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七 新しい仲間

 アンドレの村の一面の血の惨状を見て、ヴァレリアは咄嗟に思った。


「なんとかしなくちゃ」


 この惨劇を生み出したのが誰なのか、想像がつく。敵うかどうかはわからないが、だからこそ助けなければならない。

 まだどこかに生きている村人がいるかも知れないからだ。


 チェルナから飛び降り、彼女は足のない下半身を使って必死に駆け出す。


「ヴァレリアさん!」

「君、ちょっと!」


 双子からそんな声がかかるが気にしてはいられない。


「誰か、いないの!?」


 叫ぶが答えはない。

 あたりに散らばる物言わぬ死者たちの首が、こちらを光の消えた目でじっと見つめているだけだ。

 息がきれる。先ほどいっぱい泳いだばかりだ、疲れるのも当然。でも走り続ける。


 村の隅、小さな民家には、下手人が十人以上屯していた。――言わずもがな、帝国兵である。


「あなたたち! 性懲りもなく平気で罪のない人たちを殺して! 許さないわ!」


「何者だ、お前」

「村人か」

「取り漏らしかよ、首を叩き落としてやらあ」

「あ、ちょっと待て。もしやあいつは……」


 ごちゃごちゃと言う甲冑男たちの方へ突っこんで、一人の喉に宝剣を、一人の腹に尻尾をお見舞いしてやる。

 そのまま武器を引き抜き次々と血の花を咲かせ、瞬きの後には倒れる男たちの亡骸しか残らなかった。


「いくらお上の命令とはいえ、ひどいことをした報いよ」


「あらあら。また派手にやりましたね、ヴァレリアさん」


 そう言ってやってきたのは、黒豹にまたがる少女、オーロラだ。

 彼女を振り返り、ヴァレリアは大急ぎで説明をした。


「状況は見たらわかると思うけれど、まだ生きてる村人が残っているかも知れないの。だから」


「手わけして探そうってわけだね。わかった。じゃあ僕たちがあっち行くから、君はそっちだね」


 トビーの提案に頷き、双子とチェルナは村の東側、ヴァレリアは西側へ。


 途中で出くわす帝国兵たちをバッタバッタと薙ぎ倒し進むが、ゆけどもゆけども命が果てた者たちばかり。

 血の飛び散る村の商店の立ち並ぶ場所から少し離れて、ヴァレリアは住宅街へやってきた。


 そして彼女は、叫び声を聞きつけて、ふと振り返り――驚きの光景を目にした。

 家をぐるりと取り囲む、数多の兵士。

 その中央に、剣を背中に突き立てられている少女の姿があったのである。


「誰かいないの? ベルを、ベルを助けて」


「大丈夫よ」


 帝国兵の首をかききって走り寄り、ヴァレリアは少女へそう微笑んだ。


「あな、たは……」


「私はヴァレリア・イルマーレ。美貌の人魚姫様よ!」


 天に指を突きつけ、ヴァレリアは格好をつけて名乗り上げる。

 そして赤いドレスをパッと脱ぎ捨て、全身をあらわにした。


「人魚だ」

「赤い人魚だ」

「ひ、ひえっ。こいつが下将様の仰ってた……?」


 どうやらヴァレリアの存在は、兵士たちには周知のことらしい。どうせあのクソ下将が言いふらしやがったに違いない。


「そうよ。でも怖がらなくていいわ。今すぐ楽にしてあげるから」


 直後、高い音が響いて、真っ赤な閃光が迸る。

 すると半数の敵兵の首が飛び、残りの兵士たちはたじたじとなった。


「つ、捕まえろぉ!」


 帝国兵のリーダーらしい男が叫ぶ。

 が、気づくと彼の腹に宝剣が向けられていた。


「あら、それは無理だわ。だってあなたたち、足がすくんでいるもの。なめられちゃ困るわね」


「ああああああああああ――――――!!」


 絶叫が空間をきり裂き、トップの兵士はおろか、固まって様子を見守っていた兵士までもが――一瞬にして死んだ。


 そしてもはや、この場にいる生者はヴァレリアと、美しい碧眼を見開く黒髪の少女のみである。


「すごい、の……」


 信じられないといった顔で、少女がボソリと呟いた。

 改めてよく見てみると、とても可愛らしい少女だった。

 左右で三つ編みにした黒髪は艶やかで美しく、背は低いものの体はほっそりとしていて引き締まっている。小麦色の肌がとても健康的だ。


「怪我はない?」


 そう言って少女の元に座りこみ、彼女の体をヴァレリアは確認する。

 右足に矢で射られた傷があるものの、致命傷はないようである。

 優しく矢を抜き、少し止血をした。これで大丈夫だ。


「よかったわ」


 一分でも遅れていたら、彼女の命はなかっただろう。そう思い、ヴァレリアは安堵に大きく息をついた。


「ガルルルル」


「ヴァレリアさん、ここにいたんですね」


 そのとき、背後から聞きなれた鳴き声と鈴の音の声がした。――オーロラたちである。


「そっちはどうだったの?」


「散々探し回りましたが、ここの村人は全滅のようですね。……残念です」


「帝国兵の奴らはみんなやっつけたけど、まったく惨いよ。人の心がないのかっていうくらいにね」


 まったく、ヴァレリアも同じ気持ちだった。


「そう……。私は一人だけ見つけたわ。この娘よ」


 少女を指差し、紹介する。

 おずおずと立ち上がった少女は軽く頭を下げ、震える声で言った。


「べ、ベル・クリランスなの。……助けてくれて、ありがとう、なの」


 可愛い顔は涙でぐちゃぐちゃで、彼女の悲哀がひしひしと伝わってくる。


「…………いいえ。それで一つ訊きたいのだけど、この村はどうしてこんなことになってしまったの? 辛いとは思うけれど、できる範囲で話してちょうだい」


「う、うん。わかった、の。……それは、突然のことだったの」


 こうして黒髪の少女――ベル・クリランスは、たどたどしく事情を説明しはじめた。





「そうなの。あなた、よく頑張ったわね」


 話を聞き終えた後。

 ヴァレリアはそう言って、ベルの肩をそっと撫でた。


 ……ベルの気持ちは、痛いほど、よくわかった。

 自分が弱くて、弱くて弱くてどうしようもなくて、周りの大切な人々が失われていくのを、ただ見守っているしかない。

 その辛さ、やるせなさ。それはヴァレリアがあのとき、味わったことと同じなのだ。


「う、うあ、あ、あ、ああ、ああああ」


 突然、ベルが抱きついてきて泣き出したので、ヴァレリアは目を丸くした。


「どうしたの?」


「お婆ちゃんも、ルドも、リップさんも……。み、みんな、死んじゃったの……。ベルは、ベルはぁ……」


 命の危機から脱した安心と、不安と悲しみ、色々な感情がないまぜになって、胸に抱く少女から溢れ出す。

 ヴァレリアは彼女を強く抱きしめ、しばらく宥めた。


「大丈夫よ、大丈夫。大丈夫だから」


 それからしばらく、ベルは皆の見守る中、泣き続けていた。





 そして一通り泣き腫らし、ベルが落ち着いたのを見て、緑色のドレスを揺らしてオーロラが歩み寄ってきた。


「――ところでベルさんはこの先、いかがなさるおつもりですか? お婆様もご友人も亡くなったのでしたら、この村にとどまっていても仕方ありませんでしょう?」


 金髪の少女に向き直り、黒髪の少女はパッと立ち上がる。


「そうなの。……実はベル、決めたの」

 

 そう青色の瞳でこちらを見つめ――驚きの発言を、した。


「ベル、あなたたちのお手伝いをしたいの。あなたたち、旅をしてると思うの。ベルは非力だけど、恩返しがしたいの。だから一緒に行って、少しでも力になりたいの」


 しかし、力になりたいと言われたって、困ってしまう。

 だってヴァレリアたちの旅は、この小さな少女を同行させられるほど生やさしいものではないからだ。


「ええと、つまり……。君は助けてもらっておきながら図々しいことに、僕たちに同行したいとせがんでる。ってことだよね? そんなのあまりにも無謀じゃないかな? だって君は……」


 ベルを責め立てるような言葉を吐き続けるトビー。だがオーロラがそれを制した。


「トビー、黙っていてください」


「え、でも」


「いいですから。――わたくしはオーロラ・アンネと申します。あなたが事情をお話ししてくださいましたから、わたくしの方からも言わなければならないことがあるでしょう。聞いて頂けますか?」


 銀の蝶飾りを揺らして、柔和に笑うオーロラ。

 ベルはもちろん、「うん」と頷いた。


 ――オーロラが一連のことを語ると、ベルの表情が厳しくなる。

 彼女の内心にあるのが怒りなのか何なのか、それはわからない。だが確実に、決意だけは感じられた。


「わかったの。じゃあベルも、皇帝って人を倒しに行くの。……ベルは弱いの。でも、リップさんが、ルドが、生きてって言ったから。ベルは生きて、皆の死を、弔ってあげたい。これがベルの弔い方なの。このままやられっ放しで、すごすご引き下がってるなんて格好悪いの。それにあなたたちの力になりたいっていうのも本当なの」


 そしてベルはぐるりとヴァレリアたち一同を見回し、


「だから、ベルを……、ベルを、仲間に入れて欲しいの」


 場に一瞬、静寂が落ちた。


 ヴァレリアには、やはりためらいがあった。

 でもそれを言ったら、この仲間たちは皆同類。危険な戦いに、無理やりにでも参戦しようとしている。

 ならばベルだけを見捨てることなんて、ヴァレリアにはできなかった。


「………………わかった。あなたを仲間にしてあげるわ、ベル」


「ちょ、君!」


 トビーはあたふたして叫んでいるが、またもやオーロラに止められた。


「ヴァレリアさんと同意見です。わたくしも、ベルさんを旅の仲間に入れるべきだと思います」


「オーロラがそこまで言うなら……、いいけど」


 一方のベルは大喜び。まるで幼い子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねた。


「ありがとうなの、これからよろしくなの、レリア!」


 黒髪の少女が手を差し出し、赤毛の少女もそうしようとして――一瞬固まる。


「お願いね。……ってちょっと待って! 今の呼び方は何よ?」


 驚き、またも目を丸くするヴァレリアに、ベルは明るく笑った。


「あだ名なの。ベルはあだ名は親近感の表れだと思うの。だからあだ名で呼ぶの。ロラもビーも、よろしくなの!」


 どうやらオーロラはロラ、トビーはビーと呼ばれることになったらしい。


「ロラですか。なんだか可愛いですね。……はい、ベルさん、よろしくお願いします」


「ビーって、なんだかしょぼいなあ。……まあいいか。ベル、よろしく」


 四人はそれぞれ笑顔で、互いに手を重ね、握り合う。

 ――こうして、アンドレの村の少女、ベル・クリランスは、ヴァレリアたち一行の仲間入りを果たしたのだった。





「そういえば、ベルは私のこと、怖くないの? 私は人魚なのに」


「大丈夫なの。だってレリアはベルを助けてくれたの。レリアが悪い人魚なわけがないの」


「それもそうね」


 そんなことを話しながら、一行は村の中をゆっくりと歩いていた。

 向かうは海辺。ベルが「少し寄りたいところがあるの」と言い出したためである。


「ここなの」


 そう言われて前を向いたヴァレリアは息を呑む。

 だって目の前に、小さめではあるが邸宅がそびえていたからだ。


「この村に似合わぬ立派さだわね。このお邸ってもしかして、すごいお金持ちが住んでいたの?」


「そうなの。ここはリップさんのお邸だったの。リップさんはものすごく強い人で、将軍になるかも知れないって言われてたの。……死んじゃったけど」


 後でオーロラが補足してくれたのだが、ベルの言うリップさんというのはフィリップ・シュディングルというこの村の名士で、武力では帝国内でも上の方だったという。

 そんな彼をも殺す帝国兵たち――数の暴力というのは恐ろしいものである。


 ベルはシュディングル邸へずかずか上がり、血と死体の惨状には目もくれず奥へ。

 そして大階段で二階へ上がり、とある個室のドアを開けた。


「ここがルド――ベルの友だちの部屋なの」


 その部屋は、外とはまるで違って綺麗に整えられていた。

 そしてさらに黒髪の少女はずんずん歩き、一番奥に置かれている小さな机の前にかがんで何かをガサゴソとやる。

 皆が固唾を呑んで見守る中、彼女は何かを取り出した。


「探し物はこれなの」


 そう言ってベルが握りしめるのは、小さな金槌だ。


「この小金槌は、ルドがよく使っていた武器なの。ルドもリップさんみたいに強くなりたいっていつも言ってたの。……だからベルはその遺志を受け継いで、ルドの分まで強くなってみせるの」


 鈍い光沢を放つ鉄金槌を天にかざし、ベルがそう決意を固める。


「あなたも一緒に戦ってくれるのね。心強いわ」


「頑張るの!」


 その他にも旅に必要な物をいくつかちょうだいした後は、フィリップ・シュディングル、ロナルド・シュディングル、そしてベルの祖母の埋葬を行った。


 土に埋め、手を合わせて祈りを捧げるベルの頬には、涙が光っていた。


「さようならなの。ベルはみんなのこと、忘れないの」


 もちろんのこと村人の全員を埋葬することはできなかったが、これでベルにも区ぎりがついたのだろう。

 ベルは微笑むと、「もう大丈夫なの」と言って立ち上がる。

 そしてそのままチェルナに跨り、言った。


「夜になるの。早く出発するの」


「そうね。じゃあ、行きましょう」


 陽はもう暮れ、群青色の空に月が昇りはじめている。

 ――かくして四人を乗せた黒豹は、血に染まる村を後にして、旅立ったのである。

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