11話 霊樹の庭
リヴルヒイロには四つの"大迷宮"と呼ばれる迷宮が存在する。
不死者しか出てこない城【不死者たちの城塞】
気持ち悪いオブジェが満載の陰気な神殿【ゲルムード邪神殿】
許可を得た者以外、立ち入りすらできない大書庫【フランチェスカ魔導図書館】
そして、いま俺たちがいるここ【霊樹の庭】
"迷宮"には創造主が存在し、場合によってそれは人自身だったり魔物だったり、はたまた生き物ですらなく何かの思念だったりする。
迷宮の形態、広さは様々で、一般的な洞穴のような小さなものや、街一つほどの広さの平原や森もある。俺は行ったことないけど、中には広大な空に浮遊する島の形態をしている迷宮もあるらしい。
基本的には、創造主を見つけ出して何らかの形で消滅させれば迷宮は消える。
……が、大迷宮と呼ばれる迷宮は違う。いや厳密に言えば消えるっちゃ消えるのだが。
というのも、大迷宮はいくつもの迷宮の集合体なのだ。一つ一つの創造主を消滅させてもまたすぐに新しい迷宮が生まれてしまうせいで、大迷宮が消えることは無い。同時にすべてを消滅させれば可能かもしれないけど、それは理論上の話で現実的には不可能に近い。
加えて、迷宮内部に出現する魔物や動植物、生態系から取れる素材は国の発展に役立つモノが多く、緊急性が無い場合は迷宮を消滅させること事態が禁じられている国もある。
……と、長々と講釈を垂れたが。
「つまり、あまり単独行動はするなよと俺は言いたい」
俺は目の前に座り、黙って講義を受けていたレティラフィネイヴに念を押すように言い聞かせた。
レティたちは「分かった!」と頷き了承。分かってるか不明だが返事だけはいい
なんで俺がわざわざこんなことを言ったのかというと、リヴルヒイロも例に漏れず、迷宮を消滅させることを禁じている国だからだ。
国から直々の消滅依頼があったとき以外、手を出すことはNG。迷宮の大小にもよるが、もし誤って消滅させてしまったとしたら最低でも罰金十億リエン。もしくは懲役五十年。
なので、単独行動をして絶対に過ちが起こらないよう、こうして言い聞かせているのである。特にレティは。特にレティは。
まあ……といっても他の迷宮ならまだしも、大迷宮での名前も無い小さな迷宮を消滅させたところで実際はお咎め無しなのだけども。名前付きの迷宮はそもそも簡単に消滅できるものじゃないし。でもまあ念のためだ。レティならやりかねないのが怖い。
「今回の目的は《霊草》の採取だけだ。だからあんまり目移りしないように……って言ってるそばから離れようとするな戻ってこい!」
ギルドで受けた依頼書を確認しながら、近くを横切った【五角鹿】に目を奪われて追い掛けようとするレティの首根っこを掴む。なんで数秒前に言ったこと忘れてんだ。
あーもうやだ胃が痛い。迷宮に行ったことないって聞いたときは不安しか無かったけど的中した。
いやそもそもメンバー構成からして不安しか無かったんだけど。能力的な問題では無く性格的な意味で。つか能力だけなら過剰すぎるだろこのパーティー、俺たちは一体何と戦うつもりなんだよ。
「帰りたい……」
奔放なレティがどこか行かないように手を繋ぎ、すると正反対の俺の手を握ろうとしたラフィネとイヴが争いだし、先行きが不安すぎてため息が出た。
頭を抱え込みたくなるのを抑えて再度、依頼書に目を通す。
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【大迷宮"霊樹の庭"での霊草採取】
受注資格:霊樹の庭への入場資格を持つ冒険者
報酬:霊草一本につき百万リエン
依頼人:ルドルス商会
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今回の依頼は《霊草》と呼ばれる草の採取。
受注資格は、まあぶっちゃけ資格なんて持ってなかったんだがそこはアルディに連絡したら一発でOKになった。今度から何かいちゃもん付けられたらアルディの名前を出すことに決めた。
俺がこの依頼に決めた理由は、なんといってもこの報酬。
魔法薬の一種である《霊魂酒》の材料、《霊草》が一本につき百万リエン。
つまり、十本採取するだけで一千万。百本採取しちゃえば一億。ただの薬草が一本で百リエンなのに比べてなんと一万倍。俺のやる気も一万倍。頑張るぞオラァ!
だがしかし、報酬の高さに比例して難易度も当たり前のように高い。
そもそも《霊草》はこの大陸に群生しているものではなく、他大陸であるベスティア大陸の秘境に群生していると言われているかなり貴重な薬草だ。
採取方法、群生地帯、形、匂い……その全てが謎に包まれている。誰かが情報規制でもしているのか、一切の情報が知れ渡っていない。
ギルドの情報によるとこの【霊樹の庭】に群生しているらしいのだが……それ以外の情報は全くなかったので本当にあるのかは分からない。
……が、リヴルヒイロのある商会から《霊魂酒》が他国へ高額で輸出されている事実を見るに情報の確度は高い。おそらくだがその商会が情報を独占しているのだろう。
《霊魂酒》の効能は名の通り、人の"霊魂"に害を与える【霊病】に効果を発揮する。
【霊病】は肉体ではなく魂を衰弱させ、発症から僅か数年、短ければ数ヶ月で死に至る。
原因は全くの不明。
蝕まれるように段々と衰弱していくことから"呪い"の一種なんじゃないかとも言われている。《回復魔法》で治らず、神官の奇跡で治す事ができるのも呪いと全く同じだ。が、確証には至っていない。
本来ならすぐにでも対処しなければならない強力な病。
しかし、発症するのが決まって十五才以下の子供で、なおかつ虚弱体質で身体が弱い人物がかかる傾向が多いらしく、おまけに発症事例が極端に少ないせいもあり、放置されているのが現状になっている。
なので、《霊魂酒》は本来の効能で使われることはほぼ無く、高級酒として貴族の間で親しまれているのがほとんどだ。材料である霊草の副次効果で頭がぽわぽわと気分がよくなるので酒との親和性が非常に高いらしい。俺は飲まないからよくは知らないが。
まあ貴族の娯楽とかそんなんはどうだっていい。それより大事なのはここに群生しているのかどうかということである。
「ラフィ――」
「はい! なんなりとお申し付けください!」
秒で答え、顔を輝かせるラフィネ。まだ何もいってないよ?
見つけることすら困難な《霊草》。だがもちろん、俺には勝算があった。
「《千里眼》をお願いできるか? この図鑑に"載ってる薬草"を対象外に設定して、それ以外を見つけられるようにな」
「載ってる薬草以外を、ですか?」
「ああ、そうすれば見つかると思う。頼めるか?」
「分かりました! お任せを!」
ラフィネは頼られて嬉しいのか、張り切って千里眼の準備を始めた。
そう、俺の勝算とはつまりこれである。
《探知魔法》の最上位である《千里眼》を使えば大抵の捜し物は見つかる。
ならもうそこからは余裕だ。見つかった霊草を千本くらい箱詰めしてギルドに出せば俺は夢の億万長者。最高すぎィ!
薔薇色の未来を妄想していると、イヴが小さな声で話しかけてきた。
「別に自分でやればいいのに。レイも《千里眼》使えたでしょ」
「いや、まあそうなんだけど。事情があってな」
「?」
俺だって自分でできるなら頼りたくない。俺は誰かに貸しを作るのが嫌いな男。極力自分のことは自分でなんとかしたい。
が、今回に至ってはそれはできなかった。
「よく分からんが、俺の《千里眼》だと人物限定しかできないらしいんだよ」
発覚したのはつい数日前。街の屋台で昼飯を買って、ポケットに入れていたお釣りの小銭をどこかに落としたと気付いたときのこと。
すぐさま、俺は《千里眼》を行使して探そうとした。が、なぜか行使すらできずに魔力が霧散する結果。
んで、調べてみるに俺の《千里眼》はどうやら人物限定だと分かったのだ。
俺は落胆した。ひたすら落胆した。じゃあ落とし物しても分かんねえじゃんクソ!と。
が、考えて見ればもともとラフィネの見て覚えただけだし、なんで使えるのかも分からなかったからすぐに気を取り戻した。理論とかそう言うの全部知らんのに使えた方がおかしかった。そりゃそうだ。
まあそういう事情で今回は俺にはできない。のでラフィネに頼っているということだ。
……ううむ、でも報酬のお金は何に使おう。報酬の分配は功労者であるラフィネが七くらいで護衛の俺たちが三くらいでいいかな? それでもかなりの金だ……少しお高めの魔導具とか買っちゃう? やべ楽しいわ。うへへ。
何事も無く依頼完了……と、考えていたのだが。
膨大な魔力を展開して集中していたラフィネが中断して。
「…………ご、ごめんなさい。見つからないです……」
と、すごく泣きそうな顔で謝ってきた。マジか。
そうか、見つからないか。そっかー、うん……まあそういうこともあるよな。
と、なるとここに無い? いや、もしかしたら特定条件を満たさないと見つからない可能性もありえる。それが分かっただけでも意味があったようん。だからさ、そんなに落ち込まなくていいよ。「死にます」みたいな顔しないでいいからほんとに。
「死にます」
「大丈夫大丈夫ラフィネはよくやったってマジで。助かったよ本当に。ありがとなうん」
期待に応えられなかったからか、うつろな目になるラフィネを褒めちぎる。マジでマジでうんマジで。
完全に当てが外れてしまった……がしかし、俺はこの場合も想定していた。
「なら……あんま気は進まないけど、"妖精"に聞くか」
俺はもう一つのプランをラフィネたちに説明した。正直やりたくない……けどしょうがない。
俺の理論はこうだ。現地の事は勝手知ったる現地の者に聞けばいい。
ここ〝霊樹の庭〟には手のひらほどの小さい人の姿をした妖精――"小人種"が存在している。
姿形は様々だが、特に多いのは背中のきらきらした羽で飛ぶことができる種。楽しげに宙を舞い遊んでいる姿は元気な子供そのもの。
性格も子供……というよりクソガキの個体が多く、ほとんどが楽しいことが好きで遊び好き。イタズラっ子のような性格をしている。
基本的に人前に姿を現さないくせに、人にイタズラをして困らせるのが大好きで、旅人の備蓄の食料を盗んだり、泥を投げてぶつけたりして遊んでいる。俺も何回かされた。キレそうになった。というかキレた。
だが……年齢の概念が無く、はるか昔の伝承から生きている種ということもあり、彼ら彼女らの知識はかなり貴重なモノが多い。「九死に一生を妖精に助けられた」という話もあることから、根は悪い種ではないのだろう。俺はムカつくけど。
過去の因縁を思い出して怒りが再燃していると、イヴが言った。
「じゃあまかせて、ここはわたしの出番」
ふんす、と若干ドヤ顔で胸を張るイヴ。……確かに、精霊と契約していて超常的な存在とは親和性が高いイヴがここは適役かもしれない。本人も意気込み十分だし。
イヴに任せることに決めて、俺たちは妖精がいることが多い場所を探して移動することにした。
見渡す限り広がる湖に到着。空気中の魔力も濃いし、ここならいる可能性が高いだろう。
イヴだけを湖のほとりに向かわせ、俺たちは草場の影で見守る。
こちらに顔を向けてサムズアップするイヴ。自信満々だ。
そして、湖に向き直り口を開いた。
「わた」
べちゃあ。
泥の塊が飛んできた。イヴの顔面に。ストレートで。
「…………」
「そ、そういうこともあるって! だからその、それ仕舞おう? な?」
無言で《水命鎌》を展開して湖に向かって振り上げ始めたイヴを必死に止める。わずかに頬を膨らませ、プルプル震えながら涙目になっていた。気持ちは分かる。マジで分かる。うんうん。
親和性の高いイヴでこの拒絶。もはや諦めるしかないのか……?
と、思っていたら。
「ししょー」
「ん? なんだレティ」
「わたしたちが怖いんだって!」
「え?」
黙って湖を見つめていたレティがそんなことを言ってきた。
「え、分かるのか?」
「ああ! 見えないし何いってるかもわからないけど怖いみたいだ!」
「??」
よく分からないが、レティには何かが分かるらしい。レティが嘘を言うとは思えないし……でも声も姿も聞こえないのにどうやって分かったんだ? 勇者なら妖精の感情が理解できるとかか?
……まあいいか。たぶん勇者にはそういう何かがあるんだろう。勇者は色々加護持ってるし。その一つなんだろたぶん。
取りあえず怯えていると分かった。なら――
「なにか楽しいことをすれば出てくるかもだが……」
「……楽しいこと?」
「敵意が無いって知らせるためにな。妖精は人の感情を読むらしいし」
神出鬼没な妖精だが、純粋な子供の前には姿を現して一緒に遊ぶ事もあるらしい。であれば、俺たちに敵意が無いことを知らせれば出てきてくれるかもしれない。
だが、本人たちが本当に楽しいと思っていなければ無理だ。作り笑いは通用しない。
「うーん……ゲームでもするか? "とらんぷ"ならあるけど」
「! では、私に名案があります!」
「名案? どんな――っておい!?」
そばにすすすと近寄ってきたラフィネの頭を抑える。え、近いんですけど。
「楽しいことをすればいいのでしょう? ならジレイ様に密着すればわたしは幸せですし楽しいので妖精さんも出てきてくれるかと」
「なるほど。つまりこれは合法。やましい気持ちはない」
「わたしも! わたしもししょーにくっつくぞ!」
「俺は楽しくないんですけど?」
抗議もむなしく、強引に左右の腕をラフィネとイヴ。背中はレティにしがみつかれて囲まれた。ちょ、匂いを嗅ぐな腹をさわさわするな! や……やめ、ヤメテェ!
「ししょー!」
背後から聞こえるレティの声。
「楽しいな!」
レティはそう言って、しがみつく力をぎゅっと強めた。顔は見えないがおそらく、屈託の無い笑みを浮かべていることだろう。
「……俺は楽しくねーよ」
レティの声を聞いて、なぜだか少し柔らかな口調で答えてしまう。楽しくないと思っているはずなのに、レティが純粋に楽しそうにしている様子を見ていると……つられて俺も少しだけ笑ってしまった。
「――!」
すると、この作戦が幸をなしたのか、どこからともなく宙に三つの小さな光が発生した。妖精がやってきたようだ。
ふよふよと浮遊する小さな光は徐々に形を変え、羽の生えた小さな人間の姿を形成する。
妖精たちは本来の姿になって――
『わーみてみて。あの濁ってる目の人、あんなに女の子を連れてるよ。すっごーい』
『しーっ! 声に出しちゃだめ。きっと、これからもっとすごいことをするのよ。声に出せないことすごーいこと。だから邪魔しないようにしなくちゃ』
『にごりめ、はーれむ、くず。にごりめ、はーれむ、くず』
……よし、とりあえず捕まえるか。




