【SIDEレイヴン】とあるSクラス教師兼魔術師長の天使
レイヴン視点のレイヴン回です。
やっと女の子出せるー!!
夏休みになって、俺も一度家に顔を出すことにした。
病弱な妹のメルヴェラの容態が芳しく無いと知らせが入ったからだ。
部屋で簡単に荷造りをして、馬車に乗り込もうとしたその時。
「レイヴンーー!! 待ってくださいーー!!」
コロコロと可愛らしい声が、俺を呼び止めた。
振り返ると、長い黒髪を頭の上の方で一つにまとめ上げた、俺の小さな小さな生徒がそこにいた。
「おう。どうした? さっぱりしてて可愛いじゃんか」
と頭を撫でてやると、小さな頬をぷくっと膨らませた。
「そう言うことするから隠し子疑惑が広がるんですよ!」
いろんなところで俺の子供かと疑われているヒメは最近ちょっと俺に冷たい。
だがそんな可愛らしくぷりぷり怒ったところで痛くも痒くもないし、むしろ可愛いしか感想は出てこない。
「って、そうじゃなくて、レイヴン、里帰りするんですよね? 私も連れていってください!」
ヒメは俺の腕をぎゅっと掴んで言った。
「は!? なんで?」
「レイヴンの妹さんに会ってみたいんです!! いつも、俺の妹は賢くて優しくて癒しなんだ、って自慢してるじゃないですか!! 私も会ってみたいんです!!」
うん、俺は妹が大好きだ。
いや、ほんと、天使だと思ってる。
メルヴェラに会ってみたいだなんて、ヒメ、お前見る目があるな。
ずっとひとりで部屋の中で療養しているあいつの息抜きにもなるかもしれない。
そう思った俺は、ニカッと笑って「まぁ、いいぞ。じゃぁ乗れよ」とヒメの手を引いて、馬車へエスコートした。
珍しい、黄色のオーガンジーが重なったような涼しげなワンピース姿に、思わず笑みが溢れる。
「俺の目と同じ色の服を着てくるなんて、そうかそうか、そんなに俺が大好きか」
気分良くヒメの頭をガシガシ撫でながらそう言うと、ふわふわの頬をぷくっと膨らませて「メルヴェラ様に会うんですから、メルヴェラ様と同じ色にしてみたんですっ!」と否定してきた。
ちぇ、なんだ。
ていうか、メルヴェラの目の色、なんで知ってるんだ?
ふわっ。
「キャァっ!」
「おっと。大丈夫か?」
浮遊感がきて、ヒメがバランスを崩すのを慌てて支える。
「な、なんですかこのふわふわ感」言いながら窓から外を見て、口をぽかんと開けたままヒメは固まった。
天馬たちが空を舞い、馬車が浮遊したんだ。
え、まさか知らなかったのか?馬車。
こいつは不思議なやつで、勤勉でいろんなことを学んでいるのに、常識に疎い。
「天馬たちが引いてるからな、このまま空飛んでいくんだよ」
「ファンタジーか!! ていうか、飛ぶなら普通箒とかデッキブラシで飛ぶんじゃないんですか!?」
箒はともかく、デッキブラシって……不恰好すぎるだろ。
「今回は土産もたくさんあるからな。馬車がいいんだよ。遠征とか討伐とか行く時には転移魔法使うし、箒に乗ることはないな。あんなので飛んでたら痔になる」
昔やってみたが、結構尻が痛いんだ、あれ。
箒で飛んでみて尻を痛めて散々シリルとレオンのやつに馬鹿にされた苦い思い出を思い出す。
「そういえば、シリルにはちゃんと言って出てきたんだよな?」
「え? あ……」
青ざめていくヒメ。
言って……ねぇな……。
「だ、大丈夫!! 手紙!! 今手紙飛ばしますから!!」
と懐からメモ帳とペンを取り出し
『レイヴンの家にお邪魔してきます。
夜には帰ります。探さないでください。あなたのヒメより』
とだけ書いて、それを鳥の形に器用に折ってから魔法をかけた。
するとそれはパタパタと羽を羽ばたかせて飛んでいった。
すげぇな……。
「浮遊魔法と変身魔法を応用して、折り紙に使ってみました!! 可愛いでしょ。題して、鶴の恩返しです!!」
「いやそのネーミングセンスはよくわからん。よくわからんが、とりあえずすげぇ」
こいつの魔法のレベルは、指導が始まって4ヶ月しか経ってないにも関わらず、すでに15歳の一年生レベルを超えていた。
不思議な発想力をもって、二年生でもできるかわからないような魔法を次々と作り出してくる。
オールエレメンターの力は伊達じゃない。
まぁ、それだけ血の滲むような努力を重ねてるんだけどな。
聞けば休日も夜も、あのシリルに教えを乞うているらしいし。
「すげぇけど、あれで本当に大丈夫か? 後でしらねぇぞ」
多分、いや、絶対怒られる。……俺も。
つーか、俺メインで。
「大丈夫です!! 先生、優しいんで!!」
「……」
その自信はどこからくる。
理解不能すぎるぞ。
なんだかんだ面倒見はいいし、真面目で誠実な良いやつだけど、ずっとしかめっ面だし、怒ると怖い。いや、怒らなくても怖い。
が、ヒメにとっちゃぁそれもご褒美のようなものらしい。
さすが、グローリアスの変態だ。
飛び続けて、王都の俺の屋敷に到着した。
たくさんの使用人たちが出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、レイヴンぼっちゃま」
「ブフッ!!!」
初老の執事長が言うと、ヒメが隣で吹いた。
失礼なやつだ。
でもまぁ、ぼっちゃまってキャラじゃねぇのは否定できねぇ。
つーか、そろそろぼっちゃまはやめて欲しい。
「帰ったぞ。こいつは俺の可愛い生徒だ」
そう言ってヒメの肩に手を回すと、華麗に跳ね除けられ、スッと姿勢を正して綺麗なカーテシーをした。
「初めまして。ヒメ・カンザキです。突然お邪魔してしまい申し訳ありません」
そう言って微笑む姿は、少し大人びて見える。
そういや、貴族マナーの授業も受けてたな、こいつ。
なんだこの外面。
「ほっほっほ。とても素敵なお嬢様、歓迎いたしますぞ」
騙されるなじいや。
こいつはそんなやつじゃねぇ。
思っても口にはしない。
「メルヴェラに紹介したいんだが、部屋か?」
「はい。お部屋にて、ぼっちゃまをお待ちしておりますよ。旦那様達も会議が終わり次第、すぐに行くとのことでした」
「わかった。じゃ。行くか」
俺はヒメの手に自分の手を添えてエスコートし、屋敷の中に歩みを進めた。
「広いですね」
「そうか? シリルの家よりゃマシだぞ。一応あいつの家、セイレ国3大公爵家の中でも、筆頭公爵家だからな。今度家に帰る時にでも連れて帰ってもらえ」
俺が言うとヒメは顔を赤くして
「先生のおうち……!! プレイベートスペース!!」
とソワソワし始めた。
シリルの身が危ない。
やがてメルヴェラの扉の前につき、コンコンとノックするとふんわりとした声で「どうぞ」と帰ってきた。
「帰ったぞ、メルヴェラ」
「お兄様。おかえりなさいませ」
メガネの奥の、俺と同じ琥珀色の目が垂れる。
いや、まじで天使か。
邪気が全くねぇ!
どっかの変態とは大違いだ。
感動に打ちひしがれていると「あの、兄様、そちらは?」と遠慮がちにメルヴェラが聞いてきた。
「あぁ、俺の生徒だ。なんか、お前に会ってみたいって言うから、連れてきた」
「ヒメ・カンザキです!! わぁぁ……メルヴェラ様、天使……!!」
お、わかってるじゃねぇか、ヒメ。
感心していると、メルヴェラがわなわなと震えていることに気づいた。
「お兄様……!! お相手は?」
「は?」
「どなたとの子どもですの!? 生徒だなんて嘘おっしゃい!! どう見ても私と同じくらいの歳でしょうに!! まさか……手当たり次第に手を出しすぎて、どなたの子かわからないとかないですわよね!?」
必死な形相で詰め寄るメルヴェラ。
メルヴェラ、お前もか!!
そんな節操のない男じゃねぇ!!
そもそも20歳の俺に、お前と同じくらいの子どもがいたらおかしいだろ!!
言おうとすると、ヒメの方が顔をこわばらせて
「違います!! レイヴンがパパとか、絶対無理です!! 10歳ですが、本当にた・だ・の!! 生徒です!!」
と全否定した。
……そこまで必死に否定することか……?
「まぁ、そうでしたの? すみません、私ったら……。私はメルヴェラですわ。ヒメ様、どうかよろしくお願いしますね。私と同じ歳でもう魔力を開花させているなんて、すごいですね」
「そんなこと……。あ、私のことは様はいりませんからね」
「ふふ。私のことも、普通に呼んでくださいな。あぁ、同じ歳の方とお話しできるなんて、嬉しいです」
生まれて初めての友達に、メルヴェラは頬を染めて嬉しそうにしている。
すると
「ゴホッゴホッ」
突然メルヴェラが激しく咳き込み出した。
「大丈夫か!?」
「はぁっ……はぁっ……」
ゼロゼロと呼吸が荒くなっていく。
俺が前会った時よりもひどくなってる。
俺は急いでベルを鳴らし、執事長を呼び出した。
すぐに執事長と、両親も駆けつける。
「メルヴェラ!!メルヴェラ!!」
必死に母が声をかけるも、呼吸はただ荒くなる一方だ。
メルヴェラの病は、ヒーラーにも治せない。
もともと体が弱い上に、魔力の影響を受けやすく、体に入った魔力を受け流すことができないんだ。
大なり小なり、誰でも魔力を放出しながら生きている、魔法で溢れたこの世界は、メルヴェラには毒でしかない。
だからあまり長く人と接することが出来ないんだ。
でも前はここまで早くに発作は出なかった。
……衰弱してきてるんだ。
少しでも魔力に触れないように俺の魔力で膜を張ってきたが、それでも限界はある。
俺の力なんて、俺の努力なんて、ちっぽけなものだ。
メルヴェラの命が消える日は、多分近い。
魔法溢れるこの世界で、全く魔力に触れずに生きるのは不可能だ。
実際、この症状で亡くなるものは12歳前後。
他人の魔力でもこうなんだ。自分の魔力が開花した場合どうなるかなんて、決まっている。
だから大体が15歳の魔力開花時の前に亡くなる。
たった一人の妹が。
『お兄様はやっぱりすごいです!!』
そう、俺を認めてくれる唯一がいなくなってしまったら……。
そんなの、耐えられる気がしない。
執事長が呼吸器を当てている間、俺はただメルヴェラの手を握るしかできなかった。
すると……
「レイヴン。大丈夫です」
暖かく小さな手が、メルヴェラの手を握る俺の手に触れた。
その手の主を見ると、ローズクォーツの瞳がふにゃりと笑っていた。
そして俺をそっとベッド脇に押し出し、メルヴェラのそばに立ち、彼女の額に手を置いた。
歌が、光が、広がった。
「ポロリ ポロリ 紡ぐ糸の音を聞いて
シュルリララ シュルルララ
命のカケラを紡ぐ 光の先に煌めく 命の唄よ」
綺麗だ……。
溢れる光に包まれているうちに、メルヴェラの顔色がどんどん血色の良いものになっていった。
歌が終わると、メルヴェラの琥珀色の瞳が大きく開かれる。
「苦しく……ない……。重くない……」
胸元に手を当てて、メルヴェラがつぶやいた。
まさか……そんなこと……。
呆然とする俺たちに、
「もう大丈夫ですよ。少し、身体の中をいじらせてもらって、魔力の通りを良くしました。これできちんと、外部からの魔力を受け流すことができますよ。メルヴェラちゃん、今まで良く頑張りましたね」
ヒメがふにゃりと、優しく微笑んだ。
ドクン……
大きく俺の心臓が音を立てた気がした。
嘘だろ?
ヒーラーにも治せなかったのに……。
身体の中をいじったって……。
そうこうしていると、呼んでいたヒーラーが到着し、メルヴェラを診てもらうと、ヒーラーも驚きを隠せない様子だった。
完全に澱みがなくなっている。
外部の魔力がきちんと受け流されていると言うのだ。
俺は泣いた。
メルヴェラも、両親も、使用人達も。
皆、諦めていたんだ。
その時が来るのを、ただじっと待っているしかできなくて、毎日、メルヴェラが死に向かう階段を登っているのを見てるしかできなくて……。
「もう、大丈夫なんだな? メルヴェラは……生きていられるんだな?」
繰り返す俺を、ヒメが小さな腕で抱きしめた。
さらさらとした黒髪がくすぐったい。
「大丈夫ですよ。レイヴンも、よくがんばりました」
……天使だ。
本物の天使がここにいる。
「ヒメ……ありがとう。お前は、グローリアスの天使だ」
その言葉に彼女はふにゃりと笑って、そして、ふらりと倒れた。
ーーーー
外が暗くなり始めた頃、ローズクォーツの瞳が再び開いた。
「あれ……? ここ……」
「目、覚めたか?」綺麗な黒髪をそっと撫でてみる。
柔らかいな。さすが子どもの髪。
「レイヴン……? 私、なんで……?」
まだぼーっとしたまま額に手をやるヒメ。
「軽い魔力切れだと。あれだけでかい魔法使ったんだ。……無事でよかった」
そう言って小さな体を抱きしめた。
軽い魔力切れだったからよかったものの、魔力を使い切って命を落とすこともある。
本当に、こいつが無事でよかった。
「……レイヴン。メルヴェラちゃんが今まで生きてこれたのは、貴方の魔法で守って来たからでしょう?貴方の努力が、今を作ったんですよ」
ふにゃりと笑うヒメ。
俺の……努力が……?
俺が、メルヴェラを守れたのか?
魔法でも剣でもシリルに勝てない、ダメなやつなのに。
あぁ、そうか。認めてもらうって、こんな気持ちなのか。
ドクン……ドクン……
鼓動が早くなって、決意を固めた俺は跪き、ヒメの白い指先に口付けた。
「っ!」
ヒメの息を飲む声が聞こえて、フッと思わず笑みが溢れた。
「ヒメ。この恩は、一生忘れねぇ。俺、騎士団魔術師長レイヴン・シードは、ヒメ・カンザキに、生涯変わらぬ忠誠を誓う」
言うと、口付けた指先から光が溢れる。
初めてやったけど、成功したようだな。
「あの……今のは?」
「騎士がたった一度だけ繰り出すことのできる忠誠の魔法だ。お前を守り、お前に仕える。これで俺は、身も心もお前のモンだな」
「語弊!!!!」
顔を真っ赤にして叫ぶヒメがやたら可愛く見える。
こんな魔法、一生することはないと思ってたんだがな。
10歳の子供に誓う騎士なんて、俺ぐらいのもんじゃないか?
未だ戸惑うヒメに向き直り「改めて、ありがとうな、ヒメ」頭を深く下げる。
それを見てベッドから降りようとするヒメがふらつき、俺はまた彼女を支えた。
「言ったろ? 軽い魔力切れだって。まだ完全じゃないんだ。大人しくしとけ。シリルには遣いを送っといたから、今日は泊まっていけ。うちの親も、すげぇ感謝してた。目が覚めたら挨拶させてくれってさ」
言いながらガシガシ頭を撫でると、途端に顔の色が青く染まった。
「こ……殺される……」
「……まぁ……大丈夫だろ……」
ことの次第は伝わるはずだ。
…………多分……。
バタンッ!!
「ヒメちゃん!!」
勢いよく扉が開いて、メルヴェラが入ってくる。
ベッドから出て走るメルヴェラの姿を見ることができるなんて、と嬉しくなる。
こいつのおかげ、だな。
「ヒメちゃん……!! ごめんなさい!! 私のせいで……!!」
泣きながら縋るメルヴェラの口元に、ヒメは白い指をそっと押し当てる。
「メルヴェラちゃん。私、ありがとうの方がいいです」ふにゃりと笑った。
やば。天使。
「……はい!! ありがとうございます……!! ヒメちゃん!!」
そう言ってメルヴェラがヒメに抱きついた。
癒しか。癒しなのかこの二人。
可愛らしい二人を微笑ましく見ていると……
ヒメが扉の方を見たまま、呪いにでもかかったかのようにフリーズした。
視線を辿ると……
黒い鬼がいた。
「せん……せ……?」
眉間の皺を深くしてヒメを見るシリルは……怖い。
「どうやら生きているようだな」淡々と声を発するシリルに
「はい!! 私、先生を幸せにするまでは死にません!! いえ、幸せにしても長く生きる予定です!!」と元気よく応えるヒメ。
それを見たシリルは、眉にグッと力を入れてヒメに近づき、
「キャァっ!!」
抱き上げた。
いや、荷物を抱えるが如く、小脇に抱えたって言うのが正しい。
「邪魔をしたな、レイヴン」
そのまま扉の方へ歩いていくシリルを「ちょっ!! 待てシリル!!」と慌てて止める。
するとシリルは俺をじっと見てから、顔をしかめた。
「……お前……。誓いを行ったのか?」
わかるんだな。さすが騎士団長。
「あぁ。俺は身も心も、こいつのモンになった」
とドヤ顔で言ってやれば、「だから語弊!!」と声が飛んできた。
「……そうか。これは連れて帰る。当主と奥方には世話になったと伝えておいてくれ」
有無を言わさずに歩みを進めるシリルに、困ったようにメルヴェラに手を振るヒメは、まるで魔王に連れ去られるお姫様のようだな。
「ヒメちゃん、お手紙書きますね!!」
「私も!! 私も書きますからぁぁぁぁぁ!」
そう言い残して、天使は拉致られた。
「……兄様、敵は強大ですわよ。頑張ってくださいまし!! 私、ヒメちゃんと義姉妹になれるのを楽しみにしていますわ」
いたずらっ子のように笑うメルヴェラに、俺は「あぁ、五年後が楽しみだ」と返した。
あのシリルが手を出すとは考えづらい。
五年後。
俺が25であいつが15なら。
うん、いいな。
大きくなったあいつを思い浮かべながら、俺は笑った。
「お兄様、気持ち悪いです」
ついにメルヴェラちゃん登場です!!
病弱×メガネ×三つ編み×令嬢です!!
次はレイヴン宅から拉致られた後の、シリル先生との絡みです(*^^*)
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