【SIDEシリル】とある騎士団長兼教師の不安ー5年目のカナレア祭ー
この物語のタイトルが絡みます(*´ ꒳ `*)
「君の世界は、私たちが考えつかないようなものがたくさんあるのだな」
気まずい沈黙にならないように、無理矢理に言葉を紡ぐ。
「露天風呂にしても、桜にしても、君が話す物語にしても──こちらとは全く違う」
見たことのない、彼女の言葉越しの世界に思いを馳せる。
彼女の育った世界はどのようなものなのか。
彼女から話を聞くたびに、興味を惹かれている自分がいる。
「そうですねぇ。食べ物は結構似たものが多いですけどね。でもなんだか所々違ってるんですよね」
「所々……違っている?」
「えぇ。屋台で見たもので言うと、フライドポテトはあるけどこの世界みたいに赤色じゃないですし、焼き鳥も原型そのままじゃなくて、ちゃんと一口大に切ってあります」
一つひとつ思い出しながら懐かしむように話すカンザキ。
やはり故郷が恋しくもなるのだろうか?
「物語といえば……、孤児院で言っていたあの下半身が魚のお人形は【人魚】って言うんですよ。【人魚姫】っていう物語のお姫様です」
「人魚……姫……?」
聞き馴染みのない言葉を、確認するように言葉にする。
【姫】と聞いてやはり思い出すのは、赤い瞳の彼女。
カンザキが話していた物語の姫は、どれも王子と結婚し幸せになったが、姫君は──……。
「……その【人魚姫】も、口付けで目覚め王子と幸せになるのか?」
やたらと口付けという【愛の力】とやらで謎の目覚めを果たす異世界の物語だ。
この人魚姫もきっとそうなのだろう。
だが、そんな予想はすぐに否定されることとなった。
「【人魚姫】は──王子様と結ばれることなく、泡になって消えてしまうんです──……」
静かな、少し影を含んだその声に、私が思わず彼女の方を振り返ると、カンザキも振り返りこちらを見ていた。
「泡……に?」
思わず聞き返すと、少しだけ眉を下げて彼女が頷いた。
凪いだ桜色の瞳が夜空の下で美しく輝く。
「【人魚姫】はね、嵐の中船から海に落ちた、人間の王子様を助けて、その時恋に落ちるんです。そして、王子様と結ばれたい一心で、海の魔女に人間の姿にしてもらいます。ただし、その美しい声と引き換えにする事と、王子様と結ばれなかった場合、泡になって消えてしまうという条件も承諾して──」
翳りを帯びた表情で、彼女は続ける。
「人間になった人魚姫は、偶然にも愛しの王子様に拾われます。そしてしばらくの間はお城で幸せな時間を過ごすんです。けれど、ある日、王子様に一人の女性を紹介されるんです。“この人は嵐の海に落ちて海岸に打ち上げられた私を助けてくれた、隣国の王女で私の恩人なんだ。私はこの恩人である彼女と結婚するんだよ”と──……」
だんだんと沈んでいく彼女の瞳に、私は息を呑む。
「それでも人魚姫は声を奪われているから、自分が助けたなんて言えません。言ったところで、証拠がない。──そして、船上パーティの日。人魚姫のお姉さん達が現れて、人魚姫に短剣を渡します。“この短剣で王子を刺すのです。そうすればあなたはもとの人魚に戻ることができるわ。帰ってきなさい、人魚姫”と」
切なげに伏せられた彼女の瞳から、目を逸らすことができない。
「人魚姫は夜、王子様の寝室に忍びこみます。そして王子の胸めがけて短剣を振り上げる──!!」
まるで人魚姫がそうしたかのように、彼女は両手で短剣を持って振り上げる仕草をしてみせる。
そしてそれはすぐに、だらんと力なく降ろされた。
「でも、彼女はできなかった。──彼を愛していたから──……。そして、人魚姫はそのまま海へと身を投げ、泡となって消えていったのでした──」
おしまいです、と眉を下げて微笑むカンザキ。
なんだ、それは。
そうまでしてその【人魚姫】が手に入れたものはあるのだろうか──……。
会ったこともない見ず知らずの姫にいつの間にか感情移入してしまっていたようで、私はグッと拳を握りしめる。
「王子は勘違いしたまま、隣国の姫とやらと結ばれるというのか? 滑稽だな。その隣国の姫にしても、王子の勘違いを愛だと信じたまま結婚するなど、哀れなものだ。誰も本当に幸せにはならない物語、ということか……」
「いいえ」
私が感想を述べると、彼女はすぐに否定の言葉を発した。
「私、この物語で1番悲しく、でも1番幸せになったのは、他ならぬ人魚姫だと思うんです」
予想外の答えに、驚き目を見開く。
自分は泡になって消えるというのに、愛する王子は他の女と結婚して表面上は幸せに生きていくなど。
「だが、その人魚は損しか被っていないのでは?」
私がたずねると、カンザキは「そうですねぇ……」と続ける。
「でも────それが【愛】なんですよね」
困ったように笑いながらそう言うカンザキに、私は眉を顰める。
「愛する人には幸せになってもらいたい。たとえ……自分自身が泡になって消えてしまったとしても──……。それにね、あのまま王子様のそばにいても、幸せそうな二人をずっと見てないといけないんですよ? 私なら耐えられません」
儚げなその表情に、まるでカンザキが泡になって消えてしまいそうな感覚に陥る。
「君は──……消えるわけはあるまいな?」
気づけば口から溢れ出していたその言葉に、桜色の瞳が大きく見開かれる。
だがそれも一瞬で、すぐに彼女はふにゃりと笑ってから「もちろんです」と答えた。
「私は、何がなんでも“生きます”から──」
「────そうか……」
心のどこかでその返答に安堵する自分がいる。
彼女までも失ってしまったら……そんなこと考えたくもない。
「そろそろ私は出る。君はしっかりとぬくもってから上がりなさい」
私はそう言うと、再び彼女に背を向けると風呂場を後にした。
大事な話ですがここ、露天風呂(^^;笑
ヒメちゃんの後々に関わる大事なお話でした。
幸せにしてくれ、シリル先生……!!
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