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番外編 〜太陽を見た〜

アルクトス視点

今日は男友達に進められて図書館に来た。天井まで高さがある本棚には、ぎっしりと本が詰まっている。ほとんど人気のない場所で、俺にはちょうどいい。

人の声は少し獣人にとっては大きく聞こえるから、落ち着く場所が欲しかった。


俺は一つの本を、様々な書物が並ぶ中手に取った。それを図書館にある机に置いて椅子に座り、ゆっくりとページを開いた。

手にしたのは、父上が初めて買い与えてくれた本と同じ、薬草の図鑑だ。

ページをめくるとお気に入りの植物が見れた。その絵は赤い花を咲かせる薬草。その効能は素晴らしいもので、熱が高いときに飲めば熱を下げ、咳が出るときには咳止めになり……とにかく効能が素晴らしいものだ。

と、後ろで本が落ちる音がした。拾ってやろうと、椅子からおりて、その本を手にした。

はい、と相手に渡す簡単な動作。なのに、俺は本当に体が動かなくなった。


心臓が苦しい。気持ちが高ぶる。


目の前で俺と同じように屈み込んだ少女。

その女の子は、サラサラと綺麗な絹糸のように細く、花のように赤い赤髪をしていて。

なぜか、最初から彼女を守ってやりたい、彼女がほしいという気持ちに狩られる。

そうか、これが…

父上が言っていた番と合ったときの特徴と当てはまっていた。


「これを…」


彼女の宝石を思わせる赤色の瞳と目が合った。

彼女のもつ赤色は、太陽よりも情熱的な炎のように輝き、花の赤のように鮮やかで。

目があったのは一瞬で、その子は俺から目をそらした。

肩から下に流れ落ちる髪の間から、小さな人間の耳が見えた。その耳は真っ赤になっていて、


「あの…ありがとうございます」


彼女があまりにきれいな声で言うものだから、俺は酷く動揺しながら答えた。


「……っ…あ…ああ…」


すぐに冷静になるために椅子に戻った。

彼女をどうしたら手にすることができるか。

どうやったら俺だけのものにできるだろうか。

いや、今はそんなこと考えるべきでは…


「あの、よかったら、私……隣を使ってもいいですか?」


その鈴とした声で話しかけられた。

こんなこと、あるのか。運が良すぎやしないか自分。

俺はすぐに隣の席を開けた。椅子を引いて促すと、彼女が座る。赤髪が視界に映るたび、俺は胸を高鳴らせた。隣からふわりといい匂いがしてきた。


「それ…いい本ですよね。金色の花を咲かせる花とか…」


ページをめくっていると、その花を指さして話しかけてくれた。


「そうだな……あの花は確か……難病に効いた…………花言葉も……いい…」


図鑑に置かれた彼女の指は、白くて繊細な指で。思わず見惚れていた。

その手で、指で、俺の耳や尻尾を触ってくれるのを想像して体が熱くなった。


「ふふっ。そうですよね。花言葉は確か、一途な恋、永遠の愛」


花言葉を口にする彼女に、ドキッとした。

自分と彼女のことを指してくれているのではないのかと、少し未来を想像した。

彼女が俺の名前を何度も何度も、その美しい声で奏でる。

彼女が俺にだけ向けてくれる笑顔で、抱きついてくる。

そうやって愛情表現を互いに求めて愛し合う。

そんな毎日をおくれるなど、間違いなく俺にとって幸福なことだ。

彼女とずっと永遠に添い遂げるということ。輪廻転生というものの思想を思い出し、生まれ変わっても彼女と結ばれたらいいのにと思った。

いや、何を壮大に考えているんだ。


「あ………ああ………そうだな……」


彼女との将来を想像して、俺は頭が真っ白になった。顔が熱くて、耳が動いているのが俺にだって分かる。

それにしても、俺は本当に馬鹿だ。名前も聞かずにその日は終わってしまった。


彼女は来てくれるだろうか。

図書館でその日も待っていると、


「あ、昨日の…」


彼女の声だ。鈴のなるような美しい声に、俺はまたすぐに席を引いた。


「ありがとう。よかったら、あなたのことを何と呼べばいいのか教えてもらってもいいですか?」


彼女がそういうものだから、嬉しくなって彼女の方に体を向けて話した。

真っ直ぐに彼女の宝石のような赤い瞳を覗いて、今俺だけを見てくれていることを確認してから。

昨日の頭の真っ白さに反して、口から思ったよりすぐ言葉に出た。


「アルクトス」


その後に続いて彼女が名前を言ってくれた。エンリルというらしい。そうか、エンリル……エンリル……エンリル……

頭の中で呼べば呼ぶほど、心に響いて俺の胸をくすぶった。と、彼女はしばらくして呟く。


「あ…長期休暇の…」


俺は頷いた。彼女は知っているようで、俺はもしかしたらそれでこの関係が終わってしまうのではないかと思った。だが、そんなこと杞憂で。



「なら、私があなたの友達に立候補してもいいかしら」


彼女が優しい声で言うものだから、俺は心底良かったと胸をなでおろしながら、期待で胸がいっぱいだった。ふいに彼女が笑う。


「ふふふふっ。あなた、耳が……おもしろいのね」


笑うと、本当に太陽のようにきれいで。いや、太陽よりも温かく照らすようで。顔に熱がのぼるのがわかった。自然と、口が動いていた。


「君は………赤い髪が……瞳も…珍しくて…花のように綺麗だな…」


そういうと、彼女はその小さな耳を赤らめていた。

彼女もまた、俺に胸を高鳴らせてくれているのか。

それから、彼女が来る時間に合わせて図書館に入り浸った。彼女はいつも二つ分宿題をこなしながら、俺にいろんなことを教えてくれた。だが、あるとき、彼女は暗い顔をして宿題をこなしていた。悲しい顔を見ると、胸が痛む。


「エンリル………浮かない…顔だな……」


彼女の瞳を見るようにすると、本当に悲しい顔をしていた。

悩みがあるようで、役に立ちたいと思った。彼女の悩みなら喜んで一緒に悩んであげたい。解決してあげたい。でも彼女が打ち明けたことに、俺は酷く動揺した。


「君は……婚約者が…」


人間の貴族は政略結婚だと聞いてはいたが、彼女もだったとは。


「そうね。言ってなかったのが悪いわ、ごめんなさい」


そんなの、嫌だった。彼女が俺のものになることができないかもしれないなど。もうそれは、絶望だった。だが、彼女は悩んでいるのだ。支えてあげよう。俺は純粋に彼女を褒めた。その上で、ほんの少しだけ助言を。


「ありがとう。あなたには、私の悩みを聞いてもらってばかりね。あなたには、悩みはないの?」


彼女は俺に聞いてくる。すぐに答えた。


「ある………話をしても……構わないか…?」

 

彼女には自分のことをもっと知ってほしいと思ったから。俺は長期休暇の理由を話した。魔物の襲撃で両親を失ったこを話すと、彼女から涙が出ていた。真珠のように美しい涙を俺はこのとき、初めて見た。だが、泣かせてしまった。頭を撫でてやりたい、抱きしめてやりたい。でも、彼女には婚約者が……どうすればいいのか。相当俺の中では困惑の気持ちが出ていて。


「泣くな……」


そう声をかける他に見つからなかった。そういうと、彼女は力強く涙を止めて、言った。


「私…あなたのことが好きよ。あなたは、優しいわ。それは、きっとあなたの両親が優しい心を持っているから。あなたは、温かいわ。隣で何かをすると、すごく安心してはかどるもの。それは、あなたがきっと辛いものを乗り越えて、強く成長してるから、あなたといると、守られてる気分になるの」


彼女がいった言葉は、耳にしっかりと入る声だった。それは、自分の心を溶かしていく。悩みも何もかも全てを。


「あなたは、素敵な人よ。本当に。いつか絶対、その手でご両親のように誰かを幸せにするわ」


「っ………エンリル…」


彼女がたまらなくほしい。彼女を守るのは俺だけの権利であってほしい。彼女のそばにいることの権利は俺だけのもので……。我慢できなくて、彼女の手を引いた。言うなら、今しかない。人もほとんどいない場所に行く。ここなら、変な噂も流されずに済むだろうから。


「エンリル……急だな………こんなこと………俺から…言うのは…」


俺は顔に熱を帯びながら彼女の瞳を見ていった。


「君が…好きだ………それは…友として…でもある…………だが……男女の仲…としても……」


瞳は強く揺れ動いた。


「っ…ごめんなさい。私には……私にはエドワードが…」


「いいんだ………分かってた……」


それでも、この気持ちを伝えれずにはいられない。

彼女の手を引いた。その指を、温度をまだ感じていたかった。


「また……教えてくれるか…?悩みも……勉強も…」


「もちろんよ」


彼女は自分の言ったことに笑顔で答えた。君の笑顔を君のそばでずっと見ていたい。君がずっと笑顔でいられるように、守ってあげたい。君がずっとずっと、俺を俺だけを見てくれるようになってほしい。

それから、俺は努力した。剣も勉学も全てを学ぶように。獣化する能力の扱いさえも。危険をおかしてまで、学ぶ価値は大いにあった。

あるとき、彼女から魔物の匂いがしたものだから後をつけてみた。それは、放課後の束の間の時間。本当に人がいない場所に行くと、彼女は歌を微かな声で歌っていた。でもそれは、どこにもない言葉で。それでも、惹き込まれる歌だった。と、鳥の魔物が彼女の方に飛んできた。危ないと思って駆け寄ろうとすると、彼女は笑ってその子を手のひらの上にのせていた。笑って話しかけている姿は、まるで女神のようで。俺は堪らず話しかけた。


「魔力持ち……なんだな」


獣人が持つことのない力。彼女は驚いたように目を開いたあと、打ち明けてくれた。メイドのサリーという人との秘密であったらしいが、俺にも秘密を守ってほしいといってきた。君との秘密が増えて嬉しかった。

俺もまた獣化の力を打ち明けると、彼女は人差し指を口に当てて、秘密、と言う。その動作があまりに可愛くて、俺はまた心臓が苦しくなった。

手を伸ばせば捕まえられるはずなのに、どこまでも遠い存在で。君はいつも前をみて歩いていた。でも、本当はたまに不安げに後ろを振り返っていて。君の後ろからでも前からでも、安心させてあげられるように手をつないであげたくて。


俺は誓った。彼女の婚約者が彼女を手放したら必ず迎えに行く。彼女を甘やかして、守ってやるのだと。

その約束を秘密裏に、彼女の侍女サリーと取り付けてまで誓った。


獣人の少年は、そうして立派な青年へと成長した。

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