【SIDEシリル】とある騎士団長兼教師の自覚ー桜の木の下でー
桜の木の下で、シリル視点でついに……!?
「……」
「……」
妙な気まずさが私たちの間につきまとう。
何を言えばいいか迷っているうちに「えっと……行きましょうか、先生」とカンザキが眉を下げて笑顔を向けた。
フォース学園長の言うように聖域に行くつもりらしい。
「あの人の言葉を律儀に守る必要はない。疲れただろう。部屋に戻って休め」
休暇とはいえ、連日村を歩き回っていたのだ。
休めるうちに休んでおいた方がいい。
私は懐に入れた【もの】に服越しに触れ、そう言った。
するとカンザキは、一瞬だけ憂いを帯びた表情で俯き、そしてすぐに顔をあげ、私を見上げた。
強く、芯のある桜色の瞳が私を射抜く。
「私が、先生と行きたいんです」
逸らされることなく与えられる眼差しに、思わず眉間に力が入り「……わかった。行こう──」と気づけば私の方が折れていた。
「!! ありがとうございます!!」
パッと目を輝かせて笑うカンザキに、肩をすくめてから、私たちは聖域へと向かった。
────
毎日の修行で慣れ親しんだこの場所も、2日訪れなければ妙に懐かしく感じられる。
「セレニアの花が今年も綺麗ですね」
「あぁ。これは、全てセイレの姫が種をまいたものだ。結局彼女自身は、咲いているところを見ることなく逝ってしまったが──……」
思い出されるのは、もう見ることのできない【姫君】の笑顔。
そんな時ふと横切るのはこの小娘の顔だ。
ただのはた迷惑な小娘だったはずのに。
気づけばこの娘のことを考えている。
それがなぜなのか。
気づかないふりをしながらズルズルとここまできた自分に心の中で舌打ちをする。
「まぁ、姫君のことはいい。ここに私を連れてきたのは、何か理由があったのではないのか?」
「はっ!! そうでした!!」
ぼーっとして何かを考えていたようだったカンザキは、すぐに我に帰ると、真剣な表情で続ける。
「先生、カナレア祭の最終日のイベントをご存知ですか?」
「あぁ……。花を贈るというあれか? 報告書で読んだ」
毎年私の代わりにカナレア祭に行き、視察がてらデートを楽しんでくるロビーとベルの報告には、確か祭りの最終日に大切に思う者に自分の身につける花を渡すというイベントについてが書かれていた、か。
するとカンザキは妙に真剣な顔をして、口を開いた。
「先生……。私の1番大切な人は──シリル・クロスフォード先生、あなたです」
「っ……」
私を見上げながら、静かに告白する彼女に、私は思わず息を呑む。
「でも、この国には私が先生にあげたいお花がなくて、身につけることもできません……」
私に──花を?
「だから、ここに作ることにしました」
「────は?」
思わず間の抜けた声が口から溢れる。
「先生、見ていてください。……私が持つ花を、唯一の大切な貴方に──……」
そう言ってカンザキは地面に手のひらを押し当て、一気に魔力を流し込んだ。
ゴポゴポゴポ──!!
光とともに地面が波打ち盛り上がると、そこからぐんぐんと細い枝のようなものが伸び始める。
シュルシュルシュル──!!
それは段々と太さを増し、ついには聖域の他の木々に負けないくらいの高さへと成長した。
「なんだ、これは!?」
「まだまだですっ!!」
すっかり太く立派に育った木の幹から大中小さまざまな枝が分かれ、そこに薄桃色の蕾が実る。
枝全体に実った蕾は、やがて一斉に花開き、私たち二人の頭上は瞬く間に彼女の色に染まった──……。
「!! これは──……!!」
「これが、満開の桜です……!!」
大きく横に広がった枝に、薄紅色の桜の花が咲き誇る。
薄く小さな花びらが風に揺られてひらりはらりと舞い踊り、セレニア花の黄色い絨毯を薄紅色に染め上げ、私の心をも埋めていく。
「美しいな……」
それ以外の言葉が見つからないほどの美しさ。
それともに強く堂々と咲き誇るその姿に、この小娘の姿が重なる。
しばらく桜に見入っていると、視線を感じる方へと私の瞳が吸い寄せられた。
あぁ……。
これが、君の瞳の色か。
どんな時も決して努力を怠らないひたむきさ。
時折見せる儚さ。
そして常に芯の通った強さ。
とても──愛おしい──。
「君の瞳の色でいっぱいだ」
自然と頬が緩む。
彼女は少しだけ頬を赤く染め大きく目を見開いてから、穏やかに微笑む。
そしてゆっくりと、大切そうに言葉を紡いだ。
「先生。私は……貴方のことが……。──シリル・クロスフォード先生のことが大好きです」
「!!」
幾度となく与えられた言葉なのに、今度はいつものように返すことができなかった。
それは、ここ最近は紡がれることのなくなった言葉だったからか、それとも、その意味がいつものものとは少し違っているような気がしたからか。
思いが溢れ出しそうになる。
私はもう、彼女以外の誰かを愛する気などなかったのに。
ただ、姫君への想いと、贖罪のためだけに生きようとしていたはずなのに。
「答えはいらないので、気にしないでください」
なぜこうも、君は私の中へと入り込むのか。
「ただ──……最後かもしれないから伝えておきたかったんです──」
いつものふにゃりとした笑みなのに、どこか儚く微笑む少女の瞳に、私は目が離せない。
『【人魚姫】は──王子様と結ばれることなく、泡になって消えてしまうんです──』
思い出される昨日の話。
だめだ。
君が消えることは、私が許さない。
なぜ?
それは──……。
気がつけば私は彼女のその白い頬に右手を添え、吸い込まれるように彼女に自身の顔を近づけていた──……。
先生、ついに……!!
どうなってしまうのか!!次回、お楽しみに( ´ ▽ ` )笑




