童話
□月□日
子供の童話が悲しかったわ。なぜこんなに生まれが違うだけで……
「アル」
名を呼ぶと、隣にいるアルクトスが私を引き寄せた。
こんなに熱くて長かった夜は初めてだった。結婚式をあげた夜の日よりも、本当に刺激が強かった。
「リル……好きだ…愛してる」
「私も。それ以上に、あなたを愛してるわ」
アルが私の額にキスをした。
「学園にいたあなたを思い出すと、ここまで成長するとは思ってもいなかったわ。それに、こんなに…うまいなんて…。あなた本当は、どこかで例えば、人間の風俗店とかでしたことあるんじゃないの?」
「ない……断じて………言った通り…俺も初めてだ………そう言うリルだって……王子と…」
「ないわよ!」
「なら…キスは…?」
それはあったかもしれない。主に小さいとき。まだ、婚約したばかりにエドワードとは頬にキスをしたかも。黙っているとアルが恋しいような顔をして私の唇に口づけをした。先程のように激しめだ。
「んんっ!」
「これで…上書き……だな」
目が回るようなものだった。
「アルだって、絶対練習したでしょ誰かと!」
「ふっ…さてな…」
「教えてよ、意地悪!」
人間の男なら許せたかもしれないけど、アルに対しては違う思いを抱いていた。獣人なら、番以外と絶対にそんなことはしないと思っていたからこそ、はぐらかされるのはあんまりだった。
ポコポコ力なくアルを叩いた。対して彼は私の背に腕を回していきなり強く抱いてきた。
「本当に…してないから………安心…しろ」
「ホントのホント?」
「…どうやったら……信じてくれる…?」
なら、耳を触らせてほしいと言えば、彼は触らせてくれた。獣耳はピコピコ触るたびに動くから、おもしろい。
「満足……したか?」
「うん」
手を離すと、アルが私の胸に顔を埋めた。少しは寝ないと、仕事に支障が出るだろうに。
「いい匂い………」
「仕事のためにも早く寝なさいよ」
すると、私を抱きとめたまま眠ってしまった。仕方ないから私も寝よう。
私が起きたのは昼だった。誰も起こしてくれなかったのが癪に触るが、服を着がえて、城の外に出た。闘技場の方から剣の音がしてきた。アルが稽古をつけているのだろう。城の近くには木をたくさん植えた人工の森があった。暑いから日陰にいようと思い、木に寄りかかって腰を下ろした。
寂しくなったので、小鳥の魔物を呼んだ。呼ぶときは、いつもあの歌言葉だ。歌い終えると、小鳥が私の手に乗ってくれた。
「小鳥さん、お話しましょう。……え、あなた昨日の夜のこと知ってるの?忘れなさい。え、狼さんに報告しろって言われて!?」
プライベートのことを小鳥さんが話した。どうやら、狼さんは本当に、昨日の夜のことを魔物に広めたらしかった。
「あなた、そういえば、私が歌えばすぐに来てくれる子よね。………ありがとう。私もあなたが好きよ」
小鳥を顔に近づけると、鼻とクチバシをコツンと当てた。しばらく話したあと、誰かが来た様子だったので、小鳥を逃がした。
「取り込み中であったか」
ジエールの王が来ていた。
「いえ。話していただけですよ」
「どうだこの国は」
「とても良いところです。子供の活気も相まって、町の人は団結していたように見えます」
王はまぶしく笑った。
「そうであろう。ここの民には私も驚かされられることばかりだよ。子を育てるのは確かに両親の努め。大半の男は軍に入るが、女にも強いものがいて軍に志願する。ほとんどの民が国を守るためにと立ち上がるのだからな」
聞かされて、確かに納得した。
ここまで愛国心のある国はないだろう。
民は本当に国に誇りを持っており、戦うときは国に忠誠を誓うのだ。
訓練の場面を見ていても、彼らは一心に国を守りたいという意志の強さを見せてくたれた。
「そういえば、今日はアルクトスの腕がすこぶるいい。我が息子も早々に剣を弾かれて、兵も皆負けた。あれは、エンリルのせいか?」
夜のことがあったからだろう。
「マリーも喜んでいたからよいのだが」
王妃の笑う顔が見える。王妃の思う通りになったかと思うと、私は顔を真っ赤にした。察してくれ、ジエールの王。
「ともあれ明日には帰ってしまうのだ。寂しくなる」
素直な人だなと思い、王を見た。黒い目が真っ直ぐに空を見上げていた。
「そうだ、アルクトスと子ができたら手紙をよこすといい。私とマリーからプレゼントを贈ってやろう」
「ありがとうございます」
どこまで知っているのやら。王は立ち上がってまた行ってしまった。私はしばらくは王と同じ様に空を見上げていたが、今度は城内の図書館に行った。中にはいろんな本があった。が、一つ目を疑うものがあった。
「魔力持ちと獣人の番」
その本はおとぎ話の子供向きの絵本だった。ただ、古くて誰にも読まれてないようだった。
読み始めると、なんとも言えない内容。
獣人の番になった魔力持ちの少女。少女は最後に、人間によって、異端審問にかけられて死ぬ。獣人の少年はそれを嘆いて、自ら命をたつ。
こんなの、泣いてしまう。どうしようもなく、アルクトスに会いたくなった。
「公爵夫人、大丈夫ですか?」
一人の文官が話しかけてくれた。ホロホロと涙を私が流しているのに心配してくれたのだ。
「すいません……これ、借りれますか?」
文官は頷くと、その本を司書のところに持っていき、記録をつけてくれた。その本を私は手に持って、廊下を歩いた。
再び夜になって眠る頃。
私はアルに本のことを話した。何とも悲しい絵本であった。
イスに座って読むアルの後ろから私は抱きついた。彼の首に回した腕に、アルクトスの大きな手が重なった。
「リル…大丈夫。こんな…マヌケな少年にはならない………取られないように守る…」
アルクトスは尚も抱擁する私を黙ってそのままにしてくれた。シリーナ国に帰る頃には、すっかり私も気を取り戻していた。




