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遺恨

□月□日

魔力持ち“エレ”とは異端。私の名前、エンリルとよく似ているのは、偶然でしょうか。


それはまた、何気ない日のことだった。

いつも通り、城勤めを果たすために仕事へ行くアルを見送ったときのことだった。

屋敷の仕事も余分に終わらせて、庭園で狼と遊ぼうと思ったときだった。

外に出ていつものように狼を呼んだ。が、しばらく経っても来なかった。

もしかして、最近遊べてなかったからすねているのか。最近は庭園作りに精が入ってしまい、庭師さんと話しながら土いじりだ。そのおかげで、狼の相手を蔑ろにしてしまっていた。

よくいる馬小屋の近くまで行ってみたがそこには、狼の姿はなかった。


「狼さん、どこいったの」


周りを探してもいないものだから、まさか中かと思って馬の足元を確認していたその時だった。

急に視界が暗くなり、何も見えなくなった。

顔に何やら袋を被せられているようで、臭いと感触から麻袋だと分かった。


手首を思いっきり握られているということははっきり覚えていた。

目を覚ませば、日の光もなく、ロウソク一本の薄暗い部屋であった。

目の前には鉄格子。

私が寝かせられていたのは藁が薄く敷かれた石のベッドで、異臭を放っていた。それも相まって、頭が痛い。

ほとんど何も見えないというのに、ここがどこか私は理解した。

ここは、公爵の屋敷だ。

この地下牢を、私は見たことがあった。小さい時にこっそり入ったことがあったから。

あの時は怖いもの見たさで入って、迎えにきたサリーの足音に驚いて泣いてしまった。


思い出と同じように、どこからか、足音が響いて来た。

反響音が大きくて、それはどこから発せられたものなのかはっきりはしなかったが、人を確かめずとも推測できた。


「エンリル・ラモン…いや、お前は既に我が一族ではないな、魔物の子」


ランタンを持って牢屋を覗くのは公爵であった。


「ようやくお前をここへ連れてくることができた」


公爵はニヤリと不気味な笑みを浮かべると扉を開けて入ってきた。


「おかえり、公爵の屋敷へ」


ここはやはり、私が逃亡してきたラモン公爵の屋敷だった。

私はアルの屋敷で眠らされた。その間に、山も国境もまた超えてきたのだ。

私はまた地獄へと連れ戻された。


「いいな、お前の顔が闇に染まるのは。気分がいい」


公爵は私の頬を鷲掴み、つばをとばして言い聞かせてきた。


「これから、お前がとことん地獄を味わえるようにしてやろう。徐々に、壊してやる。お前は幸せになってはいけないんだ」


言い返したいのに。体も、言葉さえも、思い通りにならないぐらいに体が痺れていた。

公爵は何人か騎士を呼んだ。騎士たちは私の肩を持つと、牢屋から連れ出した。

地下の牢屋のさらに奥。光もなく、夜目が効いても、かろうじて足元が見えるだけだ。

足元をもたつかせながら、歩かされた。


急に移動が止まると、騎士の一人が公爵が持つランタンから火を移していった。

ぼっ、と大きな炎が、左右に同じ数だけ灯されたとき。地下の教会があらわとなった。

長椅子がたくさん並び、中央回廊の先に祭壇があった。

その向こうには、この国の宗教ではない偶像が。その絵は黒い影が描かれており、赤いものを食べているような絵だった。


「魔女狩りというのはお前も知っているだろう。今よりも昔は、魔力持ちが恐れられ、魔物の襲撃が魔力持ちによるものだと人は信じた。その時に崇められたのがザリアーという神だった」


公爵はわけのわからないことを一人で話し始めていた。

完全に頭がおかしくなっている。

まだ、エドワードとの婚約が決まったときのほうがもっとマシな表情をしていた。

不気味に笑みながら公爵は続いた。


「ザリアーは、赤を食う。赤というのは魔物の色を古来から指す。つまり、赤を持つ魔力持ちは、魔物の子。お前にこれが分かるかね?」


分かるわけがない。公爵の思考は完全にカルトのそれにハマっていた。


「こちらにはありがたいことに、ザリアーの神父様もいる」


神父と言われた人は、全身黒い服に覆われて、髪を肩につくくらい伸ばしていた。

これは、確かにこの国で昔、流行した宗派の格好であった。

しかそ、神父にしてはぶくぶくと太った体型であった。


ザリアー教。魔力持ちのことを魔女と呼び、残虐なことをした宗教。

サリーが教えてくれた、魔力持ちに取って恐れるべき国家宗教。


「この人は間違いなく“エレ”でしょう」


太った神父が、言い切った。

魔力持ちは“エレ”。それは異端。つまり、殺すべき対象ということ。


「おそらく、他の仲間の居場所も知っているはずです。吐かせた方がいいでしょうね」


「そうか。なら、まずは鞭打ちからだな」






エンリルが捕まって屋敷に拘束される三日前。


「リル……今帰った」


昼過ぎ、俺は屋敷に帰った。

仕事を早くに終わらせて、午後は屋敷の雑務をこなしながら、リルと一緒に二人で何かをしようと思っていた。

だが、リルの姿がいなかった。


「……リルは?」


執事に聞いた。彼は首を振り、城下町に行ったのではないのかと言ってきた。

外の狼もいないので、連れ出して町に行ったと。

だが、おかしくはないか。リルが城下町に行くにしても、彼女なら使用人に一言いったはずだ。

俺は腑に落ちなくて、屋敷の外を探すことにした。


「リル………リル………」


続けて呼んでいると、クーンという声が聞こえた。

鳴き声の方に行けば、屋敷からそう遠くない木に狼がいた。

狼が口輪代わりにと言わんばかりに口元に縄をグルグルまきにされていた。

首輪がされており、木から離れられないようにもしてあった。

それらを外してやると、狼は泣き叫んでいた。


「リルを……見てないか…」


なぜか、脳裏に狼の声が響いてきた。俺もリルと同じように、狼の言葉が分かるようだった。

今まで分からなかった狼の意思が、ハッキリと頭に入ってきた。


「ラモン公爵の臭い……だと?」


狼は捕まる時、二人の男から茶会の時に来た公爵と、同じ臭いがしたという。

嫌な予感がし始めていた。


まさか……まさか、そんなことは。


咄嗟に足が駆け、屋敷の部屋に戻り剣を手にした。

最低限の装備で、馬に乗り、狼と共に城へと戻った。王へ至急通すように言うと、王が慌てた様子で来た。


「リルが……リルがっ」


「クーン、クーン」


「どうした?とにかく、部屋へ来るんだ。狼もそう鳴くでない」


王は取り乱した様子の俺と、辛そうに鳴く狼を部屋へ入れると、まずは落ち着かせてきた。


「…ラモン公爵に…攫われてしまった…かもしれない…」


確証はあった。今、狼が鳴いて訴えているのだ。

馬小屋で寝ていると不意に変な匂いがして、それをかいだせいで体が痺れた。

意識はあるのに体が動かず、男二人が自分の口と首を縛ったのだ。

奥の木に繋がれながら、リルが捕まるところを見ていたと。

男二人に拘束されるときに、微かに、ラモン公爵の匂いがあった。


これも含めて、リルが帰ったらいなかったことを説明したら、王は目を丸くした。


「それは大変だ!すぐに兵を向かわせよう」


「だが…どうする……獣人たちが…国共付近に行けば……戦争と…勘違いされる……」


結局、何も俺はできないじゃないか。彼女を守ると言っておきながら。彼女は俺を守ってくれたというのに。

しかし、王は宥めるように言った。


「それは大丈夫だ。今は、第二王子のユルスフ殿もいるからな」


と、王が言うのと同時に部屋に入ってきたのはユルスフ殿下だった。


「盗み聞きするようですみません。我が国に兵を向かわせること、承知しました。すぐに王に知らせて、私からも兵をよこしましょう」


「……ありがとう…ございます」


「礼には及びません。エンリルさんのことですし。何より、相思相愛の公爵夫婦のことですから」


彼が顔を染めて言う。王はそれを笑ってみていた。


「どうやら、すぐに事は片付きそうだな。にしてもユルスフ殿の心を掴むくらいに、お前さんたちは相思相愛なんだな」


「王…それより……ラモン公爵の証拠を…集めなければ…」


「それなら、ニース」


ユルスフは、眼鏡の男を呼んだ。彼は人間の国で宰相を勤めているものだった。


「ラモン公爵には前から目をつけておりました。子を殺そうという疑惑はすでに、アルクトス殿の屋敷でも証言人が大勢います。それと、公爵領の金銭のやり取りで、帳簿を計算すると、大量のお金の支出が不明になっておりました。調べると、その先は、ザリアー教会へと払われています」


「とのことです。捕まえるには、十分でしょう」


ユルスフは微笑んだ。

本当に優秀な人だなと思う。有能な部下を見定め、その手に置く。やはり、彼には王の資格がある。


「ザリアー教会とは確か、人間の国でかつて流行っていた宗教だな。赤を持つ魔力持ちを迫害した宗教」


そこまで言って、王は口を塞いだ。

けれどそれはもう遅かった。ユルスフは既に引っかかっていて、興味を持ち始めていた。


「赤を持つ魔力持ちって、あ」


ユルスフの驚いた翡翠色の瞳が、大きく開いた。

俺は王のことを睨んだ。余計なことを言ってくれたことに、ボキボキと指を鳴らしそうだった。


「でも、なぜエンリルさんが。魔力持ちは絶滅したはずじゃないのですか?」


「その通りですよ殿下。ザリアー教会は非道で残虐な尋問を繰り返しました。捕まえた魔力持ちを一週間かけ、その身から血を抜き取り、最後には民の前で首をはねた。そうして魔力持ちを徹底して絶滅させました」


その言葉を聞いて、俺は全身の血の気が引いた。

彼女が魔力持ちだという話よりも、その身が危ないということの方が心配で仕方なかった。


「ごほん。お嬢さんは、魔力持ちの生き残りなんだよ。とにかく、お嬢さんの救助を優先しよう。しかし、ここまでことが決まれば話は早い。武力は、獣王国にとって誇るべきものだ。馬に走らせ続けて、すぐにでも公爵の屋敷へついてみせよう」


俺は頷いて、すぐにでも行くつもりであった。が、王に止められた。

集団で行かないと、不便なことばかりだ、と王にたしなめられた。

兵を編成し、道のルートを決め、食料を準備するのには半日はかかる。

だからこそ、俺にとっては、集団で行かなければならないほうが不便であるのだと感じた。


「俺は早くリルを助けに行きたいんだ!」


普段とぎれとぎれに話すことが多い声が、流れるように紡がれた。

王に、この俺の焦りの思いは分かっているのだろうか。

魔物の襲撃のときよりも、俺は彼女が心配でならなかった。

その姿も声も、あの時と違って近くにない。

その身が、俺の見えないところで危ぶまれているのは、相当精神的にくるものがあった。


今、俺の知らないところで何をされてしまっているのか。


ザリアー教は残虐な拷問をしていたと聞いて、拳が震えた。

王が懸念するところは、俺が単独で動いて、一人で獣化を暴走させることもあるだろうということ。そんなこと分かっている。

しかし俺がいくら言おうとも、王は引き下がらなかった。


「アルクトスよいか。騎士もいなければ令状ももたせられんぞ」


「…ックソ」


怒りに任せて、俺はその場にあった机を叩いた。

思いっきりではなかったのに、机が二つに割れた。


「ひっ」

 

ユルスフは息を呑んだ。


「アルクトス、昔の頃に戻っているぞ」


昔、卒業してまもなくの俺は今のようであった。

感情が高ぶると、暴言より物にあたっていた。

一時期、城にはさまざまなゴミがあったが、その残骸は全て俺が破壊したものだった時もあった。


「正気でいられるか…リルが…リルが…」


「あ、あの…アルクトス殿。なら、こうしましょう。我が国から兵を今すぐに出すようタカに便を持たせます。それで公爵の屋敷の近くに密かに待機するよう、兵に言っておきます。移動はおそらく、我が国の城から派遣して、三日かかるでしょう。アルクトス殿は今すぐにでも出発して、向こうの騎士と合流すれば」


「そうだ…そうしよう」


ユルスフの提案が、最善の策だと思った。

それによって冷静さを取り戻して、直ぐに出発することにした。

食べ物は非常食をいくつか城の倉庫から取り出して、革袋に詰めた。

その間にも、ユルスフが手紙を書いて送った。

俺は小さな王子に感謝を述べて、外の馬に乗った。隣には狼もいた。


「狼……リルを…助けに行くぞ」


「ガウ!」

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