5年目のカナレア祭ー花に埋もれる漆黒ー
今日で「人魚無双」を投稿し始めて2ヶ月!!
皆様いつも本当にありがとうございますっ!!
「ふはぁ……!! 朝からクレアのパン屋の出来立てパンが食べられるとは……なんて贅沢……!!」
温かいロールパンを一口サイズにちぎると、もっちりとした生地が名残惜しそうに二つに分かれ、わずかに白い湯気が上がる。
口に入れればほんのりとした甘みが口の中でとろけて消えた。
「おじさんのパン……やっぱり最高すぎる……!!」
先生にも食べさせてあげたいなぁ。
こんな時でも思い出すのは先生のこと。
昨日の朝は一緒に食事をとったというのに、もうすでに恋しいだなんて。
「あーあ。一度でいいから先生とまわりたかったなぁ、カナレア祭。一緒にこの景色見たかったぁぁぁ!!」
「見ればいいだろう」
「そんな簡単に見られたらこんなに悩んでませんよせんせ……先生!?」
声のした方を見上げると、そこには眉間に皺を寄せ腕を組んでこちらを見下ろす黒づくめの男──シリル・クロスフォード先生の姿。
「なんだ?」
「いや、なんだじゃないですよ!! なんでここに!?」
社畜である先生は今頃王城圏で騎士団のお仕事をしているはずでは……。
「シード公爵家と聖女クレアから昨夜フォース学園長の元に連絡が入った。至急領主である私に村の視察を……と」
「メルヴィとクレア?」
「フォース学園長のもとに直接入った要請だ。私に拒否権はないらしい」
ため息をつきながら先生が続ける。
「それと、こうも言っていたらしい。“黒髪の変態がカナリンちゃんを狙っている──”と」
じとっと私を見るアイスブルーの瞳。
「黒髪の変態──……って、私ですか!?」
「君しかおらんだろう。で、カナリンとは誰だ?」
先生は私の目の前の椅子に腰掛け机の上で両手を組むと、じっと私を探るような目で見始めた。
その様子はまるで取り調べを受けているかのよう──。
先生の芸術品のような顔が私のすぐ目の前にあることに、私は鼓動を早くする。
「え、えっと、か、カナレア祭のマスコットキャラで……、えっと、ア、アステルが、中身、おっさんで……」
綺麗な顔を前にして、私はパニックで自分でも何を言っているのかわからない。
「アステルが? よくわからんが、迷惑をかけてはいまいな?」
「い、いませんよ!! どっちかというと、夢を壊された私が被害者です!!」
一夜経ってもあの衝撃は忘れられない。
「まぁいい。食べたら行くぞ」
「へ? どこに?」
「カナレア祭の視察をして、神殿と孤児院の視察だ。暇ならば付き合いなさい」
これは……!!
先生と……デート……!?
「は、はい!! もちろんですとも!!」
私はそう言って勢いよく残りのパンを口に押し込んだ。
もうパンの味を味わうことなく、頭の中は先生とのデートでいっぱいだ。
──ごめん、おじさん。
────
念願の先生とめぐるカナレア祭。
カラフルな花の中に埋もれる黒曜石の如き漆黒──。
先生……映える……!!
まさに美のコラボレーション!!
うっとりと先生を見つめる私の視線に気づき、先生はグッと眉間に渓谷を作る。
「先生、綺麗ですねっ」
「あぁ。報告書では聞いていたが、美しいものだな」
花で彩られた村を見渡しながら先生がしみじみと言葉を紡ぐ。
「あれ? 先生ここら一体の領主なのに、カナレア祭は初めてなんですか?」
「あぁ。村の視察自体は定期的に行なっているが、賑やかなカナレア祭にはロビーとベルが代理視察を行い、その報告だけを聞いていた」
確かに先生が一人でカナレア祭に来るなんて想像しづらい。
花に埋もれながら一人で歩く黒づくめの男。
……うん、すごく浮く。
ふと立ち並ぶ店に目を移すと、綺麗な髪飾りが並ぶ店に目を奪われた。
「わぁ、素敵!!」
私が目をつけたのは、ドワーフ族の店主が切り盛りする【魔石加工店】
魔法が詰まった水晶やアメジスト、ローズクオーツなどの魔石をいろんな形に加工して、アクセサリーにして売っている。
並んでいるアクセサリー全てに、守りの魔法が込められているようだ。
カナレア祭らしく、花の形をしたものばかりで、百合やバラのような華やかなものが多い。
そこにもやっぱり私の好きな桜の姿はなく、少しだけ寂しさを覚える。
「君は普段こういうものはつけないのか?」
「そもそも持ってませんしねぇ。持っていたとしても、つけてデートするような人もいませんし」
私が髪飾りやイヤリング、ネックレスなどの装飾品をつけるのはパーティくらいだ。
自分でも女子力が低いんじゃないかとは思う。
「そうか……」
「先生は好きな花とかってないんですか?」
「花はどれも美しいとは思うが、特別気にしたことはない」
そう答えた先生は、自身の顎に手をかけて考える素振りをした後「いや……」と続けた。
「君が前に絵に描いた【サクラ】は、私も好ましい。愛らしい花だと思う」
小さくつぶやかれた言葉に、私は頬を緩ませる。
以前、私の目の色の話をした時から【桜】という植物に興味を持った先生に、私は【桜】の絵を描いて見せたことがある。
一輪の桜の小花を描いてみせて「これが木にたくさん咲き乱れるんですよ」と言うと、切長の目を大きくさせて「それは……見てみたいものだ」と興味を示していた。
「残念ですよね、この世界に桜がなくて」
「あぁ。それに関しては同感だ」
珍しく素直に小さく頷く先生に私は笑顔を向け「さて、そろそろいきましょうか」と店に背を向ける。
「買わないのか?」
「んー……華やかでゴージャスな花、私には似合いませんから」
なんてったって、地味な黒髪だし。
もしこれがブロンドの髪とアメジストの瞳を持つ彼女や、金髪碧眼のセレーネさんなら違うんだろうけど、私にこんな華やかなものは分不相応すぎる。
「そう……なのか?」
「そうなんです。さ、行きましょ、先生!!」
私が先へ促すと先生は「あぁ」と頷いてから私の後を追った。
昨日友人たちとまわったのも楽しかったけれど、大好きな人とまわるお祭りはまた別の楽しさがある。
たくさんの花に囲まれて、大好きな先生と並んで歩く──。
5年前は兄妹と間違われたけれど、今は?
今の私たちは、周りからはどんなふうに見えるんだろうか?
私はいつの間にか私の隣を歩く先生を見上げながら考える。
「……何か?」
「へ?」
「私に何かついているか?」
気づけば訝しげに私を見下ろすアイスブルーの瞳がそこにあった。
「あ、いや……、別に」
「下手な嘘をつくな」
じろりと睨まれて、私は少しだけ考えてから観念して口を開く。
「……5年前、先生と王都に出かけた時のことを思い出してました」
「5年前? あぁ……秋に出かけた時のことか?」
私はそれに頷いて続ける。
「あの時、私は先生と兄妹だと勘違いされたでしょう? でも、今の私はどうなのかなって……。少しは、先生の隣に立ってもおかしくないくらいにはなったかなって、ふと気になっちゃって……。は、はは。うん、なんでもないです。忘れてください」
それを先生自身に聞いてどうなる。
どんなに頑張っても、私には先生の隣にはエリーゼの影が見えてしまうというのに──。
「変なこと言ってごめんなさい。行きましょ!!」
そう言って足を進めようとすると「おかしくはないだろう」という先生の声が耳に届いて、再び立ち止まる。
「え?」
「……君はあの頃より格段に背も伸びたし、顔も……多少は大人びてきたようだからな。だが、周りの目など何の評価にもならん。隣に立っている私がどう感じたか、それ以上に重要なことはあるか?」
それは、どういう……。
「先生は……兄妹のようではない、と?」
「こんな変態的な妹はいらん。それに、私は君が、私の隣に歩くにふさわしくないなど、思ったことはないと言っているんだ。他の目など気にする必要はない」
それだけ言って先生は「行くぞ」と言って私を追い越して歩き始めた。
「ずるい……」
熱を持つ頬に手を当て、ふとそびえ立つ花時計を見上げると、針はすでに午後の時間を指していた。
少しずつ近づく距離── 。
作者・景華「はよくっつけ」
これからも「人魚無双」を、そしてヒメちゃんたちを、よろしくお願いします!!




