は寮の自室へと向かいます。
「ありましたわ!!」
それは私の鏡台の上へと置いたままになっていました。
簡易転移陣が描かれたスカーフです。
私はすぐにレターセットを取り出すと、二通の手紙を書きました。
そして二通のうちの一通をスカーフの上に置き魔力を流しこみ、目的の場所へと転移させます。
その手紙の返事はすぐにきましたわ。
【気高き国のすぐ近く西の森にて待つ。3つのノックの後、彼女の名を】
気高き国のすぐ近く西の森。
グレミア公国国境の森のことですわ。
【彼女】とはグレミア公国から嫁いだ私の亡きおばあさまの事。
私は黒いマントに袖を通しフードを深く被ると、二通目の手紙をスカーフの上に置き、【あの女】の元へと転移させました。
ふふ。
これで準備は万端ですわ。
私はすぐに部屋を飛び出すと、グローリアス学園の近くの森へと急ぎます。
ドンッ──!!
「っ!! ごめんあそばせ」
途中誰かにぶつかったようですが、私はフードをグッと手で掴み顔を見られないようにしてから通り過ぎます。
そして学園の森で馬車を呼び出すと、そのまま王城圏を飛び立ちました。
クロスフォード領の隣、パントハイム領にあるグレミア公国との国境の森を目指して──。
────
鬱蒼とした森に、一軒の古びた小屋。
私は手紙であらかじめ呼んでいた彼らへの合図で、三回扉をノックした後に「ジルビアーネ」とおばあさまの名を口にしました。
するとゆっくりと一人でに扉は開きましたわ。
中には8人のグレミア公国の騎士たち。
さすが、隠匿魔法に優れたグレミアの騎士たちですわ。
潜入の早いこと。
「ジルビアーネ様の孫娘、お久しぶりですな。お元気そうで何よりです」
「えぇ。あなた方も」
この人達は、おばあさまが祖国グレミア公国にいた時に、侯爵家の姫君でもあったおばあ様を守っていた騎士達。
おばあ様に忠誠を誓っていて、おばあ様の言うことならなんでも聞いていた忠犬達ですわ。
「手紙は読んだのですわよね?」
「えぇ。脅かして欲しい女がいるとか?」
「そうですわ。私が盗賊に攫われたという設定で誘き出し、のこのこやってきた黒髪の平民女を、少しばかり脅かして欲しいのですわ」
「なんかおかしいと思ってきてみれば……。パントモルツ、あんた卑怯よ!!」
この小屋にいるはずのない人の声が響いて、扉の方に視線を向けると、見覚えのある水色の髪──平民聖女が立っていた。
「っ!! 何で……!!」
「さっきぶつかった怪しげなフードの声があんたの声だったから怪しいと思ってつけてきたのよ!! そんなことまでしてヒメを陥れようだなんて、最低よ!!」
「平民聖女風情が……!!」
私が声を荒げると、その言葉にざわつき始める騎士達。
「聖女……!!」
「聖女だと!?」
何?
何なんですの?
やがて彼ら互いに目を合わせ頷き合います。
そして──。
シュルシュルシュルシュル──!!
「なに!?」
「な、何ですの!?」
ロープが一人でに私と平民聖女を一括りに縛り付けます。
「パントモルツ伯爵令嬢。あんたにもおとなしくしていてもらいますよ。我々が何年も探している聖女が思わぬ形で手に入ったのだ。事情を知るあなたは、このまま逃すわけにはいかない」
「!! こんなことをして、お父様が黙っていませ──」
パシン──ッ!!
瞬間、頬に痛みが走ります。
打たれた……?
この美しい私の顔を打ったの?
ヒリヒリとした痛みが続く。
「我らとパントモルツの関係は、ジルビアーネ様がお亡くなりになった時にすでに切れている。このセイレを陥れるのに役に立つのではないかと思い誘いに乗ってやったが、こうもうまくいくとはな。今本当にこれが聖女かを確認するため、我が国の魔術師を呼んだ。痛めつけられたくなければ、彼らが来るまでの間、おとなしくしていてもらおう」
「そんな──!!」
何で私が──。
何で、こんなことに──。




