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12話 幻想世界

「悪魔?」


 怯えている事情を聞き、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「そうなのよ。少し前にこの湖に"悪魔"が逃げ込んできたの。それで、いつ目覚めるか分からなくてみんなビクビクしてるのね」


「ねー、迷惑な話だよー。様子を見に行った子もずっと帰ってこないしー」


「たべられた、あくま、こわい」


 少し大きめの透明な瓶の中に詰められた妖精たちは、その小さな身体を使って大げさにパタパタと身振り手振りでそう伝えた。


 話をまとめるとこうだ。


 数年前、手負いの悪魔がこの湖の中に逃げ込んでしまい、奥深くに"迷宮〟を作ってしまったらしい。


 すぐに追い出そうとするも、主であるその悪魔まではたどり着けず、偵察に行った妖精たちも主から生まれた眷属の悪魔たちに食べられてしまい、どうしようもなく放置していたんだとか。


 で、ここ数年は何事もなかったのに数日前から湖の中の魔力の動きが怪しく、その悪魔が目覚めてしまいそうで怯えていた、と語ってくれた。


「悪魔……」


 手を固く握り、唇を噛みながらイヴが苦々しい表情を浮かべる。

 思うところがあるのだろう。思い出したくも無い、自分が呼ばれていた名称ならば尚更だ。


 〝悪魔〟


 一言で表すなら、異形の化け物。

 人の邪念から生まれるとされる悪魔は総じて残虐性が高く、戦闘能力も高い。


 おまけに高度な知能を備えていて、人間の使う道具を理解して使える個体もいる。

 魔から生まれる魔物、魔族とは根本的に違く、悪魔は人に害しか及ぼさない。


 だから生まれたと分かれば即討伐が基本。放っておいたら人の欲望や魔力を吸って更に強大化してしまうからだ。


 中にはそんな悪魔を利用しようと、人の言語を喋り憑依者に力を貸すことができる悪魔に対して、契約を持ちかける者もいる。


 が、そのどれもが迎えるのは身の破滅だけ。


 精霊との契約と違って悪魔からの一方的な契約になるにも関わらず、その甘言にのってしまう者は無くなることがない。


 俺も昔、ある事情で契約しようと思った過去……というより黒歴史がある。


 十三才の当時、あまり悪魔のことを知らず、普通に契約しようと思っていた俺は悪魔を召喚した。いま考えればヤバいことをしていた。


 だが、現れた悪魔があまりにも腹が立つやつだった。ので、ムカついたので契約せず、俺から無理矢理に一方的な使役を行って右腕に宿したのだ。


 そもそもまあ……契約したかった理由も、悪魔が宿っている部位は赤黒い紋様が浮き出てきて、隠すように包帯を巻くのがかっこいいと思っただけで、それ以上の理由は一切なかった。後悔しかしていない。


 加えて、悪魔が頭の中で叫んだり暴れようとするもんだから、何も無いところで突然腕を押さえたり、


『ああ、お前もそう思うか。……いや気にするな。俺の中の《深淵アビス》が語りかけてくるだけだ――』


 とかなんとか言ってしまっていたし。ああああ黒歴史。


 思春期特有の病が完治してからは悪魔を完全焼却し葬り去ったとはいえ、俺の心に残った傷は癒えることがない。きっとこの先も思い出すのだろう。その度にベットでジタバタするのだろう。嫌だね、死にたくなってきちゃう。


「分かった。俺たちがその悪魔を討伐してこよう」


 思い出したらムカついてきた。もはやその悪魔に八つ当たりしたいまである。いや完全に自分のせいなんだけど。何かのせいにしないと俺の精神の安寧がね?


 俺の言葉に、妖精たちは「ほんとなのよ!?」「やった~」「いいやつ」と喜んだ。


「その代わり、討伐できたら"霊草"についての情報を教えて欲しい。それが条件だ」


「もちろんなのよ! 何でも教えて上げるの!」


 ちゃっかりと本来の目的も済ませてから、俺たちは妖精と別れ、準備を始めた。


「でも……まさか、この中に悪魔がいるとは思えませんね……」


 ラフィネは透き通った美しい湖の縁にしゃがみ、手でちょいちょいと水を触る。


「確かに言われなきゃ分からないよな……っと、これでいい」


「えっ? もう終わったんですか?」


「ああ、湖内部の《探知》は終わった。迷宮みたいな洞穴があったから覗いてみたら雑魚悪魔がうじゃうじゃいたぞ。もう全部倒したけど」


「聞き間違い? 倒したって」


「いや? そのままの意味だ」


 目を細めてじっと見てくるイヴにそう答える。


 もう既に、遠隔で魔法を操作して主を守る雑魚悪魔はすべて消滅済み。あとは主である悪魔を見つけ出して倒せばいい。


「……ほんと、おかしい」


 イヴにため息を吐かれる。ラフィネにも似たような反応。

 レティは「ししょーすごい!」といつも通りだった。


 ……まあ、いつもなら突入前にわざわざ倒すとかしない。遠隔で魔法操作とかめっさ疲れるからな。今回は念のため倒しておいただけ。


 水の中でも濡れず、呼吸もできる魔導具を各自に渡す。

 イヤリングの形をしているのでおしゃれにも使えるやつだ。一度しか使えないからやると言ったらラフィネとイヴがすごく喜んでいた。一生大事にするってしなくていいから。使い捨てのやつだから。


 各自、装着したのを見届たあと。


「じゃあ行くか」


 そう言って、俺は湖の中に足を踏み入れた。





 数分後。


「……ここ?」


 俺たちは何事も無く順調に進み、主である悪魔がいると思われる洞窟に到着した。


「たぶんな。雑魚悪魔が守ってたように見えたから、中にいる可能性が高い」


「ですが……それらしい反応は無いみたいです」


 ラフィネが《探知》を使って内部を探索するも、手応えは無し。


「おそらく……何かしらのヒントがあるはずだ。悪魔は物体に隠れることもあるし、どこかに隠れてるのかもしれないな……ラフィネ、《千里眼》を頼む」


 ラフィネは「お任せ下さい!」と嬉しそうに言って、《千里眼》を行使しようと魔力を展開し始めた。

 少しして、反応があったのか《千里眼》を中断して。


「ありました。こっちです!」


 案内されて歩くこと数分。狭い洞窟内を抜け、広場のような空間に辿り着いた。


「あれ、だと思います」


 ラフィネが指し示したのは、広場の奥側に鎮座するように置かれた祭壇のような物体。


 魔力の反応は無いが、ほぼ間違いなくこれが関係していると見てよさそうだ。なぜなら、まるで封印されてるかのように小さな剣が祭壇の中心にぶっ刺さっていたからである。わかりやすすぎ。


「魔力を飛ばしても反応は無し……触ったら何かあるタイプのやつか」


 広場に入ってきた時に攻撃されることも無かった。触ったら何かしらの反応があるタイプと見て間違いない。召喚か転移か……まあ触ってみないことには始まらないか。


 俺は祭壇に近づき、小剣に手が触れるほどの距離で足を止める。


振り返り、確認の意思をこめてラフィネたちに目を向ける。コクリと頷いてくれた。


 ……というか気付いたんだけど、さっきからレティが異様に静かだな。俺のイメージではレティが勝手に行動してうるさく騒いでわがまま言って、依頼が進まないと思ってたんだが……意外にもほぼ発言せず、一歩引いたところで大人しくしていた。


 不思議に思ってレティに目を向けていると、ぱちりと目があってしまった。レティはかわいらしくにぱーっと笑う。元気が無いわけじゃなさそう。


 ……まあいいか、体調悪いとかじゃないならそれで。


「触るぞ」


 小剣に手を伸ばす。ラフィネたちが息を呑む音。


 触れた瞬間。


 小剣から勢いよく、黒い瘴気が止まること無く漏れ出た。一気に視界が黒の霧で覆われる。


「大丈夫だ。これ自体に害はない」


 警戒して身を固めたラフィネたちを安心させる。

 この瘴気には問題はない……が。


 黒で染まった視界が、徐々に晴れていく。


「転移型? いや、これは――」


 晴れた視界に映る、一転した光景を見て、俺は冷静に頭を回転させた。


 転移型だと一瞬思ったが……違う。

 隠れているであろう悪魔は姿を現さないし、転移型だとしたらこの光景・・・・はありえない。


 整備された歩道。

 レンガ調の建物が立ち並ぶ街並み。

 そして、街道を歩いている人々の姿。


 間違いない、おそらくこの空間は。


「ここ、もしかして……」


 イヴも気付いたようだ。イヴはここに来たことは無いはずだが、今の【一般区域】に街並みが似ていることから理解したのだろう。


 ここは――過去。正確には、過去の映像の中。


 そう判断したのは他でもない。


 目の前のこの光景が。


 数年前、リヴルヒイロに現れた悪魔によって消滅し、今では存在しないはずの――


 【復興区域】があった場所だったからだ。





 俺は何があっても対応できるように、魔力を全身に纏って神経を張り巡らせる。


 悪魔の反応は――無い。


 様子を見ているのか? それなら何の意図があって俺たちにこの光景を見せている?


「……」


 無言で周りを見渡す。

 街道を闊歩する人々は俺たちを見えていないように通り過ぎていく。


「ここは、いったい……?」


 ラフィネは周りの人の反応が一切無いことに目を瞬かせていた。転移だと思ったのだろう。


「ここは"幻想世界"だ。この光景は現実じゃない」


 悪魔が作り出したただの虚像。

 加えて、これは過去の映像。俺たちが攻撃されることも無ければ、干渉することもできない。過去の焼き直しを見せられているだけだ。


 一種の《異界》でもある"幻想世界"は、主である術者を倒さない限りは抜け出すことができない。俺が触ったあの小剣が引きずり込む引き金だったのだと思う。


 だが……その意図が不明だ。


 攻撃するならとっくにしているし、精神的な苦痛を与えたいのならこんな街の一風景を見せることなく、もっと鮮烈なものを映せばいい。何がしたいのかが分からない。


 ……ともあれ、悪魔の意図は分からないがここから抜け出すのが先決。危害を加えてくることも無いようだし、さっさと脱出させて貰おう。


 "幻想世界"は異界同様に、何かしらの歪みがある。それを見つければいい。


「違う、違う……あれも違うか」


 注意深く辺りに目を凝らす。


 手を繋いで歩いている親子。

 ジョッキ片手に笑い合っている活況な酒場。

 武具屋に飾られた剣をショーウィンドウ越しに眺める少年……

 どれも、特に変わった様子はなかった。


「ふー……よし」


 一つ深呼吸。息を整え、よりいっそう集中する。


 初見でこの魔法を喰らうと陥りがちだが、"幻想世界"は焦って探し回っても意味が無い。


 それよりも落ち着いて冷静に、最初に見た光景から動かずに探すのが大切だ。最初に見せてきたということは何かしらのヒントが隠されていることが多い。


 青々とした晴天の空。ガヤガヤと騒がしい街道。平和に過ごしている人々……


「! ……行くぞ」


 俺はそれだけ言って、返答を待たずに歩き出した。


 ラフィネたちは無言で頷き、俺たちはその、わずかな歪みを持つ人物を追い掛ける。


 たった今、八百屋の前を横切り、売っていた果実を手に取って勢いよく走り出した。


 帽子を目深に被って顔を隠している――


 "赤髪"の少年を。



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