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太古

□月□日

狼さんは何百年とこの世界を生きた魔物だそう。だからこれほど昔のことを、知っていて(滲みで読めない)…切ない目をしていたわ。


「やーい!こっちまで来てみろー」


「待ちなさい男子!」


女の子のグループがちょっかいをかけるリーダー格の男の子に声を出した。まだ幼い声はキャッキャと町の中を賑やかにしていた。


「子は、いつの世も騒がしい」


人の姿になって町を一緒に見て回る狼が呟いた。

今日のお供が狼なのは、彼が親のように私を大切にしてくれているからだ。


そういえば、太古からの魔物だと自らをそう言っていたから、この人々の活動を狼は何百年と見てきたのだろう。狼は懐かしむように子を見て横顔で私に話しかけた。


「リルは、この世がまだ人間と魔物だけであった世があるのを知っておるか?」


それはどこの文献にも書かれていない遠い話だった。


「その時代、人は魔力を持つものが多かった。だから、魔物と意思を交わして生活を営んでおった。しかしな、いつのときであったか。それまで魔物同士、人同士で子を成していたのじゃが、強く人に惹かれる魔物が出てきおった。人もまた、魔物に惹かれ合い、長く生きる魔物は、人の姿になることも簡単であったから。二人は結ばれ、できた子は、人の姿に獣の耳や尾が生えた」


それは、獣人族の誕生のとき。


「だからな、アルクトスが獣化するときの姿は、あやつの祖先の魔物の姿。あやつも、魔力を持っておる」


魔力は魔物には普通に備わっている力だが、獣人には遺伝しにくい。なのに、アルはその力を持っている。


「獣化の力は、魔力が強いものだけじゃ。獣人には魔力は本当に微々たるものしか入っておらんのに、あやつは恵まれたんじゃな」


それは王族の傍系の母からの贈り物なのかもしれない。


「魔力持ちは、獣人に好かれやすい。なぜなら、獣人の祖先である魔物が惹かれた人というのは、魔力持ちじゃからな」


赤髪は魔力が強い証。

赤が獣人にとって貴重とされ、尊ばれるのはそのためなのか。

狼はそれから少し私の方を懐かしむように見ていた。

その目は私を見ているようで、誰かと重ねて見ているようだった。狼さんも、長く生きる中でもしかしたら魔力持ちに惹かれていたのかもしれない。


「リルや、あやつと子を成したいのだろう?」


「それはまだ迷ってて」


「あやつとのことだから、いずれは成すじゃろうて。ふむ……六人じゃな」


「そ、そんなに多くないわよ!」


ケラケラ笑う狼。


「我もたまに魔力を使うが、捨てたもんじゃないの」


笑いながら言ったことはよく聞こえはしなかった。


「して、また下着でも見てくるが良い。あやつをその気にさせてみろ。絶対おもしろいぞ。我が後世に語り継いでやるから」


シリーナ国の城下町の店を思い出した。

狼が指をさす。

いつの間にこんなところまで歩いていたのか、目の前には下着の店があった。


「買ったほうが良いぞ。あやつにリルを渡すくらいなら、一つ痛い目に合わせてやりたいからな。まあ、あやつしかリルの婿とは認めん」


私の背は押されて、その店に無理にでも入れられた。店員はまたしてもウサギさんだった。


「いらっしゃいませ。あら、あなたシリーナ国の新店舗で初めに買ったお客さんじゃないかしら?」


色っぽいお姉さんが一人、私に聞いてきた。それを知っている理由はおそらく、あの店の姉妹店だったからだろう。頷くと、お姉さんは厚い唇の端を上げると、下着を出してきた。


「あなたに合う勝負服は、こんな感じかしら」


本当、きわどい服を勧めてくるのはすごく似ていた。

私が手に持てる数着だけ買うと、お姉さんがまた笑いかける。


「顔が真っ赤よ。番に愛されてるのね。今日は、喜ばせてあげちゃいなさい」


こちらはこちらで背中を押してきた。

薄々決めてはいたけど、こうなってくると逃げ場もなくなるというか…。

無事、狼に城までついていってもらった。


道中、女の子のグループが男の子のグループとおいかけっこしていた姿を思い出した。

狼にとってはうるさいのかもしれないけど、子供というのは星のような存在だ。朝も昼も夜も輝いているお星さま。そういう存在。


「っ…痛い」


考え事をしていたら、私に普段は注意を促してくれる狼とも城の中に入る前に別れていたらしい。そのまま人にぶつかった。ぶつかった鼻を赤くして、手で覆った。


「すまない…リル……」


ぶつかったのは、アルの胸元であった。

彼は私に気づいていたのに、私が近づいてくるから立ち止まって待っていたらしい。


「いいのよ。私が悪いから」


「その袋…」


私の手に持っている紙袋はアルも見覚えがあるだろう。貼ってあるおしゃれなタグからもよくわかるはずだ。

アルクトスに笑みが浮かび始めた。


「でも、今晩言うから」


アルクトスはほぼ決まっていることに頷いて、私の額にキスをした。


「楽しみに…している…」


私の耳元に囁いた言葉。


もうバレてしまった。


囁かれた耳さえも赤くなるのに気づいて、私はその場をすぐに立ち去った。アルにまだ仕事があるのが幸いかもしれない。また会うときには、顔を直視できないだろう。


その日の晩、互いに別々のお風呂の時間も終わり、後は眠るだけとなってしまった。アルクトスの部屋に先に来ていた私は、買ったばかりの下着を身に着けて、さらにその上にバスローブを羽織った。先にベッドで寝転がって、アルクトスの枕を抱きしめた。


彼の匂いがする。


いつだって安心させてくれる匂いだ。

それと、胸をきゅうきゅう締め付けてくるような匂い。

グリグリと枕に顔を押し付け、少し匂いをかいだ。


「……リル」


その声に瞬時に反応して、顔を持ち上げた。

ベッドの横に立っているアルと目があった。


「これは不可抗力よ」


恥ずかしい。

こんな、枕を抱きしめて匂いを嗅いでいる姿を見られるなど。人に見られたくない姿を、よりにもよって彼に見られた。


「あ……いや…かわいいな」


でもなぜか、顔を私よりも赤くするのはアルの方で。

耳がピコピコと動き始めた彼に体勢を整えて向き直った。


「ちゃんと話すわ。私、あなたとの子を」


手で口を覆われた。最後まで言わせたくないようで、彼は真剣に眼を揃えた。


「その……わかった………」


アルクトスが顔をリンゴのようにして言った。

金色の瞳は、窓から見える満月と同じ色。


ん?満月?


「もしかして、発情の日?」


これは、まずい。

心に決めていたのに、こういう日にすることは考えてもいなかった。


「リル……俺と…子を成してくれ………」


アルの気持ちも強いようで、私から枕を取り上げたあと、両手の指を絡めた。

あの日、初めて会った時に一目惚れした目は、あの時よりも熱を持っていた。

私色に染まった目から、彼の愛情が漏れていた。


顔が近づいてきて、ペロッと私の首筋を舐めた。

首元に近づいた彼の頭を撫でて、私もそれにこたえた。


「あなたと、初めてができて嬉しいのよ」


そっと獣耳に呟いた。

エドワード王子のためにと取っておいた処女は、ずっと守ってきていた。

貴族界は貞操が最も美徳とされていたから。

でも、初めてを捧げるのが、あなたでよかった。

何度でも愛していると伝え、私を待ってくれたあなたにこの体を捧げる。


「アルは一途ね。私は、この初めてをエドワードのために守っていたけれど」


エドワードから乗り換えた。

随分前のことのようだが、不穏な茶会でナスタシアにそう言われたことを思い出した。

あのときは、先にエドワードに裏切られたからと、鞍替えと言われるのに否定の気持ちが強かった。

けれど、今思えばそう言われても強く否定できない気がした。

この初めても本当はエドワードとの夢を描いて、残していたものだから。

と、彼は急に唇を重ねてきて、甘いだ液を絡めてきた。

温かいザラザラとした舌の感触が重なり合い、互いの液を交換するように糸を引いた。


「他の男を考えるな………俺だけを考えろ」


強く瞳で訴えてくる彼に、それでも罪悪感が胸に残っていた。


「ごめんなさい。でも、この初めてはエドワードにって長いこと思っていたから。あなたは私を待っていてくれたのに。アルのほうが私のことを長く待っててくれて、申し訳なくって」


思い続けた年数が違う。

私がエドワードを追う中、彼はずっと長く思っていてくれたから。


「謝るな………君はあいつに縛られていた……俺はそのこと…よく分かってるから」


微かに彼は微笑んで、優しい目を向けてきた。


「それに……君だって一途だよ………重い愛のある俺を…受け入れてくれた。今の君の心は……俺を思ってくれてる…ありがとう。人を愛することを…忘れないでいてくれて……優しい君のままでいてくれて…」


その言葉は砂糖が水に溶けるように、心の中に染み込んだ。


「大好きだという気持ちでいっぱいなのは、あなたのおかげなのよ。愛を教えてくれたのはあなた」


互いを求める気持ちは、ますます強くなっていく。


「嬉しい…君がそう言ってくれて…」


アルクトスは金の瞳を細めた。


「俺も……初めてなんだ…こういうこと。…君と一緒になりたい……本当にいいのか」


二度も聞いてくるのは、それほど私を大事にしてくれているということ。

世界で一番私を考えてくれて、思ってくれる。

否定する理由など、全くない。


「ええ。あなたとだけ、一緒になりたいの」


汗ばんだ手を握り合った。

彼と身体の体温を分かち合うほどに近づいた。

私は彼に愛されているということだけが嬉しかった。

でも、今日を越えたらきっともっと生きているのが楽しくなる。

彼との半分を分かち合って大きな幸せがお腹の中に膨らむのだから。


目に涙が含まれるぐらいに、彼を視界に入れるのが嬉しくてたまらなかった。


「百年経っても……君を愛すから………覚悟してくれるか…」


「ふふっ。当たり前よ。永遠を誓い合ったのだから」


口づけから始まった夜の営みが終わる頃、夜が開ける手前だった。

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