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図書室でピンチ

もし、帰還せずぐだぐだ過ごしていたらという軽い話です。

レイナードと対決していない設定です。

 ブレラの講義を受けて早数ヶ月、右から左に流していた小言とご高説に、ふと疑問がわいたのがきっかけだった。彼はミスティアーシャについて惜しみなく教えてくれるし、大昔に建てられた神殿の謎とやらも熱心に喋ってくれる。正直言って、ミスティアーシャに一切の興味がない私にとって、ブレラの教える内容はちっとも頭に残らなかった。簡単にレジュメにしてまとめてくれない? そういったら彼は憤慨して講義室を出て行ったのは懐かしい。


「ブレラの興味の範囲にメシア様ってあまり含まれないんだよね……今までもどういう役目があって、何をすべきかは教えてくれたけど」


 そうなのだ。ブレラは教育係としてこの国の成り立ちや風習と共に、ミスティアーシャについて講義をしてくれるんだけど……まぁ、ちょっと頭でっかちの学者様なので、実用的かと言われたらそうじゃない。通貨の単位はミレイさんが教えてくれたしね。できれば、歴代メシア様が帰ることができたのか教えて欲しいところだ。

 けれど、ヤンデレ予備軍にさっさと帰りたいので、今までのデータを検証してくれとはいえないし、そんなことをしているとバレたら、厄介なことになりそうだなぁというのが、今の見解で。ブレラはまだ良しとしよう。イシュメルさんも大丈夫な気がする。バレたくないのはシズマくんとレイナードだ。ミレイは……どうなんだろうな。攻略キャラで一番の年長者だし、分別はあると願いたい。


 そこまで考えて、とりあえず神殿の内部にある図書室で調べてみることにした。ユメちゃんを誘ったけど、今日はマドレーヌを焼く約束をしているということだった。誰にあげるの? と聞けば、もじもじして、焼いたら持ってきますからね! と曖昧に濁された。え? もしかして警戒されてる? ショックである。

 ちょっと落ち込みながら図書室で歴代メシアの年鑑のような本を開いて眺める。


「お、ハルカ様じゃねぇか。なんだ、お勉強か?」

「歴代メシア様について調べようと思って。おすすめの本ってありますか?」

「学がねぇ俺に聞かれてもなぁ。なんだ、とうとうメシア様の使命に目覚めちまったのかい?」


 笑うおっさん修道士にはっきり首を振って見せる。絶対にやる気なんて見せてやらない。ほら、こんなにやる気のないメシア様ですよ、神殿に置く価値なんてないんですよ、とっとと返しましょーよ。大声で叫びたい。私は甘やかされて、食っちゃ寝をしているわけにはいかない。死亡フラグよ、早く立て!

 そのあと、おっさんはがんばれよと何に対しての労いかわからないけど、言葉をかけて図書室を出て行った。


「……歴代メシア様……みんなユメちゃんと同い年くらいなのか。うん、よくわかんないな」


 年鑑に載っている情報は肖像画で、彼女たちの人となりも一切記されていない。ただ彼女たちが澱みを取り除いてミスティア国は安泰であることはわかったんだけど。そして、注意深く読めば、それぞれの能力に差があり、澱みを払い終える期間は三者三様だった。えっと、三年で帰郷したものもいれば、五年かかったものもいるみたい。なんて長丁場な! 五年後ってユメちゃんは成人しちゃってんじゃん! ええと、私は順調にいけば社会人なわけで。こりゃいかん、ユメちゃんには史上最強のメシア様に育ってもらわねばならない……!


「もっと、なんかないかなぁ……ステータスを上げる裏ワザとかさ!」


 年鑑を元の場所に返してメシアについて記されている本を探し、図書室の奥へ、書架の奥へと進む。ここまで来るとさすがに人気はなくなり、空気は埃っぽくて、そして静かだった。ここなら調べ物も捗りそうだなぁ、人の目を気にしなくても済むし。

 なんて、考えた私が浅はかだったのである。


「おや、ハルカ様じゃないですか」


 背後から聞こえたその声は、私がもっとも苦手とする人物だった。振り向いて確認はしていないけど、間違いない。絶対だ。できれば一対一で接したくない相手だけど、背中を向けたままなのも怖かったのでふりかえった。

 そこには確信の通り、無害そうな顔を装おったレイナードがいた。


「……なんでいるの? こっちにユメちゃんはいないんだけど」

「ユメ様とご一緒でないことは知ってましたよ。ハルカ様こそ、何かお探しで?」

「いや、全然。今、諦めたとこ。もう帰るわ」

「ああ、メシア様について調べていらっしゃるとか。それなら協力しますよ。おすすめの本がありますし」


 その言葉を聞いて、おっさん修道士を恨んだ。彼は悪気なくレイナードに私のことを喋ったにちがいない。できればレイナードにだけは情報を流してほしくなかったな……! 爽やかに協力すると笑ってくれるけどね、対価に何を要求されるのかわかんないよ……! こいつ、絶対に腹黒だって! 私が太刀打ちできないタイプに違いにない。そんな気がする。


「結構です。っていうか、イースは? あの心やすらぐ平凡顔はどこにいるの?」


 いつも二人でセットなんじゃないかってくらい、行動を共にしているイースの名前をいってみるけど、図書室にいないことはわかっている。イース、出てこい! すぐに駆けつけてこい!


「イースは近くにいませんよ。妬けますねぇ。ハルカ様は何かある度にイースを呼びつけるみたいですが……彼のこと、気になっているので?」

「レイナードよりはイースと交流を深めたいくらいにはね。じゃ、そういうことで」

「そう……それは残念」


 目を細めたレイナードは長い足で、私達の距離を埋める。思わず、身を引いてしまった私の背中に、とんと書架があたった。どうして、袋小路に来てしまったのだろうか……! こうなるんだったら、イシュメルさんを引っ張ってこれば良かった。


「そう逃げなくても。何もしていないじゃないですか」


 何もしていなくても、距離を縮めるだけで女性は不快に思うわけです。そういってやれたら良かったけど、レイナードは人の良さそうな笑みを浮かべたまま、更に身を寄せて、ついにスカートの裾とレイナードの足が触れ合うほどになる。


「やめ、やめてってば! 近い、近い!」

「いけませんねぇ。あまり大きな声を出さないでください。誰か来ちゃいますってば」

「望むところだよ!」

「ふふふ、そうしたらこちらに好都合ですが。司祭様のお耳にはいれば、ハルカ様は監禁されてしまうかもしれませんけど……望むところで?」

「シズマくんはそんなことしない!」


 清廉潔白な彼が女子を監禁するなんてこと、あるわけない。そういいきってレイナードを睨みつけると、彼は笑みを深くした。おい、人の良さそうな顔はどうしたんだ。頼むから一生、猫を被ってくれ。私の前で本性を曝け出すな。

 まるで獲物を追い詰める蛇のように、じわじわと甚振って、反応を楽しんでいる。性格悪いな、こいつ……!


「ハルカ様が仰ったんですよ。ナイフで刺すような人なんでしょう?」

「……シ、シズマくんは、監禁なんてしない……ナイフで人を刺すかもしれないけど!」


 それとこれは別である。別、かな。ナイフでヒロインの腹をゴスゴスと貫く少年。お姉さんもびっくりするほど、立派なヤンデレエンドを持つ彼に、監禁しない要素が全くないとは言えないのではなかろうか。そこまで考えてさっと顔が青ざめる。監禁されてどうなるかはわからないけれど、今の楽ちん生活から一気に捕虜のような毎日を送るに違いない。ネズミに耳をかじられたりするんだろうか! ゴキブリと仲良く寝床と共有しちゃうんだろうか! それは無理だって、むりむり。現代人である私の細い神経が保つわけがない。

 目ざとく動揺を見ぬいたレイナードは唇を寄せて、耳朶に直に囁く。いつのまにか覆いかぶさるように、身体を密着されている。さすが、王族。女に迫るテクニックが半端ない。


「誰か、来て欲しいですか?」


 耳をかすめる唇の動きと低い声にぴくりと身体が震える。


「……っ、もういい」

「いい子ですねぇ」


 頬を緩やかになでられて、喉の奥で息がつまる。ちげーよ、諦めたわけじゃないっての! でもダメだ、このままだと流されてしまう。そんなこと、私自身が許せない。イケメンだからって何をやっても許されると思うなよ! 王族だからってちやほやされやがって、レイナードは世の男性の敵である。平凡で平修道士のイースを代表して、私がひとつ、ささやかな制裁を加えてやってもいいんじゃないか。例え、ユメちゃんがレイナードにグラリときていて、彼のためにマドレーヌを焼いていたとしてでもだ。


「これ以上、近づかないでくれる? ユメちゃんに嫌われたら困るのは……そっちじゃない?」

「ユメ様にも興味はありますが、ハルカ様にもあるんですよねぇ」


 飄々とした態度にいらっとする。ふふふと耳元で笑うたびに息があたってくすぐったいのは、なかったことにしたい。レイナードの腕に囲まれて身動ぎすると、服が衣擦れをたて、私じゃない体温が触れる。細い腕に手をかけて退かそうとしたけど、なんでぴくりとも動かないんだよ……! 細いくせに! 


「嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないですか」

「心の底からいやなんだよ! ユメちゃんが好きなんでしょ? 私、浮気するような人、受け付けないわけ。言っとくけど、恋愛において女の友情を馬鹿にしないでよ」

「では、本気だったら?」

「……は?」

「ハルカ様に本気だったらいいので?」


 そういったレイナードの顔から胡散臭い笑みが消えて、真剣な顔で見つめてくる。じっと視線を合わせたまま、呼吸さえしていないんじゃないかってくらい、静かになったレイナードに焦った。嘘だろ、これ、マジな展開か? 死亡ルートじゃなくて、恋愛の方に足を踏み込んだの? どこで道を間違えたんだろう……!


「本気だったらいいんですか?」


 同じ質問をするんじゃない。そんなの本気だろうが関係ねーよ! お断りだよ! 絶対にイエスなんて言わない。はっきり拒絶しようとしたそのとき、するりと膝を割ってレイナードの片足が滑りこんできた。


「な、なにやって……!」

「逃げられないようにしようと思いまして」

「落ち着けよ! 話せばわかる!」

「ハルカ様は本心を話してくださらないので、違う手段に出たほうが良さそうですしねぇ」


 ダメだ。話を聞いてないし、真顔で言われたら背筋がぞわぞわするしかない。これが友達が言っていたヤンデレという危なっかしいものの片鱗なのだろうか。なんで、こんな恐ろしいものにハマるのか理解できそうにない。

 けれど、怯えている場合ではない。するりと膝から上を撫でられて、決断を下す。

 蹴り上げよう! 正当防衛だ、私に非はない!


「……っ、何しようとしてるんですか」


 ぐっと足に力をいれて、男性の鍛えられないであろう急所を狙えば、ぎりぎりのところで止められてしまった。


「え? 言わないとわからない?」

「……あなたって人は……突飛ですよねぇ、本当に……本当に、いくらなんでも、蹴り上げ、ようとするのは……ふふ」


 どこが可笑しかったのかわからないけれど、レイナードは真顔から一転して頬をゆるめた。ふふふとお上品な笑い声を抑えながら、丸めた背中が細かく揺れる。さっきまで漂っていた色気は一切なくなり、健全な図書室の空気がおいしい。でも、なんだか釈然としない。いい脅しだと思ったのに、相手はノーダメージだ。まぁ、当たれば脅しでは済まないかもしれないけど、女性をこうやって追い詰めるのはどうかと思います。普通に怖いわ。

 むすっとしていたら、ひとしきり笑ったレイナードが顔をあげて私の顔を見たあと、また笑い出した。失礼ですよ、こちとら繊細な女性ですよ。


「ふふふ、そんなに怒らなくても。でも、そうですねぇ、怖いので今日はやめておきましょうか。それにしもてハルカ様は変わったお人だ……ああ、協力するって話でしたね」

「もういいです。あと、今後も近づかないくれるかな!」

「そう言わずに。恐らくですが、ハルカ様の手が届く範囲に、メシアについて記された本はないと思いますよ」

「……どういうこと?」


 私の手の届く範囲にないってことは、どこかにあるわけで。眉をひそめてレイナードを見上げれば、意味深な笑みを浮かべて、お一人で楽しそうな雰囲気だ。こいつ、遊んでやがる。


「城の図書室にはあるかもしれませんねぇ。特別にご招待してあげましょうか?」

「……もちろん、見返りは要らないのよね?」

「意地悪ですね。気が向いたらご連絡ください」


 そういってレイナードはあっさりと背を向けて去っていった。その背中に飛び蹴りを入れたいのを堪える。決めた。ユメちゃんの作ったマドレーヌは絶対に渡さない!

加筆修正しました。

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