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番外編 〜初めての出会い〜

学園。それは、まるで私にとっては未知のものだった。貴族はここで皆勉強に励まなければならない。

私は入学してから必死に勉強をした。反復してテキストをこなすのは、婚約者エドワードのために、彼の宿題を行っていたからだ。ニ回分の宿題を終えると、すぐに妃教育をうける個別授業となる。私は、朝起きてから夜寝るまでみっちりと時間が詰まっていたのだ。だから、友達はできなかった。

もういいのよ。

学園でそんなこと期待した私が馬鹿だっただけだ。そう思い込み、私はただ励んだ。


「そういえば、長い休暇を取ってた獣人子息がまた復帰なさるようですよ」


ただ私が公爵の娘であり、将来有望の王妃だということで話しかけてくる人は多くあった。獣人子息か。この国にも近年になって獣人との関係が見直されて、交換留学生がいたな。


「そうですわね。確か、名前はアルクトス・ミコラーシュでしたか」


アルクトス・ミコラーシュ……

どういう人なんだろう。ただ呆然と、その記憶の片隅に入れていた。

私は昼休みになると図書館に行く。これはずっと行っている日課だった。本を上から取ろうと思っていながら、届きそうにない女の子を助ける。


「ありがとう…ございます」


「いいのよ」


微笑むと、彼女はなぜか顔を赤らめて行ってしまった。私はいくつか本を持つ。


「あ!」


積み重なって手に抱えていた本が落ちる。身を屈め、取ろうとしたところを、誰かが拾ってくれた。


「これを…」


その子と目があった。

金色の瞳。

人間の中では見たこともない綺麗な色。それは、太陽の輝きのようとも、月をそのままはめ込んだようなものとも言える美しさがあった。その瞳が二つ私を捉えて離さない。胸が急に苦しくなって、私はその目から顔を反らした。


「あの…ありがとうございます」


なぜ顔がこんなに熱くなるのか。なぜこんなにも、胸が苦しくなるのか。

この感情を表現したものを私は読んだことがある。


「……あ…ああ…」


その人は本を渡してくれた。横目でちらっと見ると、その人は丸い獣の耳を頭の上に生やした男の子だった。彼は、また席に戻って本を広げて勉強を始めるよう。私は、なぜか彼と少しだけ話してみたいと思った。


「あの、よかったら、私……隣を使ってもいいですか?」


聞くと、彼は黙って隣のイスを引いてくれる。座ってもいいようにと、空けてくれた。私は隣りに座って同じ様に本を開いた。チラチラとそちらの本の内容を眺めると、薬草の本だった。


「それ…いい本ですよね。金色の花を咲かせる花とか…」


「そうだな……あの花は確か……難病に効いた…………花言葉も……いい…」


彼は熟読しているようで、私に共感してくれる。こんなこと、初めてだ。私が読む本はどれも同年代の子には少し珍しいのに。


「ふふっ。そうですよね。花言葉は確か、一途な恋、永遠の愛」


呟くと、彼は顔を赤くした。


「あ………ああ………そうだな……」


その日はそれで終わってしまった。次の日も図書館に来ると、彼は同じ本を同じ様にひらいていた。


「あ、昨日の…」


私が話しかけると、彼は黙って隣の席を引いてくれる。


「ありがとう。よかったら、あなたのことを何と呼べばいいのか教えてもらってもいいですか?」


彼は金色の瞳をこちらに向けると


「アルクトス」


ただそう一言。

アルクトス……アルクトス…

何度も心で名前を呼んで、頭に叩きつける。でも、どこかで聞いた気が…


「あ…長期休暇の…」


彼は頷いた。そうか、この子が…


「なら、私があなたの友達に立候補してもいいかしら」


私が呟くと、彼はその金の瞳を輝かせた。綺麗な色だった。その焦げ茶色の毛を持つ耳がピコピコ動いて、思わず笑ってしまう。


「ふふっ。あなた、耳が……おもしろいのね」


笑うと、彼はもっと顔を赤くする。


「君は………赤い髪が……瞳も…珍しくて…花のように綺麗だな…」


褒めてくれる。それだけで、なぜか顔が熱くなって。どうして、こんなに胸が締め付けられるのか。

それから、アルクトスとは図書館で会うようになった。昼休みに行けば必ず彼がいる。放課後に補習も受けたあとにも、彼は図書館にいた。あるときから、私は彼に勉強も教えるようになっていた。彼の隣で自分とエドワードの宿題をすると、不思議とはかどった。いつからか、彼の隣で何かをすることが楽しみになっていった。

でもあるときから、エドワードの噂も広まり始めていた。彼が婚約者以外の女性に言い寄っていると。私は酷く胸を痛めた。


「エンリル………浮かない…顔だな……」


私の顔を覗き込んで心配してくる彼。金の瞳は私の心を見ているようで。私は彼に告げた。唯一の友であり、悩みを打ち明けられる学友。

エドワードの噂を話に心を痛めていること。それを話すと、彼は金の瞳を満月のようにして、驚いていた。


「君は……婚約者が…」


「そうね。言ってなかったのが悪いわ、ごめんなさい」


謝ると、彼は心底悲しい顔をした。だけど、直ぐに温かい言葉をかけてくれる。

それが、どれほど自分の心を救ってくれたことか。


「ありがとう。あなたには、私の悩みを聞いてもらってばかりね。あなたには、悩みはないの?」


「ある………話をしても……構わないか…?」


頷くと、ぽつりぽつりと語ってくれた。それは、彼の長期休暇の理由。魔物の襲撃で両親を失ったこと。

私はまるで、自分のことのように酷く胸が傷んだ。

思わず涙が出てきてしまった。公爵令嬢として厳しいものを乗り越えるときでさえ、泣くことなどなかったというのに。


「泣くな……」


眉をひそめて困った顔をする彼に、私はいたたまれない気持ちになった。どうしたら、彼を励ましてやれるだろうか。


「私…あなたのことが好きよ。あなたは、優しいわ。それは、きっとあなたの両親が優しい心を持っているから。あなたは、温かいわ。隣で何かをすると、すごく安心してはかどるもの。それは、あなたがきっと辛いものを乗り越えて、強く成長してるから、あなたといると、守られてる気分になるの」


彼の隣りにいることがどれだけ私にとって救いになっているのかを話す。彼は耳をピコピコと動かしながら、私の声に耳を貸す。


「あなたは、素敵な人よ。本当に。いつか絶対、その手でご両親のように誰かを幸せにするわ」


「っ………エンリル…」


彼は私の手を引いた。もともと図書館は人気のない場だけど、もっと人が少ない本棚の方に連れられる。その引いてくれる手は、温もりと優しさが伝わってくる。


「エンリル……急だな………こんなこと………俺から…言うのは…」


そう言いながら、彼は顔を真っ赤に染め上げて言った。


「君が…好きだ………それは…友としてでもある…………だが……男女の仲としても……」


それは、私のことを恋愛感情的に好きと言っているのだ。私は感じたことのない胸の痛みが走って、呼吸がおろそかになる。

これは……いや…こんなの………小説でしか…


「っ…ごめんなさい。私には……私にはエドワードが…」


断りたくないという気持ちに嘘をついて。


「いいんだ………分かってた……」


それでも、彼はその優しげな金の瞳を私に向けてくれた。その瞳が私を見揃えると、私の顔が熱くなる。

どうしてだろう。こんなに、熱くなるのは。

わかっているけど…それを思って心で言ってしまうと、今までエドワードに尽くしてきたものが泡になりそうで。泡になってしまえばいいと言う自分もいて…

混乱していると、彼の方からまた手を引いてくれた。


「また……教えてくれるか…?悩みも……勉強も…」


ポリポリと頬をかくような仕草をして、彼は言った。やはり耳はピコピコと忙しなく動いて…

思わず私は笑いながら答えた。

 

「もちろんよ」





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