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銀の花に、寄り添う月と  作者: みこと。@ゆるゆる活動中*´꒳`ฅ
銀花

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銀の花に、寄り添う月と

「この景色が好きだったわ」


 遮るものなく並ぶ田畑には、実った稲穂が夕陽に映え、さながら金色の草原に見えた。


「とても綺麗だね……」


 穏やかな声が応じる。


「──家と土地、本当に売り払ってしまっていいの?」


 気遣う言葉をかけられて、銀花(ぎんか)は振り返った。

 長身のパートナーからは、案じるような視線が注がれている。


「かまわないわ。もう帰ってくる予定もないし」


 どこからか、秋祭りの太鼓の音が聞こえる。


 銀花の生まれ故郷は、毎年秋に祭りを催す。

 今頃は、ハメを外した若者たちが夜の酒盛りを待ちかねて、心弾ませていることだろう。


「ふふっ。お祭りは子どもの頃から強制参加で大変だったわ。田舎の家々を歩いて回るの」


 自身が所属する山車(だし)や獅子舞について町内を巡り、"御花"と呼ばれるご祝儀袋を集めて回る。


 寄付金のようなもので、町内会の実入りとなる。

 大抵は年会費に補填されるが、その一部はお祭りの酒代として、盛大に消費されるのが常だった。


「子どもには関係ないことなのにね」


 駆り出されるのは、苦痛だった。

 直接、"御花"の恩恵に預かった記憶はない。なのになぜ、大人に混じって一日中歩かねばならぬのか。


 各家から人を出す。

 それが集落の取り決め事だからだ。


 長じてからも、祭りの日は束縛された。

 秋祭りには、哀しい記憶のほうが多い。特に、お宮の当番では……。


「話したことあったっけ? 旧家の風習(ならい)で、私、許嫁がいたの。良い方だったのだけど、あまり会話がなくてね。そのうちに、従姉(いとこ)にとられちゃった」


 お宮で参拝者を迎える用意をしていた時、ふたりの姿を境内に見た。


 普段は無人のお宮なので、(やしろ)の中に人がいると気付かなかったのだろう。

 彼らは木陰で、ただの逢引きとは言い難い領域まで踏み込んでいた。


「従姉の金穂(かほ)は、進んだ性格だったから」

 

「そんなことが……」



 "婚約者に逃げられた残り者"。



 非難は当事者たちではなく、大人しい銀花に向けられた。

 金穂の立ち回りが、上手かったのだ。


 婚約は解消。田舎ならではの情報網で、またたく間に話が広がり、その後は明らかに劣った縁談があがるようになった。


 "曾祖母が寝込みがちだから、介護の手に嫁が欲しい。うちで貰ってやっても良い"。


 "酒好きで裸で踊る癖のある男だが、まあ人付き合いは良いヤツだし、どうだ"。


 馬鹿にしたような話をさんざん持ち込まれ、家長である祖父は「家の名折れだ」と(いきどお)った。


 祖父からみれば、金穂(かほ)銀花(ぎんか)も等しく孫。


 それでも銀花の父が長男ではあったのだが、結婚も出産も、弟の方が早かった。とかく、田舎の長男は敬遠されやすい。


 祖父は、先に生まれた金穂(かほ)を目にかけていたため、婿養子予定だった許嫁は次に金穂の相手となって、「本家の跡取りは金穂」と宣言した。金穂と銀花の他に、孫はいなかった。子が生まれにくい家系らしい。


 いたたまれなくなった銀花は就職先を県外(そと)に探し、家を出た。

 そして時が経ち。


 いま、地元の家を継ぐ者はいなくなり、最終決定権が銀花に回ってきてしまった。

 家を継いだはずの金穂には子がなく、そして責任感もなかった。


 聞いた話では婿養子の夫と折り合いが悪くなり、夫を追い出した後、自分も別の男を作って出て行ったらしい。


 代々続いた家は、打ち捨てられた。


 家系を繋げたくも、親族の次世代たちは土地を離れて戻ってこない。


 駅までのバス停も滅多になく、それらの足も日に数本しかないような土地は、絵に描いたような過疎状態だった。


「実家を更地に、か。見事な庭木には可哀そうだけど、仕方ないね。購入者の希望なら」

「そうね。この金木犀(キンモクセイ)の香りも、今年の秋で聞き納め」


 毎年たわわにセミの抜け殻を茂らせていた金木犀。

 木の下の幼虫たちは怒るだろうか。


「季節を感じさせる花だよね」

「ええ。世の中には銀木犀という花もあるらしいのだけど、見かけないわね。銀は、目立たない存在だから……」


 寂しそうに呟く銀花に向けて、優しい声が落とされた。


「銀花さん。金木犀は、銀木犀の変種なんだよ」


「え?」


「銀木犀がオリジナル。金木犀は銀木犀から派生した花なんだ」


「──知らなかったわ、私。だって銀木犀って、少しも見かけないもの」


「金木犀とは違って、控えめで慎ましやかな香りらしいよ。だから、咲いてても気づかないのかもね。今度、一緒に探してみる?」


 銀花を見守っていた眼差しが、(いと)()に細められた。


「僕は、銀の花を探すのが得意だから」


 柔らかな笑みが、銀花の気持ちを軽やかに放つ。


 青かった空は夜を迎えるべく、深い藍へと移行しつつある。

 山際に溶け落ちた太陽は僅かな金光を残すのみ、天には銀色の星が、主役の如く輝いている。少し離れた位置で、そっと寄り添う細い月。


「ええ、探してみましょう。私も」


 銀花の目が、まっすぐに隣の月を見上げた。


「私もあなたに見つけて貰って、すごく嬉しかったから」


「僕たちは、互いに見つけ合ったんだよ」


 秋の涼気に身を寄せ合うように、肩を並べたふたりは無人の家を後にする。

 そろそろ祭りも、打ち上げの時間だろうか。


(今夜は宿で、お銚子をつけて貰おうかな)


 月と星を肴に、杯を傾けてみたい。


 祭りの宵にお酒を飲むのは、銀花には初めてかもしれなかった。



 お読みいただき、有難うございました!!(*´▽`*)/

 こちら「第三回だーれだ企画」に寄稿させていただいたお話を、ふたりの年齢ぼかし含めて少しだけ改稿して掲載しています。

「苦みある現実世界だからいいんだ」という方は、ここで完結を。

「いやいや、いつものファンタジーはどうした?」という方は、「次へ」をクリックください。味変しています。


◆現実世界の余韻エンド→ここで終わる

◆和風ファンタジーに味変→「次へ」を読む


 どちらにしても→☆を★に塗っ…ていただけましたらすごく嬉しいです。お気に召されましたら(笑)

挿絵(By みてみん)


 楠結衣様(ID:1670471)から雰囲気抜群の表紙をいただきました!

挿絵(By みてみん)

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『可憐な公爵令嬢が、婚約相手によって森に捨てられたという話だが。』

― 新着の感想 ―
[良い点] 銀花さん、博識で穏やかに包みこんでくれるパートナーに巡り会えて良かったです。 >「この景色が好きだったわ」 >祭りの宵にお酒を飲むのは、銀花には初めてかもしれなかった。 冒頭の一行、ラ…
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