番外編 贈物
□月□日
今日は城下町に行ったの。プレゼント交換の伝統があって、お買い物を楽しんだわ。本当、アルにはどういうものがいいか悩んだのだけれど。
王子たちの視察も終わり、いつの日かの冬の午前。
「うーん……どうしよ」
考えていても仕方ない。
私は城下町を狼と練り歩いているところだった。
今日は年に一度にある大事な人にプレゼントをあげる日、のために贈り物を買いに来たのだ。
アルは城に報告書を出しに行くと朝から出かけた。まだ昼になる前の今の時間がチャンスなのだ。
プレゼントはもちろん、アルに、バーグナーさんとタウさんに、王に、公爵家の使用人のみんなへ。
ハンカチの刺繍はさすがにこの量はできないから、普通に何かを買うことになるだろう。
バーグナーさんとタウさんには、マフラーを。
自慢のたてがみがある王には、マフラーの代わりにブランケットを。
使用人にも冬は寒いだろうから、それぞれ防寒具を買った。
あとはアルのだけだ。でも、なかなか決まらない。
万年筆や羽ペンはありきたりで、もっと特別な物にしたいのだ。
ペンダントなどは普段つけていないし。結婚指輪は私の色だと言ったルビーの指輪を、その時から変えたことはないし。最も、装飾品は戦闘には不向きだ。
「どうしたらいいのかな、狼さん…」
「クゥ〜ン」
そういえば、狼にもジャーキーを買ってあげたほうがいいだろう。
ジャーキーも贈り物として買いあげると、ある店で目が止まった。
その店はマネキンに下着を着せていた。
そういえば自分の下着が足りなくなっていたので、その店に足を運ぶことにした。
中には、ウサギの耳を頭からピンと生やした色っぽいお姉さんが二人。
「「いらっしゃいませ〜」」
元気よく揃った声。今まで見たことのないウサギの獣人は黒い肌を持っており、こことは違う国からやってきたように思えた。双子のように瓜二つで、彼女らは私の方にすぐに来た。
「お姉さん、いいスタイル!」
「こういうのはいかが?」
片方の人が持ってきたのはスケスケの下着。
これでは、着けている意味がないではないか!
「い、いや、こういうのは」
「じゃあ、これは?」
「お似合いよ!」
今度は、布の面積がほとんどない、ほぼ紐の下着。
店のショーウィンドウは健全なのに。ここはこういう店なのか。
外で待たせている狼を呼んで逃げ出したい。
そういう思いが滲み出ていたのか、彼女らは悲しそうな顔をした。
「お姉さん、こういう店はお嫌?」
「そうよね…わたし達、昨日開店したのに、全然買い手がつかないの」
しょんぼりと耳を垂れ下げて言った。
ウサギのお姉さん達が悲しんでいるのを見ると、さすがに動揺してしまう。
「ひ、一つだけなら」
「選ぶわね!」
「最高のを!!」
彼女たちは店の奥に行くと、すぐに出てきて私に下着を当てた。
あまりに楽しそうに彼女たちが選んで、ニコニコするから、その強い押しに負けた。
もう恥ずかしかったけど、買うしかなかった。
「お姉さんは番がいるのね」
「え、なんでそれを」
「しっかりマーキングされてるもの」
彼女たちは可愛らしく微笑んだ。
「首に噛み跡」
「俺のだ!と言わんばかりの臭いの付け方」
そこまで言われて、今日の朝ベッドでされたことを思い出した。
目が覚めて、ギュッと後ろから抱きしめられた後だ。恋しくなると言って、私の首筋に跡ができるくらいの噛み跡をつけた。噛み跡は、自分の所有物だという証明。
それを思い出してますます火照った。
「下着は女性の特権で武器よ」
「番さんに最高のプレゼントになるの」
プレゼント…
「絶対に着るのよ!」
「絶対に!」
二度も念押し去れて、下着は紙袋に入れられて渡された。
これは持ち帰るときに、死守しなければ。郵送で送ってもらったら大変なことになるだろうから。
外にいる狼と合流すると、そのまま馬車が待つところへと歩いた。
「…リル!」
馬車近くについたとき、アルが私の名前を呼んだ。城で勤めに行ったはずの彼が、ここにいるなど不思議だ。
「買い物だと…聞いた。仕事…終わらせたから……一緒に帰ろう…」
「そうね」
馬車に乗ると、アルは直ぐに紙袋に目をやった。
「何を買ったのか……聞かせてくれるか…?」
「そ、それは秘密よ!秘密!」
紙袋を背後に隠すと、アルは疑問に思いつつも特に聞いては来なかった。
屋敷に付けば使用人たちが昼食の用意をして待っていてくれた。
彼らには日頃の感謝を込めてプレゼントを用意した。夜には届くだろう。
午後はアルと庭園を手入れしたり、お茶を飲んだり、話をしたり。
いろんな趣味を共にしていたら、あっという間に夜になった。
使用人たちは嬉しそうに、届いたプレゼントの防寒具を身に着け、私を見かけると頭を下げてくれた。
寝室で眠る頃には
「リル……そういえば…今日は贈り物…」
アルもちゃんと覚えていたようで、彼は私に髪飾りをくれた。
金色の蝶々の髪飾りで、琥珀がはめこまれている。とてもきれいで、私はつけるのも勿体ないくらいのものだと思った。
「嬉しいわ!ありがとう。とっても綺麗ね」
「世界で一番美しい君に………一番似合うよ……」
彼は目を細めて言った。
「リル……俺には…?」
「あー覚えてはいるのだけれど。ちょっと、待っててくれる?」
いろいろと待っていてほしいが。
私は隠していた紙袋を取って、寝室についている脱衣所付きのシャワー室に行った。
すぐに着替えて、ローブを羽織った。
心の準備は……うう……十分なわけがない。
外に出れないで、数分。
「リル……大丈夫?」
「え、あ、う」
「…どうした?何か……痛いのか?傷が…痛むか?」
本気で心配し始めた彼に申し訳なく思った。
だって、体はどこも痛くなくて私の心の問題だから。
意を決して、脱衣所から出た。アルは少し不安げに私を見て、心配していた。
「リル…本当に……どこも悪いところ」
「ないわ。大丈夫…のはずなのだけど」
私は顔が真っ赤になった。もう、耳まで熱いから恥ずかしさも増した。
「アル。あ、あのね…引かないでね…」
私はストンと、白いローブを脱ぎ落とした。
床に落下したローブと同時に、体があらわになった。
紫色のスケスケの下着。胸にはワンポイントの小さな赤いリボンで、縁取りはフリル。
「……」
「店でね、店員に番が喜ぶから絶対着てって言われて。最高のプレゼントになるって勧められて。ごめん、やっぱ、恥ずかしい」
ちょっと涙目になってきた。
もっと、ナスタシアのように豊満な体ならもっと良かったかもしれないけど、細身の私には似合わないんだろう。
現に、アルは固まってしまっている。
「やっぱり、体が貧相だし、ナスタシアのように豊満だったら…」
言いかけたとき、アルは黙って私をお姫様抱っこして、ベッドに優しく私を横たえた。
まさか、無かったことにするのか。
それはそれで、心が持たない。と、思っていると、彼は目をそらしながら言った。
「これじゃぁ……満月じゃなくとも………襲ってしまう…」
満月は力が強い獣人は発情の日となる。
今日は新月。真逆の日なのに、彼は顔を発情の時と同じくらいに赤くしていた。
「私、似合わないんじゃ」
彼ははっとしたようで、私に唇を重ねてくれた。彼の舌が絡みつき、頭がますます熱くなった。
「……似合ってる…最高のプレゼントだ」
褒めてくれたのが嬉しくて、涙目のまま笑った。
「そういえば…背中…」
「傷跡?残っちゃったわ。そうね、この下着だとはっきり見えてしまうわ。女性がキズモノになると、夜の営みが減るって言われてるから、ちょっと悲しいかも」
「傷は……関係ない。減るわけがない……」
彼がいつもより力強く抱いてくる気がしたので、私は思わず寝返りをうって少し避けた。
「…焦らすな」
うつ伏せになった私の背中に、アルの荒くなった息がかかった。
背中に温かな感触がするのは、アルが口づけをしているからだ。
傷をなぞるように、静かに施してきた。
「は、恥ずかしい」
背中でさえこんなに恥ずかしいのだから、胸の方にいけばもっと恥ずかしくなるに違いない。
「傷……俺のせいだ…」
「そんなに、悲しまなくていいわよ。この傷のおかげで、あなたの命が助かっているんだもの」
胸にある思いを打ち明けたくて、私は起き上がって彼の目を見つめた。
ハチミツを含んだ金の瞳は甘く熱を帯びた目。
「いつだって、私があなたを守るわ。獣人で最強と言われていても、あなたを守るのは私よ」
頬を撫でた。私が彼の頬を包めば、リンゴのように染まっていった。
「リルは…優しいな…。優しい君を守るのは……俺だから…」
そういうと、私の首筋にまた甘噛みしてきた。
鋭く尖った犬歯が、ハムハムと肉を優しく噛んだ。
「こんな下着……俺にしか…ダメだからな…」
アルは私を強く抱いた。
空には月こそ見えないが、冬の雪が光を反射し、部屋を薄明るく照らしていた。




