5年目のカナレア祭ー第二回女子会「恋の進展は?」ー
第二回女子会開催!!
その日の夜──
今、私とメルヴィはクレアの家にお邪魔している。
村は綺麗にライトアップされ、夜でも賑わいを見せていて、昼とはまた違った花々の魅力を醸し出す。
メルヴィは今夜迎えが来て帰るらしいけれど、私は村の唯一の宿【たくあん大盛り亭】に滞在予定だ。
「で?」
腕組みをしたクレアが私たち二人を見下ろす。
クレアの釣り上がった瞳が鋭く光る。
「で、とは?」
「あんたたち、進展はあったの? まぁ、メルヴィはラウルと仲良さそうだし大体わかるけど」
祭りを見て回る間、ずっと手を繋いでいたメルヴィとラウル。
何かあるたびに顔を見合わせて微笑んでいた二人だ。
仲が悪いわけがない。
「えぇ、良好ですわよ。ラウル様ったらとても紳士で優しいんですもの。不満はありませんわ」
ピンク色に染まった頬に手を当てうっとりとしながら言うメルヴィ。
もう完全なる恋する乙女だ。
「確かにラウルは優しいし、おっとりしてるし、メルヴィにぴったりですよね」
おっとりしていて。
まったりしていて。
癒し系で。
二人揃ってマイナスイオン発生させてるんじゃないかと時々思う。
「2人の子どもも、きっと癒し系なんでしょうねぇ」
私が何気なく発した言葉に、メルヴィの顔がボンッと赤くなり沸騰した。
「こっ、子どもなんてまだ……!!」
「いや、それはまだだろうけど、いずれは……でしょ?」
「そ、それはそうですが」
メルヴィは机の上のお水をググッと飲み干す。
「メルヴィとラウルが結婚して、いつか子どもが生まれたら、抱っこさせてくださいね」
保育園の教育実習の記憶がよみがえる。
子ども達と遊ぶだけじゃなくて、書き物や活動記録の多さに戸惑ってたっけ。
私の言葉にメルヴィは頬を染めたまま「えぇ、もちろんですわ」と言って笑った。
「で? あんたはどうなのよ?」
「へ?」
「クロスフォード先生と進展は?」
進展。
しんてん。
し・ん・て・ん?
思い浮かべてみてもこれと言って特別なことは思い浮かばず、私は「特には……」と返す。
「むしろ距離は空いてるような……」
何しろ先生は忙しいのだ。
仕方がない。
なかなかゆっくり会って話せないこの状況は、正直少しだけ寂しいけれど。
「なにそれどういうことよ?」
「何か、あったのですか?」
心配そうに私の顔を覗き込む親友達。
「……騎士団の仕事やらなんやらが忙しくて、なかなかゆっくり話ができないんですよね。私も最近は【オーク】討伐要請で忙しいですし……」
まぁ、夜の修行で会えるだけマシなんだろうけれど。
今までがずっと先生と一緒にいた分、なんだか心に隙間が空いたようだ。
「確かに、最近あんたもクロスフォード先生も忙しそうだもんね」
「すれ違い、ですわね」
私は顔を机に突っ伏して「うぅ〜……」と唸る。
「会った時にチューやらギューやらもないわけ?」
その距離感はもう恋人の距離感だ。
私が先生に会うたびにチューやらギューやらしてたら、ただの変態だ。
「ないですねぇ……ぁ……」
私はふとこの間のベッドでのことを思い出す。
目を覚ますと先生に抱きしめられていたあの出来事を。
引き締まった白い胸板。
熱い吐息。
先生の悩ましげな表情。
それらを思い出して一気に顔に熱がこもる。
「おや?」
「何か、あったようですわね?」
私の顔色の変化をすぐに感じ取った二人がニヤニヤとした顔で私に詰め寄る。
「え? な、なんですか? 二人とも──」
「何があったのか──」
「話してくださいますわよね?」
なんだか二人とも生き生きしている。
私はごくりと喉を鳴らすと、観念して話し始めた。
「……実は一度だけ、朝起きたら先生と同じベッドで寝てました。目が覚めるとシャツをはだけさせた先生に抱きしめられていて……。まぁ、私がジュースと間違えてお酒を飲んで酔っ払って、先生を掴んで離さなかったから……らしいんですけどね」
それでも時々あの時のことを思い出してはベッドの上でゴロゴロと一人悶えている私。
仕方ない。
だって先生のあの色気は反則だもの。
「何それ進展してんじゃないの!!」
「萌えますわね!!」
二人の目がキラッキラしてる。
ちなみにメルヴィに昔【萌え】についてレクチャーしてから、彼女は立派なオタク化している。
最近では周囲の人間を題材に、自分で薄い本を描き始めたとか──。
見たいような見たくないような……。
「いや、でも何もなかったですからね? 先生も仕方なしで──」
「ていうか、よく我慢したわよね、クロスフォード先生」
「私がこのシチュエーションを描いたなら、確実に【先】に進んじゃいますわね」
普段どんなもの描いてるのメルヴィ!?
貞操観念のがっちりしている高位貴族らしからぬ発言に耳を疑う。
「私……そんなに魅力無いでしょうか?」
少しだけ不安になってきた。
いや、私と先生がどうこうなってもダメなんだけど。
「ヒメは可愛いし胸もでかいし強いし胸もでかいし、魅力の塊でしょ」
今同じフレーズを二回言いましたね!?
私は思わず自分の胸を両手で抱きしめて隠す。
「ヒメのことを狙っている貴族も多いのですわよ?」
ナニソレ初耳。
「ま、大切にされてんのよ、きっと」
「えぇ。私もそう思いますわ」
にっこりと笑って二人が言う。
だといいな。
エリーゼのことがあるから、それらの話に素直に頷けないけれど。
思うのはタダだよね。
リンリン──
店のベルが鳴って「メルヴェラ様ー。お迎えですよー」と一階からおばさんの声がした。
どうやらシード公爵家のお迎えが来たみたいだ。
「あら、いいところでしたのに。では私はこれで失礼しますわね」
「私もそろそろ宿に帰りますかね」
「えぇ。また来てね、二人とも」
名残惜しげに重い腰を上げて、私たちは一階へと降りる。
「おば様、おじ様、お世話になりました」
「いいえ、またいつでも来てくださいね、メルヴェラ様」
目尻の皺をくしゃっとしておじさんとおばさんが笑う。
この世界の貴族と平民の仲はいつ見てもだいたい良好で、見ていて心地良い。
「クレア、ヒメ、今度は我が家のパーティでお会いしましょう。それでは、ごきげんよう」
馬車に乗り込み手を振るメルヴィに「おやすみ」「またね」と手を振りかえして、天馬は馬車を引いて夜空に飛び立った。
やがて夜の闇に紛れて見えなくなると「ヒメちゃんは今年は宿に泊まるんだったね?」とおじさんがたずねる。
「はい。今年は最終日の早朝に帰りますよ」
「そうかい。じゃぁ、明日の朝宿のほうに出来立てのパンを届けてあげるから、よかったら食べておくれ」
「わぁ!! ありがとうございます!! 楽しみにしてますね!!」
おじさんの出来立てのパンは最高だ。
「では、私も行きますね。今日はありがとうございました。おやすみなさい」
そう言って私は宿に向かって歩き出す。
「あ、ヒメ」
「はい?」
クレアが私を呼び止め、私はすぐに足を止め振り返ると、彼女は私に近づく。
「あんたのこと、応援してるんだからね。諦めるんじゃないわよ」
そう言って私のおでこにデコピンを繰り出すと、クレアはニカッと笑った。
私が諦めていること、気づいていたんだ。
エリーゼの存在には勝てないと。
いずれ先生の隣に立つのは私ではなく、エリーゼになるのだと。
元のあるべき姿に戻るのだと。
「……ありがとうございます、クレア」
それはもうどうにもならないことだけれど、彼女が気づいて応援してくれるその思いがありがたい。
私はふにゃりと笑って、また【たくあん大盛り亭】に向けて花と光があふれる村の中心部へと歩き出した。
宿屋の名前【たくあん大盛り亭】は、たくあんを愛する作者・景華の破滅的なネーミングセンスが光りました。笑




