【SIDEシリル】とある騎士団長兼教師の恋情
各隊の隊長一同と、フォース学園長、大司教が騎士団本部会議室へと集まり話し合う。
「グレミア公国が、セイレを囲むベラム国やロンド国との連携を強化しているようです」
隠密担当である4番隊隊長マーサ・カリストが報告書を読み上げる。
ついこの間まで他国を点々として情報収集を行なっていた彼女は報告を終えると、ベリーショートの黒髪に手を添え、疲れた面持ちで着席した。
「連携して攻める気か!?」
「そうなったら流石のセイレも……」
会議室にざわめきが広がる。
「やっぱり、王や王妃、それにお世継ぎ様に出ていただくしか……」
戸惑いの声が飛び交う会議室。
王や王妃の死のことを知るのは、フォース学園長、大司教、私たち3大公爵家、姫君の教師でもあったパルテ教諭とジゼル教諭ぐらいだ。
どうにか公務を分担していたのだが、それもとうとう限界が来た。
いや、むしろよく保った方か。
王や王妃の姿を──。
お子の性別、名前、顔は?
そんな声が各地から届き始めたのだ。
王と王妃の子であるお世継ぎ様の力が大きく安定しないためという理由で、未だ性別も名前も顔も公開されていないが、それを怪しんでいる者たちも一定数いる。
その筆頭がおそらくグレミア公国……。
「どうする? 奴ら、これを機にセイレごと聖女を手に入れようとするわよ」
レオンティウスが腕を組みながら言葉を発する。
「……グローリアス学園生徒全員に、戦闘訓練の強化を」
「クロスフォード騎士団長!! 生徒らを戦争に参加させるおつもりか!?」
ガタンと椅子の上に立ち、パルテ教諭が声を荒げた。
ジゼル教諭も眉を顰めてこちらを伺っている。
「我らはこの国の民を、平民たちを守るという義務がある。故に、平民たちの避難を最優先させ、こちらに手を回すことが困難な時もあろう。だからせめて、有事の際、彼らが自分たちで自分の身を守ることができるようにしておく必要がある」
誰一人として、死なさぬためにも。
しんと静まり返る会議室。
パルテ教諭も力なく椅子へと沈んでいく。
仕方がない。
現実を見て、いかに生き残らせるかを注視していかねば。
「すでに協力を仰いでいる、ヒメ・カンザキと、ジオルド・クロスフォードの参戦は、いかがなさいますか?」
5番隊隊長、ガレル・ボーロが、机の上で両手を組みその巨体を預けながら尋ねた。
「おい!! ジオルドはともかく、ヒメは騎士じゃねぇ!! それに、二人ともまだ子どもで学生だぞ!!」
レイヴンが鋭く睨みつけ、牙を剥く。
こいつはカンザキやジオルドが【オーク】討伐に参加していることも、あまり良く思ってはいない。
それはそうだ。
こいつにとっては、二人とも可愛い生徒なのだろうから。
だが、それは私にとっても、そしてパルテ教諭やジゼル教諭にとってもそうだ。
誰が好き好んで教え子を、しかも身内を戦いへと送り出したいものか。
「レイヴン落ち着け。……ジオルドとカンザキの戦争への積極的参戦は考えていない。だが、有事の際、避難誘導の手助けは要請するつもりだ」
私が淡々と発する言葉に、レイヴンは悔しそうに顔を歪め「くっ…………わかったよ」と一応の納得を示した。
「4番隊はこのまま引き続きグレミア公国と諸国の出方を伺え。5番隊は王都周辺の見回りの強化、3番隊は王都外の見回りを強化するように。2番隊は、念のためセイレにある町や村の周りに頑丈な結界を作っていってほしい。1番隊はもしもの時に備えて訓練強化を。それでは各自、解散」
私は言うと、そっと席を立ち、未だ騒がしい会議室を抜けて、外の闇に向かって歩き出した。
────
暗闇の中も、美しく咲き誇る【サクラ】を、一人見上げる。
それはまるで、ヒメ・カンザキという一人の少女のようで、自然と頬が緩む。
もう認めてしまえ。
私の中の私が囁く。
認めざるを得んだろう。
どうやら私は彼女を──愛おしく思っている……らしい。
だが、私はかつて自身の手で殺してしまった妹弟子エリーゼをよみがえらせようとしている。
それにはおそらく、自分の命と引き換えにするほどの魔力が必要だろう。
他の女性を生き返らせるために死の道を行こうとする男が、簡単に想いを告げるべきではない。
だから、私があの小娘にこの思いを口にすることはない。
本当は距離も取るべきなのだろう。
だが、女々しくもそれができないでいる。
むしろ、そばにいたくて仕方がないのだから始末に負えない。
【姫君】だけを思って生きてきたはずなのに。
【姫君】との思い出があれば、どんなことも成し遂げられる、そう思ってきたはずなのに。
思い出す幼き日の【彼女】との会話。
『僕があなたの、騎士になってみせる。だから僕と、結婚してください!!』
『え、やだ』
生まれて初めてのプロポーズは3歳の幼女によって瞬殺された。
『なぜですか!?』
食い下がる私に彼女は真顔で
『おとうさまとおかあさまが、なによりもまもるべきはコクミンだって言ってた。だから、コクミンをまもってくれる人じゃなきゃケッコンしないっ』と言った。
3歳児とは思えぬ次期女王としての器に驚きつつも、8歳の私は決意したのだ。
『……なら……。あなたと一緒に、民を守らせて欲しい。だから……、だから僕と、結婚してください!!』
そう言って跪いて手を差し出すと、彼女は驚いたようにその赤い瞳をまん丸くしてから『へへへっ、はいっ!!』と大輪の笑顔を咲かせた。
もう2度と会えなくなるとは、その時は思っていなかったが……。
彼女が魂すらも燃やし尽くされたという残酷な現実を聞き、絶望し、もう2度と誰かを愛することはないと思っていた私が、まさか異世界からきた小娘に心奪われるとは──。
「どうか、愛しき馬鹿娘に、幸あらんことを──……」
私は手のひらに吸い寄せられるように舞い降りた【サクラ】の花びらにそっと口付け、そう呟いた。
いかがでしたでしょうかっ(*^^*)?
ついにシリル先生、自覚したものを認めました!!
そして初プロポーズは秒で断られていたという……笑
さてさて、2章も残り少しになってきましたぞ!!
これからもお付き合いよろしくお願いします!!




