43話 大衆食堂
魔道具店での買い物を終えた後、昼時ということもありすぐに家に帰ることはせず、近くの定食屋にやってきていた。
なんでも、機嫌がいいのでご飯を奢ってくれるとのことで連れてきてもらった。わたしはレイにお願いするときは魔道具を渡してからにしようと思った。
レイは「ここ、変わった注文形式の店だな……まあいいや、買ってくるから待っててくれ」と言い、さっさといってしまう。
「……」
こうした定食屋でご飯を食べるのは初めての事だったので、観察するように周りを見渡す。なんとなく、少しだけワクワクした。
定食屋の中は、街の市民や、冒険者とみられる格好をした人たちで混んでいて……値段表を見てみると、定食が300リエンからと安い設定。大衆食堂というやつだろうか。
「待たせた……何が食いたいのか聞くの忘れてたから、適当に持ってきたぞ。……うわ、この椅子めっちゃグラグラして不安定なんだけど……壊れないよなこれ? 店員に言って変え――いや、めんどくさいしいいか」
観察していたら、レイが戻ってきた――なぜか、大量の料理を抱えて。
「こんなに誰が食べるんだろう」「レイが食べるのかな」と思っていると、「お前はこれ」と言い、持ってきた料理の皿のほとんどをこちらに寄せてくるレイ。顔がひきつるのが自分でもわかった。
「……こんなに食べれない」
「これも修行の一環だ、良質な魔力を作るには健康的な肉体になる必要がある。それに、痩せててガリガリだからもっと食べたほうがいい」
「いや……でも……」
自分の前に置かれた大量の料理を見る。レイの言う事も分かるけど、いくらなんでもこれは多すぎだ。昨日まで普通の食事量だったのに、いきなりこれを食えと言われても食べられるわけがないと思う。
「……まあ正直俺も、始めからこの量が食えるとは思ってない。どう考えてもその細い身体には物理的に入らないし――」
どうしようと目を白黒させて動揺していると、レイがそう言ってくれた。どうやら冗談のようだ、この大量の料理はレイが食べてくれるのだろう。良かった。
「――そこでだ、そんな細い身体のやつでも一瞬で、それも大量に食べられる方法がある。いまからそれを教えてやろう……一瞬だからな、よく見ておけよ」
言って、フルフェイスヘルムの口部分を開け、料理の皿を持って口元に運ぶレイ。すると――
「――! 消えた……?」
レイの持っていた料理が、一瞬でどこかに消失した。しかも皿ごと。
他にも、大量の料理を次々と口元に運んで、一瞬で消していく。……瞬く間に、テーブルの上を占拠していた料理はいつのまにか消え失せていた。
「これは、口すら動かさずに食物を体内に取り込む魔術だ。これを使えば、小食で痩せ気味な人間でも一瞬で大食い人間になれる」
「すごい……どうやってやるの?」
とても便利でいいと思った。お腹いっぱいにならないのかなとも思ったけど、レイの様子を見るとそういった心配はなさそうだ。なら是非とも使えるようになっておきたい。
「教えてやろう……まずはこうして料理を持つ」
「……こう?」
レイの動きを真似して、料理を片手に持つ。
「そして――自分の口元まで持ってきて、『メシ・キエル』と唱えるんだ。俺はもう無詠唱でもできるが……慣れないうちは詠唱しないと難しいかもな」
力強く頷き、料理を口元に持って行く。
「……《メシ・キエル》」
集中して詠唱する。……でも、やはり難易度が高い魔法なのか消えてくれない。
一発で成功する訳が無いとは分かっていたので、何度も何度も詠唱する。しかし、一向に料理が消える様子はない。なんでだろう。
レイはそんなわたしに呆れているのか、口を手で押さえて、身体を震わせていた。
「……難しい、コツがあれば教えて欲しい」
何度やってもできなかったので……仕方なく、レイにそう聞く。しかし――
「くく……そりゃそうだろ、だって嘘だし」
身体を震わせて、くつくつと楽しそうに笑うレイ。
一瞬理解できず、疑問符を頭に浮かべて固まる。そして数瞬後、ようやくわかった……自分がレイに騙されたのだと。
「……ひどい、弄ばれた」
「いや、逆になんで信じたんだよ。ふつう、皿も一緒に無くなった時点でおかしいって気づくだろ」
くくくと笑われ、顔がムッと強張るのが分かる。なんてひどい男なのか。
「お前は純粋すぎだ、もっと人を疑った方がいい。じゃないと俺みたいなやつに騙されることになる。……いい勉強になっただろ? でも、さすがにさっきので騙されるのはな……くく」
「むむむ……」
楽しそうに笑い声をあげるレイと対照的に、わたしの顔は更に強張っていく。……確かに、わたしが騙されるのが悪いのかもしれないけど、別に笑わないでもいいではないか。神様なんて信じていないけど、今すぐこの男に天罰を与えて欲しいと思った。
「これを教訓に、これからは騙されないように――うおおっ!?」
そんなことを考えていると、バキッと何かが壊れるような音がして……レイが椅子から転げ落ちた。
「いってぇ……何が起きた? めっちゃ尻痛い……あ、椅子壊れてる」
……どうやら、不運にも椅子の足が折れてしまったらしい。わたしの願いが通じたのだろうか。
「……おい、何笑ってんだ。そんなに俺の不幸が楽しいか」
「……?」
そのまま見ていると、レイは倒れたままの間抜けなポーズでそんなことを言ってくる。別に笑ってないと思い、自分の顔を触ってみると――口角が上がっていた。どうやら、わたしは笑っていたらしい。
「……まあ、いつものつまらなそうな顔されるよりはいいか。お前、顔は悪くないんだからそういう顔してた方がいいぞ」
「む……余計なお世話」
わたしだって好きでそんな顔をしているわけではない。単に表情が顔に出にくいだけなのである。
……でも、"顔が悪くない"ということはレイはわたしの顔を良く思ってくれているという事だろうか。
「……レイはわたしの顔、好き?」
少しだけドキドキしながら、試しに聞いてみるが。
「いや別に、興味ないし」
ひどい返答をされた。
「……」
自分でも顔が強張っているのが分かる。そんなわたしのことなど構わず、レイは店員が持ってきた新しい椅子に座り直し、先ほど消した料理をどこからか取り出して食事に集中しだした。なぜだか分からないがとても腹が立つ。
「そういえば……それ、どうするの?」
テーブルの上にある、レイが"魔法で食べた"と嘘をついた料理の山を指さして、質問する。
こんな大量の料理を食べられるのだろうか。……まあ、わたしをからかうためだけに持ってきたわけじゃないと思うし、レイが食べるつもりで持ってきたんだろうけど――
そう言うと、レイは一瞬固まって。
「……どうしような?」
と言った。どうやら何も考えてなかったらしい。
「……」
無言で、自分の分の食事を始める。レイが「手伝ってくれませんか……?」と言っているが食事に集中しているので聞こえない。
自分の料理を完食した後、持ってきた料理をひいひい言いながら頑張って食べ続けるレイを見て「やっぱりこの人子供みたい」と思った。
¶
その後、昼食を終えて帰り道。
今日この一件で、やっぱりレイはすごく変わっていると再認識した。
大人びているかと思ったら、話してみるとところどころ子供のようで。
ぶっきらぼうで突き放す態度なのに、意外と面倒見が良かったりする。
とても――ちぐはぐな印象を受ける人だ。態度と行動が噛み合っていない、不思議な人。
そこまで考えて……わたしはレイのことを何も知らないという事に気が付いた。
そもそもレイは自分自身のことを何も話してくれないし、聞いても誤魔化すように言葉を濁してしまう。
何故か名前すら教えるのを嫌がっていたし、顔もフルフェイスヘルムで隠して見せてくれない。事情があるという事は教えて貰ったけど、別に誰にも言わないし少しくらいいいじゃないかとも思う。
「……」
隣で歩くレイを横目に見ながら、考える。……もっと傍に居たらいつか、この人は自分のことを教えてくれるのだろうかと。
もうしばらくはこんな日々が続いてくれるはずだ。ならいつか……話してくれる時がくるかもしれない。きたらいいなと思う。
そんなことを考えながら、帰り道を歩いていた。これからも心が暖かくなる、こんな日々が続いてくれるだろうと思っていた。
――そのときだった。
「……雨?」
急に視界が暗くなり、頭にぽつりと水滴が落ちる。
不思議に思って、空を見上げる。すると――
視界に映ったのは、さっきまで明るく地面を照らしていた太陽が黒い雨雲に隠され、真夜中のように暗くなった空模様と。
「――ぇ」
遥か上空をゆらゆらと体動する、巨大な蛇のような生き物――――龍の姿だった。




