ジオルド・クロスフォードー隠し子疑惑ー
冷たい空気が肌を刺す中、先生にしがみついて転移してやってきた公爵家は、とにかく大きかった。
「城ですかっ!!」
「いや〜、ここに来るのも三年ぶりか?」
「変わらないわね〜」
私が叫んで、2つの声が続いた。
「まさかお前たちまでついてくるとは……」
先生と私が転移をする直前「私たちも混ぜてー」と、レオンティウス様とレイヴンが飛び込んできたのだ。
「冬の間お前と二人っきりで屋敷にいるなんて、ヒメが危険だろうが」
「お前が一番危険だ万年発情期」
先生の眉間の皺が深くなる。
「まぁまぁ、心配なのよ。男の一人暮らしの家に女の子がひとりなんて」
「別に二人きりと言うわけではない。使用人もいる」
「いやいや、あんたんところ、いるって言っても……」
扉を開けて、出迎えてくれたのは初老の男女だけだった。
「おかえりなさいませ、旦那様。レオンティウス様もレイヴン様も、お久しゅうございます」
「あ、ぼっちゃんじゃないんだ」
私が呟くと、レイヴンが「忘れてくれ……」と両手で自分の顔を覆った。
「あぁ。今日からしばらくここに住むヒメ・カンザキだ。カンザキ、この二人は公爵家の使用人で、執事長のロビーと、その奥方で侍女頭をしているベルだ」
紹介されて、私は背筋を正してカーテシーをする。
「ヒメ・カンザキです。よろしくお願いします」
「まぁまぁ! 可愛らしいお嬢様!」
「旦那様にも、ようっっやく春が……!!」
ベルさんが手を叩いて嬉しそうに目尻を下げ、ロビーさんが目頭を押さえながら感動に震えている。
「……ただの、生徒だ」
先生はため息を一つ落として、チラリと左右を確認すると「ジオルドはどうしている?」と聞いた。
「「「ジオルド????」」」
私とレオンティウス様、レイヴンの声が重なった。
ゲームにはそんな名前はなかったはずだ。
初めて聞くその名前に、私は不安を覚える。
自分の知らない物語は……怖い。
まるで夜に深い海の底を探るようなものだ。
「お帰りなさい」
突然降ってきた声の方を見ると、ホールの中央階段から、グレーの目に綺麗なブロンドの髪の少年がゆっくりと降りてきた。
「あぁ、ジオルド。帰った。変わりないか?」
変わらぬ表情で、先生がきいて
「もちろんです。この僕が平民の子供でもわかるような教育ができないとでも?」
と先ほどジオルドと呼ばれた少年がかえした。
そして私達をチラリとみてからフン、とバカにしたように鼻で笑い「僕は部屋で勉強したいので、これで」と言って彼はその場を後にした。
「今の感じの悪い子ども、誰だ?」
「先生……まさか……!! 私と言うものがあるのに、隠し子ですか!?」
「そんなわけあるか馬鹿者。あれは……義弟だ」
少しだけ視線を逸らしながら言いづらそうに先生が言って
「「「おとうと〜〜〜〜〜!?」」」
レイヴン、レオンティウス様、私の声が綺麗にハモった。
「お前弟いたっけ? ヒメと同じくらいだろ、ありゃ」
「でも、最後にここにきた三年前にはいなかったわよね?」
「ジオルドは10歳だ。三年前、一年間の父の喪が明けると同時に、正式に迎え入れた。今は当主になるよう屋敷で教育している」
クロスフォード家は代々強い力を持ち国を守ってきた騎士の家系だ。
当時騎士団長だった彼の父は4年前の魔王復活の際、戦いで亡くなったとゲームで語られていた。
16歳の若さですでに父親よりも強かったがゆえに史上最年少騎士団長となった先生は、実力も相まって史上最強の騎士団長と言われることになる。
「私たちがあなたのお父様の喪明けの会を手伝いに行ったのが三年前だから、あのすぐ後ってこと?」
レオンティウス様の言葉に、先生がこくりと頷く。
「いやでも、当主はクロスフォードの人間じゃないとダメだろ。親父さんはお前と髪も目も同じで、お袋さんも目はお前や親父さんと一緒、髪はブロンドだったはずだ。あいつは髪はブロンドでも……」
目はグレーだった。
誰とも違う色。
「あぁ……。母親は同じなんだが、その……」
私を横目でチラリと見ながら珍しく言い淀む先生に、レイヴンがポンっと手を叩いた。
「あぁ! 種違いか!」
バシンッ!
どこからともなく教科書を取り出し、レイヴンの頭を叩く先生。
「ってぇ〜〜っ!!」
「仮にも女性の前でいう言葉じゃない!」
「初か!!」
涙目で、教科書の角がクリティカルヒットした頭を押さえながらいうレイヴン。
「えっと……ていうことは……」
なんとなく察した私は隣のレオンティウス様に視線を預け、彼がうなづいた。
「えぇ。父親違いってことね」
歩きながら、先生はぽつりぽつりと話し始めた。
「政略結婚で結婚した両親は、そんなに一緒にいたわけじゃなかった。仕事が忙しくあまり家にいなかった父だったし、私も5歳から鍛錬に明け暮れていた。気づけば私が10歳の頃、使用人の男との間に子をもうけ、その男と駆け落ちして、ジオルドを産んだ。誰も、母を迎えにはいかなかった。そしてジオルドが5つの時、母が事故で亡くなったと知らせが入り、離縁はしていなかったためまだ公爵夫人だった母の亡骸は公爵家に運ばれ、葬儀は執り行われた。その時に、ともに駆け落ちした男は、愛していたはずの私の母を捨て出て行っていたことを知った。葬儀で初めて見たジオルドに、父は一度も声をかけることはなかった。私は、孤児になるはずだったジオルドを離れに住まわせた。父に内緒で。その一年後に父が亡くなり、そしてまた一年後に喪が明けてすぐ、彼を正式に迎え入れた。私は結婚する気がないし、彼にこの家を継がせるつもりだ。幸い、父と母は従兄妹だった。元を辿ればクロスフォードのルーツになり、血筋は残る」
話している間にサロンに到着すると、すぐにベルさんが温かい紅茶を淹れてくれた。
「ジオルド様は、公爵家を継ぐために毎日頑張っておられますよ」
「ということは、私の未来の義弟になるってことですね!」
「なぜそうなる」
「私、ジオルド君に会いに行ってきます!」
「は? おい! 待て!」
先生の静止も聞かず、私はサロンから飛び出して行った。




