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怨恨

応接間にアルと急いで赴いた。王族を待たせるなど、やはり不敬罪だ。

しかし、遅れたことに対して私たちは謝る機会を失った。


「本当にすいません」


部屋に入ってすぐに、第二王子ユルスフは頭を下げてきたからだ。

王族は簡単に頭を下げないようにと教育されているのに、彼は腰を深く折った。

ほとんどが彼の兄である、あの王子の尻拭いのようなことなので、私は顔を上げるよう促した。


「第二王子殿、あなたが謝るようなことではないのですよ。どうか、悔やまないでください」


微笑んで、彼に続けた。


「貴方様のご活躍はお聞きしておりますわ。それは主人も同意見ですの。私達は寧ろ、貴方様に期待して応援させていただきたく思います」


彼には胸を張ってほしい。

顔を上げた第二王子に、私は再び微笑みを浮かべた。

ユルスフは泣き出しそうなのか、私の顔を見て頬を赤くし、目をそらした。


「あの……いつか、私にもあなたのように素敵な人が、側にいてくれるようになるでしょうか」


そうか、この方には婚約者がおられなかったな。

自分より三つ年下の少年。まだまだこれからの出会いがあるだろう彼に、答えた。


「もちろんです。第二王子殿は、まだお若いのですよ。恋もたくさんして、ゆっくり決めればよいのです」


アルとこうして結ばれたのは十八歳。優しく聡明なユルスフ王子はまだ十五歳なのだから、これからだろう。


「そ、そうでしょうか。あの…公爵夫人のことを、エンリルさんとお呼びしても?」


まだ三歳年下の男の子が言うわけだから、可愛く思って私は大いに頷いた。


「いいですよ」


「私のことも、ユルスフと呼んでくれれば」


「ユルスフ様、ですか?分かりました。ここ、獣王国にはすばらしい文化と伝統があります。異国の私も、たくさんの獣人に良くしてもらいました。どうかこの国を、満喫なさってください」


そう言ってから、互いに応接間のソファに座りちゃんと談話を交えた。

ユルスフ様は番というのがとても気になるらしく、しきりにアルに聞いていた。おそらく、まだ恋というものが分からなくて気になっているのだろう。


「番に初めて会うと、どう思うのですか?私はまだ誰かに落ちたことがなく」


「そうですね……心臓が痛くなります…。どうしようもなく熱くなり……自分のものにしたくなる……ずっと愛でていたくなる…」


「愛情表現とかはどうなのですか?こう言っては失礼なのは承知ですが、異種族間だと表現の仕方も違うのかと思いまして」


グイグイ聞くユルスフ様の瞳は輝いていた。それほど興味があるのかと、私は微笑ましく思えた。

と、急にアルが私のことをお姫様抱っこのような体勢で膝の上に乗せ、腰に腕を回してきた。


「ア、アル、急に何するのよ」


「リル……ユルスフ様に…説明しなくては…」


「説明なら、言葉ですればいいじゃないの!」


「いえ、目の前で行なってくれるなら、貴重な情報です。特に、獣人と人間の番など、今まで類がないと言われていますし」


ユルスフ様は学者のように観察する気満々だ。


「ほら…リル……俺にいつもするように…」


もう、私がするしかないのか。

恥ずかしいけれど、腰を少し捻って彼の頭の上に手を伸ばした。

頭の上にあるクマの耳を触る。指で挟んでムニムニと押したり、撫で撫でと耳の後ろを撫でた。

彼の毛質は相変わらず気持ちよくて、彼の金の瞳と目を合わせながら触った。

指の中でピコピコ動くアルの耳は、憎らしいほどに可愛い。


「なるほど。獣耳や尻尾は確かに、獣人にとって大切な人にしか触らせてないのですね」


「そうですよ。さあ、ユルスフ様もこれで満足」


「いいや……まだ俺が満足していない…」


「アル、あなたの意見は聞いてないわ。ね、もうユルスフ様、十分でしょう?」


しかし、ユルスフ様はまだ気になるような目をして言った。


「実は、愛する人を見つけてもまだ、どうすれば愛情を注げるのか分からないのです。王子だからとのプライドで、恋愛小説の本を借りれなくて困っているのです。今、ここには私たちしかいないので、できれば体現してほしく思います」


真剣な顔だった。もう、状況が完全におかしい。

王族の前でこんないちゃつかないといけないのも。ユルスフ様が教えてくれというのも。


「特に最強の獣人と名高いアルクトス様が、どのように番に接するのか。ものすごく気になるのです」


アルは番に深い愛情表現をすると、城下町でも噂されるくらいだ。

公爵夫婦は思い合う理想の夫婦。アルの愛し方は獣人の模範。

確かにそう言われてるけど、王族のまして年下のユルスフ様に見せるようなものじゃない。

困っていると、アルが私の首を舐めてきた。


「ひゃいっ……アル!」


こんなの間違ってるよ。

人前でいちゃつくなんて。まだ手を繋ぐとか、軽いキスくらいならいいけれど。

私はできるだけ離れようとアルの逞しい胸を押し返すが、アルは全くもって平気そうだ。


「リル…リル…リル……」


低い声が耳元で何度も私を呼んだ。求めるように呼んだ後、彼は私の敏感な耳を甘く噛んだ。

顔が一気に熱くなるのを感じた。


耳さえも赤くなるエンリルの姿に、ユルスフは唾を飲み込んだ。


「ほ、本当に、ダメだって」


体中の血液が燃えるように巡って、手が汗ばんできた頃にアルは私から顔を離した。

それから切り替えるようにして、ユルスフ様に向き合った。

いつの間にかユルスフ様は姿勢を正して真剣に見ていたようで、説明が終わるとようやく肩の力を抜いた様子だった。


「こんなものより……いつもはもっと……」


「こ、これよりもですか」


「はい…当たり前です…。彼女は…生涯の…いえ…魂の番ですから」


アルがユルスフ様に笑みを浮かべた。


「も、もうすぐ、私もいかなければならないようです。今日はありがとう。その、貴重な情報を」


ユルスフ様もとい、第二王子のユルスフの背を見送った。

別れ際にユルスフ様の顔が赤くなっていたのに、私は本当に恥ずかしいことをしたと思った。

あんな、弟みたいに年下の子に。アルとの愛情表現を目の前で。


「でも、可愛いかったなあ」


「………俺は…かわいくないか…」


心の声が口に出ていたようだ。

しょんぼりして、耳を垂らすアル。

体格こそ大きくて立派なのに、私の前でそういう表情を見せるから、ますます愛おしく思えた。


「アルも、可愛いって思うわよ。だって、こんなに耳が素直だし」


頭の上にある耳が、ピクリと反応した。


「それに、愛おしいって思うかな」


私は彼の腕に手を回した。先程、ナスタシアに触られていたところだ。

ああいう女性に張り合う必要などないと思いながらも、上書きはしておきかった。

ないような胸もギュッと押し当て、太い腕を抱いた。


「っっっっっ……リルの嫉妬が……たまらなく…可愛い」


ほら、そうやってあなたは頬を染め、耳を忙しなく動かすの。

照れて目を逸らすアルを、私はナスタシアを参考にして上目遣いで見た。

アルは目を逸らす中、チラッと一瞬だけ私と目があった。


「は…反則だろ……」


「ふふっ。そういうあなたが、可愛いのよ」



玄関先で見送った後に、いちゃつく旦那様と奥様。

「ハアア、今日も二人が尊いです」

「甘すぎます、公爵夫婦」

使用人達は今日もため息しながら、公爵夫婦の二人にチョコのように甘いものを感じるのだった。







「ここは…」


「公爵殿!ここは、お城です」


そうか、私はあの獣にやられたのだな。

受け身をとったのが幸いして、背中を強く打って、湿布を貼るだけで済んだ。

それにしても、あの愚かな者が生きているとは。

私の妻はあいつのせいで死んだ。

愚かな子…いや、魔物の子だ。


あの日、私の愛する人が死んだ日。

屋敷の外から悲鳴が聞こえた。妻の声だと思い、急いで悲鳴のする方へ行った。

そこには、頭から血を流して倒れていた妻がいた。急いで医者を呼ぼうとしたが、彼女はそれを掠れた声で拒んだ。

どうしても呼ばないでほしいと。

傷だらけになった愛する人が、自分の腕の中で息を引き取った。

悲しさで涙を流していると、近くにいた我が子に気づいた。

傷はないか、妻のように傷ついていないかと心配して見た。

しかし無傷の子供は、無邪気に笑いかけ、鳥の魔物と遊んでいた。その子に従順な態度で、魔物は囲うように擦り寄っていた。

愛する人の赤髪よりも濃い色をしたその子供は、魔物と共に赤い目を細めて笑っていた。

その表情と、腕の中で息を絶やした妻を見比べた。

妻にできた傷、それは爪でえぐられたような傷だった。魔物のせいだとすぐにわかった。

魔物と楽しそうに遊ぶ目の前の子供に、私は恐怖と憎悪を感じた。


あの光景は今でも忘れない。


「魔物の子…殺してやる…」


魔力持ち。

城の書物を読むうちに知っていたが、あいつがそういう能力かもしれないと、つい最近になって私は考えるようになった。

人間の国では魔力持ちは異端、迫害の対象。

その非人道的すぎる行為をしたことに、かつての人は徹底的に歴史学から魔力持ちを消した。


非人道的な行い、それは魔力持ちの拷問にあった。

国民の前で首を切り落とす前の一週間。地下牢に繋ぎ止め、少しずつその血を抜いていく。

その血は魔を操ると言われ、瓶に詰めて日光に当てなければ腐ることがない不思議な血だ。

今でも、迫害した時の拷問で出た大量の魔力持ちの血が、魔物の襲撃に対して使われている。その血は城下町の外に撒くだけで魔物が大人しく帰っていく夢のような力を持つ。

そのことは、国の重要な立場に就く中でも、ほんの一握りしか知らない情報だ。

実際、その何年も前の血がヒューテルでは使われており、魔物の襲撃の調整を行なっているからだ。

やはり、魔を操る力は恐ろしいと、私は思った。


「幸せになる資格など…お前にはない」


不穏な空気が漂っていた。

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