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三 二つの死闘

 モーニングスターが弧を描いて風をきり、大金棒とまともにぶつかる。

 一瞬暴力が拮抗するが、相手がひらりと身を後へやったのでオーロラは鈍器を一旦ひっこめた。


 ヴァレリアたちが去り、オーロラと女の戦闘がはじまってから五分以上は経つだろうか。

 オーロラは全力で狙い目を奪いにいくが、相手の女も容赦がない。隙あらばこちらを狙ってくるし、防御も固いのだ。

 こんなに面白い相手は何年ぶりだろうか。


「上将と名乗るだけあって、武力は父様に匹敵するか、それ以上ですね。けれどエセルなんて聞いたことがありません、あなたはどこからいらっしゃったんですか?」


「あたちを知らないとか、めっちゃ世間知らずなんでちゅけどー? でもあたち、すっごく優しいから教えちゃう! あたちね、コーテイヘーカの従妹なんでちゅよ~。ずっとディムきゅんと武力を磨き合って、よーやく将軍様になれたってわけ! ぎゃはははははっ」


 皇帝の従妹と聞いて、オーロラは合点がいった。

 上将だったディムが皇帝になり、次の上将になるのは本来、父のチャールズ・アンネであった。

 しかし反抗的な者を嫌う皇帝は、中将を選ばなかった。では誰を、とずっと疑問に思っていたのだ。

 従妹であればディムに従順だろうし、この強さを見れば将軍に抜擢するのも納得がいく。だからと言ってこんな悪質な女に将軍が務まるとは到底思えないが。


 女は二十歳前後。とても大柄で、顔は意外にも整っており、容姿も大きな胸や尻は女性的だ。

 薄布を巻きつけただけの格好で、男であれば一度は振り向いてしまうような女だった。

 しかし、その声とどす黒い心が、それらを台なしにしてしまっている。


「あなたも残念な人ですね。可憐に生きていれば、花も恥じらう乙女だったでしょうに」


「ぎゃはははっ。残念? それは中将のお嬢ちゃまの方でちゅよ。ディムきゅんに反抗して、あたちに殺されるだけのジンセー。あーあ、泣けてきちゃいまちゅよね~」


 こちらを嘲笑しながら、右に左に跳躍し、鉄球の追撃を身軽にかわす上将。

 鉄球と金棒の攻防の中、突然割りこんでくる声がある。


「つべこべうるさいの、この豚女!」


 小金槌を掲げ、上将めがけて猛ダッシュする少女――ベル・クリランスだ。


「あはっ。小娘ちゃんがあたちに何ができるんでちゅかね? ほれっ、ほれほれほれほれほれほれほれほれほれ! 脳みそ垂れ流して死ぬがいいでちゅよ~」


 しかしその攻撃という攻撃を、エセルはおちょくるように身をくねらせながら、一つ残らず避けてしまう。その上に金棒をぶん回しベルの無防備な頭部を狙っていた。


「わたくしがそれをさせるとでも思っているのですか?」


 しかし振り下ろされた金棒はオーロラの鉄球によって食い止められる。


「ベルさん、今は離れていてください」


「わかったの!」


 ふたたび、オーロラとエセルの舞踏が繰り広げられる。

 右へ左へ、上へ下へ。


 モーニングスターを女の腹部へと殴りつけるが避けられ、今度は金棒がオーロラに向けられる。ひょいと身をかわすがわずかに間に合わず、左手の盾で庇えぬままに鎧を着た脇腹の部分へ直撃し、強い衝撃が走った。


「やりますね」


「中将の娘如きがあたちに勝てるとでも? 百年、いいや、千年早いんでちゅよ! ぎゃはっ」


 ぐるぐるぐるぐると回転し、互いに暴力を打ちつけ合いながら、オーロラは考える。

 このまま長引かせてもいいことはないだろう。後では皇帝ディムとの戦いが待っているのだ、無駄に時間と体力を削りたくはない。

 でもこの強者に対し、どうやって勝利への道筋を見つければいいのか――。


「あ」


 そのとき、オーロラはひらめきを得た。

 そうだ。そうだった。その手があるではないか。

 薄く微笑み、彼女は青銅の鎧を鳴らした。





 目の前では激しい戦いが起こっている。

 超越者と超越者の攻防。それは、ただの少女でしかないベルが入りこめる余地のない神域の激戦だった。


 見ているしかできない。それがベルには、とても辛かった。

 本当なら今すぐにでもあの豚女をボコボコにしてやりたい。なのに、この戦いの中ではベルは動くこと危ういのだ。

 何かできることはないのかとベルは考える。

 しかし何も思いつかない。ああ、これでは何のためにここに残っているのかわからなくなってしまう。何か、何かしなければ――。


 そのとき、軽やかに跳躍し、金髪の少女が目の前に現れた。

 驚くベルを振り返り、彼女は笑顔で言ったのである。


「――お願いします」


 その一言で、ベルはすべてを理解した。

 チャンスは一回だけ。

「できるの?」とベルは自問してみる。

 だが、せっかく頼られたのだ。やらないわけにはいかないと、彼女は恐ろしい勢いで走り出した。


「あれれ? 逃げちゃうんでちゅかぁ? つまんないのー、逃げるしか能がないなんて、とってもとっても情けないでちゅね~。あははははっ。おっと危ないっと」


 侮蔑の笑みを浮かべながら、豚女がぴょんぴょんと跳ねる。

 そんなことはお構いなしに、ベルは四階への階段へ、走り、走り、走り――。


「逃げると思ったら、大間違いなの!」


 くるりと空色のワンピースを翻し、すぐ背後で高笑いをする豚女へ向き直る。

 そして少女は可愛く微笑し、その巨大な胸へと握りしめる小金槌を叩きつけた。


「なっ。ぎ、ぎぃ、ぎぁぁぁぁぁ――!!」


 直後、鮮血が舞う三階のホールを、耳障りな絶叫が木霊したのだった。





 振り下ろした赤い宝剣が甲高い音を立て、長剣によって受け止められる。

 押し返されてわずかに後退りし、荒い息を吐く。そのままヴァレリアは、ふたたび飛びかかった。


「前よりはちと勇気があるみてえだが全然だめだなあ。攻撃が一辺倒だぜ? こんなのじゃあおれには通じねえよ」


 しかしそれも弾き返されてしまう。

 唇を強く噛みながらまたも走る。走って走って武器を叩きつけ合い、やはり押し負けて吹っ飛ばされるヴァレリアなのだった。


 ――帝城四階のホールにて。

 現在、猛烈な戦闘が展開されていた。


 何百という数の帝国兵を相手にするのは金髪の少年――トビー。

 小斧を振りかざし、バッタバッタと敵を倒していく。

 そして一方、下将と対峙するのは赤髪の人魚、ヴァレリアだ。彼女はすでに三度挑みかかっていたが、そのことごとくをかわされ、反撃を喰らっていた。


「じゃあ、これだったらどうなの!」


 立ち上がって叫び、敵の脚部へと宝剣を叩きこまんと迫るヴァレリア。しかしそれを、下将は盾で防いでしまった。


「どうも何も、動きがとろいぜ? 大人しくおれの女になりな」


「あなたの女になる? そんなの、ごめんだわね」


 次に狙うのは胸部。だめだ、触れられもしない。

 その次は腹。しかし盾で受け止められた上、長剣で逆にこちらの腹を襲われてしまい、左手の盾がなかったら死んでいたところだ。

 せめて盾だけでも奪おうと腕をきりにいく。もう少しで刃が届くという瞬間、なんと不意に盾で胸を殴りつけられ、地面へ倒れこんだ。


 嘲笑い、下将が一歩、また一歩と横たわるヴァレリアに近づいてくる。

 そして彼が剣をこちらへ向けようとしたその瞬間――少女の体が、何者かによって持ち上げられていた。


「チェルナ……」


 チェルナはヴァレリアを咥えたままでホールを駆け抜ける。

 すぐ背後には下将が迫っており、ニタニタと笑っていた。豹といい勝負をするなんてどれだけ足が速いのだろうか。


「おれから逃げられるなんて思ってるなら大間違いだぜ、豹如きめが」


 がく、と視界が大きく揺れて、突然にチェルナの体が横倒しになる。

 その原因は簡単だ。下将の野郎が、尋常ではない強さの蹴りを放ったからである。


「きゃあ!」


 悲鳴を上げるヴァレリアは、またもや床に投げ出された。

 呻く黒豹にとどめを刺そうとする下将。それはさせないとヴァレリアは立ち、宝剣を構える。


「ほんと懲りねえなあ、てめえ」


「はぁ」とため息を吐き、ヴァレリアの慢心の攻撃を、さも何でもないことかのように受け流す。


 下将の下品な笑みが憎い。殺してやりたい。殺してやりたくてたまらないのに、足掻いても足掻いても剣が全然届かない。

 一方でヴァレリアの胸は、焦燥感に焼き焦がされていた。

 そろそろ結婚式がはじまってしまう時間のはずだ。いつまでもこんな野郎に構ってはいられないのに。


 ――短期決戦に持ちこむしかないだろう。


 そう思い、ヴァレリアが下将の兜へと狙いを定めた、その直後だった。


「防御がお留守だぜ」


 そんな声がして、激しい痛みが腹部を襲ったのは。

 それと同時に、長剣にきり裂かれた赤いドレスが、音を立てて破れた。


「ああ」


 苦鳴を上げるヴァレリアには、それが自分の心が破り裂かれた音のように思われたのであった。





「なっ。ぎ、ぎぃ、ぎぁぁぁぁぁ――!!」


 血飛沫を上げながら胸が弾けた瞬間、上将――エセル・ラッシュが、甲高い奇声を上げた。

 それをじっと見つめながら、見ごとに上将の胸を砕いたベルは自信たっぷりに笑った。


「ベルを侮ってくれた報いなの。戦場で気を抜くなんて言語道断だって、ルドがよく言ってたの」


「よくもやってくれやがったなぁ! このクソ女! 殺してやる、殺してやるぅぅぅぅ!!」


 先ほどまでとは態度を一変させ、顔を真っ赤にして叫ぶ上将。彼女はそのまま無我夢中で黒髪の少女に襲いかかろうとした。

 だがそれは、微笑するオーロラによって制される。


「それがあなたの本性ですか。……醜悪ですね。将軍には相応しくありませんよ」


 そして、怒り狂う女の臀部へ、モーニングスターの三つの鉄球が叩きこまれた。


「ぎゃっ」


 すっ転び、尻から血を吹き出されながら、上将エセルは呪いの言葉を吐く。


「こんなことして許されるとでも思ってんのか、クソ女ども! あたしの綺麗な綺麗なお乳とお尻を汚しやがって! クソ、クソクソクソクソ、クソがぁ!」


 四肢をバタつかせて叫ぶ女の前に、空色のワンピース姿の少女が歩み寄る。

 そうして、


「暴言はそれくらいにするの。……散々こっちをおちょくっといて、よくもベルたちをクソ女なんて呼べるの。ある意味感心しちゃうの。……うざったらしいから死んでなの、豚女」


 さも鬱陶しそうに、半裸の女の頭部へと金槌を叩きこんだ。

 頭がかち割られ、断末魔を上げる間もなく、汚物を撒き散らしながら、女は息耐える。

 これが、エセル・ラッシュの最期だった。


「終わりましたね。よく頑張りましたね、ベルさん」


 ベルの頭をなで、オーロラは賞賛の言葉をかけてあげる。

 たった一言でオーロラの意図を察し、それをやり遂げた彼女の姿はなんとも勇ましかったとオーロラは思う。今までただの村娘であったことがもったいないくらいだ。


「えへへ。ありがとうなの。ロラがいてくれたおかげなの。……さてと、豚女の死体はこのままにしておいて、ベルたちもさっさと四階に行くの」


「そうですね。ずいぶんと無駄に時間を食ってしまいました。急がないと」


 頷き合い、オーロラとベルは手を繋いで四階への大階段を登りはじめる。

 三階での戦いはこうして、呆気ない幕引きとなった。

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