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遭遇2

ヴェールを外した。

お父様はなぜかエドワードの側についていないし。何よりも、エドワードの馬鹿にするような発言に憤怒し、ナスタシアの行為へ憎悪を抱いたからだ。

ヴェールが庭園の青い芝生の上に落ちた。側に座るエドワードと目を合わせると、彼は大きく青い瞳を開いて見せた。


「お前は」


「エンリル・ラモン。この名前に聞き覚えがないとは言わせないわ」


「エンリル……って、あなたエドの元婚約者じゃ」


ナスタシアも驚いて、今度はエドワードの腕に絡みついた。なんと浮気性な女なのだろう。

周りに気を使わない男にはろくな女もよってこないのだろうか。

私は今までにない侮蔑を含んだ目で、席に座る彼らを見下ろした。


「そうよ。この前の夏、あなたに婚約破棄された公爵の娘よ」


「っ…」


バツが悪そうな顔をするエドワード。ナスタシアは少し焦りながら私に言い放った。


「あなたまさか、エドからアルクトスに鞍替えしたの!?」


「鞍替え?笑わせないでほしいわ。あなた達が先に私を裏切ったのよ」


先程は困惑していたアルクトスも、今はちゃんと私の隣に立ってついてくれた。

彼の方を見ると、優しい金色の目で返してくれた。

俺もついている。

そんな風に温かな目で私を見て、またお互いの指を絡め取った。


「エドワード殿下、あのときは私もどうかしていましたわ」


「そ、そのようだな。全く、お前のせいで私は、父上にこっぴどく叱られて」


「十八年間あなたに尽くそうと、働いていた自分が今となっては阿呆臭い。あなたに婚約破棄されて、私は死のうとまで考えましたわ。でも、全部全部無駄でしたのね。あなたは罪悪感も何も感じてなさそうだもの。学園の頃に戻れるのなら、アルをもっと大事にしておくべきでしたわ」


私は隣のアルを再び見た。彼はどんどん熱の籠るような目をして、私の額にキスをした。

それだけで、心は溶かされそうだった。


「な、なんだと!?お前は、いつも無愛想で私のことなど気にも止めなかったではないか!」


エドワードは私の嫌味を汲み取って、言い返してきた。

こういう自分が罵られることに対しては、彼は敏感なのだ。


「無愛想、そうですか。あなたのためにと、王妃教育に追われてながらも、あなたの分の宿題をしていたのですよ。その私に、あなたとの交流の時間がありまして?」


「うっ……」


「嘘!エド、宿題をやってもらっていたの!?」


ナスタシアががっかりした目でエドワードを見た。

そうだよナスタシア。あなたが私から奪ってくれた人は、王子だからと己の責務を全うするわけでもなく、ただ自分の我儘に忠実なだけの人だ。


「だ、だが、お前だってこうしてアルクトスの番をしているではないか。俺と同じだろう」


すると、今度はアルが口を挟んだ。


「リルは……俺が無理に攫った………あまりにも相性が良く…卒業して…苦しい思いをしたから…」


アルが私の頬を触って、唇に軽く口づけをした。

こんな人前で…しかも王族の前でするなんて。もう色んな意味で心臓がドキドキして飛び上がりそうだった。

ナスタシアはそれを再び鬼の形相で見ていた。

顔を熱くしながらも、私たちは彼らに向き直った。


「アルクトス、考え直したほうがいいわ!その人は、学園で弱い立場の貴族をイビっていたのよ」


そんなこと、一度も身に覚えがないのに。

ナスタシアは先程の私よりも嫉妬にかられたように、ないことを言いふらした。

アルクトスが私から離れるようにしたいのだろう。

でも、私はそんなことは最初から心配はしていなかった。


「俺は…リルのことを…ずっと見ていた…。だからわかる……そんなこと…リルはしていない……」


「本当にそうかしら?その人が裏でやっているところまでは見れないのじゃないかしら?」


「同じ学園…同じクラスだった……。リルは…授業が終われば…王妃教育………補修まで受けて……。よく…俺にも教えてくれた……」


そういえば、そんなこともあった。彼はスイッチが入ったのか、誰も知らないようなところまで鮮明に話し始めた。


「リルは…口が小さいんだ……舌も可愛くて………アイスクリームを…頬張る姿は……ずっと見ていれられる。何度も俺は…リルを食べたいと思った…」


「ちょ、アル、もう良いわよ!そんな話までしなくっても」


「いいや…まだあるんだ。君は意外と…不器用なところがあって……図書館で読んだ本を返すとき…戻す場所を忘れるんだ。そういうのも…可愛くて……一緒に本を返してあげたな…」


そんなこともあったな。いっつもたくさん本を取るくせに、私はいつもどこに置いてあったのか忘れるから、苦労して探す羽目になっていたのだ。でも、アルがよく助けてくれた。どこに何の本が置いてあるのか全て把握しているらしい彼は、私の腕から本を取り上げて全部戻しておいてくれた。

思えば、あの時から彼は私のことを好きで、あんなに優しくしてくれていたのだろう。

嬉しくって、私は隣のアルの目を見て笑った。

対して、二人で思い出に浸っているところが悔しかったのか、ナスタシアは席から立ち、どんどん狂ったように文句を口にした。


「こんな貧相な娘が、ハンサムなアルクトスの番になるなんておかしいわよ!!どうやってアルクトスをたぶらかしたのか知らないけれど、胸もなければ、不吉な色の赤色をしているのよ!?まるで血で染まった悪魔みたいにね」


ヒステリックを起こした彼女は、息も絶え絶えになっていた。

ふと、隣で魔の気配を感じた。一瞬魔物の狼の気配かと思ったが、狼は今第二王子をひっそりと見張っているはずだからこの気配ではない。


「な、なにアルクトスが」


ナスタシアは目をお皿のようにして私の隣を見た。エドワードも息を詰まらせている様子だった。

視線の先には、大きなクマ。焦げ茶色の毛皮を持ち、太い足で立ち上がる獣化したアルクトスがいた。


『グオー……グルルヴァアアア』


怒ったように、彼が威嚇の声を出した。天に向かって咆哮する彼は、ギラギラとした金眼でナスタシアとエドワードを捉えていた。

彼もまた、私が侮辱されることに腹を立ててくれたのだ。そのことが、私をより嬉しくさせた。


「いやあああああああ!化け物!近寄らないで!!」


金切り声を上げるナスタシアに、私は声を荒げて訂正させた。


「化け物とはなんてことを!!アルを侮辱することも、獣人を侮辱することも許さないわ!」


追い打ちをかけるように私が言うと、ナスタシアは席に座って泣き崩れてしまった。

最初は色っぽいとも思ったのに、こんなのと張り合うことなどなかった。

獣人を馬鹿にするなど、人間の風上にもおけない。もっとも、アルを侮辱するなど地獄にいってしまえばいいのに。

一瞬そんな考えが沸き起こり、自分の考えに戸惑った。ここまで彼に依存しているなんて、私はもう手遅れじゃないか。ナスタシアに抱いた嫉妬の心も、私が彼を狂愛し始めている証拠ではないか。

自分の強い思いに気づいて戸惑っていると、今度はエドワードが席から立ち上がった。

彼なりに必死に楯突こうとしたらしいが、足が子鹿のようにブルブル震えていた。


「や、やめろ、もし食うなら俺は食うな。肉は美味くないし、ナスタシアの方が美味いぞ」


ここまできて、愛人の手を捨てて自分だけが命乞いとは。

こんな男に、私は大切な十八年間を奪われたのか。


幼少期から青春のあまりに貴重な時間を、こいつのために捧げた。

学園の令嬢からの嫌味を含めた言動にも耐えてきた。

普通の女の子のように、町に出かけて歩いて買い物を楽しむことができなかったのも。

アルに恋をしてどうしようもなく熱い思いに、そっと蓋をした。その思いと、日々の忙しさに板挟みされ、何度も一人で泣いた。こんなに苦しくてもどかしい思いも。


全ては、こんなやつのためにだったのか。


「エドワード、改めて失望しましたわ。あなたとお別れできたこと、心から感謝申し上げます」


私はスッと胸の中から悩みが消えていくのを感じた。

もうエドワードに対する裏切られて負った傷も、トラウマも、全て流された。

清らな気分でいると、大勢の人影が茶会の会場の脇から入ってきた。


「何事だ!!」


最初に声を出した人が、他の人より一歩進んで出てきた。

長い黒髪に、キリッとしながらも落ち窪んだ黒い目。肌は雪のように冷たい白。高い身長、あまりに痩せている体格。

私が見間違えるはずなどない人物だった。あまりに、見覚えのある人だった。


「っ!」


ヒュッと息が詰まった。

頼むから誰かこれが夢だと言って。目を覚まさせてほしい。

相手も同じように気づいて、私を見た瞬間に酷く動揺したあと、激怒の表情を表した。


「…エンリル」


「…お父様」

 

お父様はエドワード達を退避させることさえ忘れて、私から目を離さなかった。


「愚かな…なぜこの場にお前がいるんだっ。なぜ生きているっ。答えろっ!」


死んだはずだと思っていた娘がここにいる。そんな顔だった。

焦りと怒りが混じった声がその細い体から、激した声が荒く響いた。

その声は私への殺意も含まれており、私の足をさらにすくませた。

でも、覚悟したんだ。

隣に立つクマの姿をしたアルを見た。

この人の隣に立ちたいと、もう脅かされて生きていくのは嫌なんだと。


「お父様…いいえ、もうあなたは父と呼ぶべきではないみたいです。公爵、私は逃亡してようやくこの地を見つけたのです。何度も殺されかけながら」


もう既に、目の前の人物が父親でないことを認めていた。公爵自身、私など娘だと思っていないだろうから。

逃亡する際使わされた刺客の存在を、公爵は認めた。


「そのはずだ!フリーガーにお前を殺すよう命じたからな。だが、帰ってこなかった。お前に殺されるわけがない。ならば、フリーガーは私から離れて行ったのかと思ったが、お前がいるということは…」


公爵は獣化したアルを見て、納得したようだった。

 

「私はようやく居場所を見つけたのです。もう、関わらないでもらいたい」


心から願った声で交渉を試みるも、それは叶わなかった。


「お前は幸せになってはいけない。そうだ、この私を二度も失望させたんだ。私の妻が亡くなったのも、お前のせいだ」


公爵もまた、エドワードと同じように独り歩きして、頷いた。その目にはもう、私の姿など映っていなかった。


「私がこんなにも不幸になったのはお前のせいだ。お前など、生まれてこなければ」


公爵は私の方へ足を向けてきた。


「…殺してもいいよな」


剣を鞘から抜き出して、そのまま飛びかかってきた。

アルは振り上げられた剣の、その一瞬を見切って、公爵の剣を咥えて噛み砕いた。その直後に公爵の体を体当たりで突き飛ばした。

その力は見事なもので、公爵が吹き飛ばされて当たった屋敷の壁が、めり込むぐらいのものだった。


「公爵殿!!」


周りの騎士達が公爵の方に駆け寄った。今回は、明らかに向こうから剣を出してきたから、向こうに非がある。

アルが尚も追撃しようとしたので、それを私は止めた。クマの頭を胸に抱き寄せ、頭をたくさん撫でた。


「ありがとう、アル。ありがとう」


怖かったけど、公爵に立ち向かうことはできただろう。クマの頭を撫でまくると、いつの間に人に戻っていたのか、彼の髪がボサボサになってしまった。


「あ、ごめんね」


「いや………もっと…撫でても」


照れくさそうに言うから、いつものアルと少し違うなと思った。いつもなら、彼から近寄るのに、今日は私がたくさん彼の方に近寄っていた。

また私から指を絡めて彼とその場を離れた。後のことは、優秀な使用人に任せた。


その後、公爵は気絶したままで、ヒューテルの騎士に連れられていった。

すっかり怖気づいたエドワードとナスタシアは、早々に獣王国の城へと戻っていった。

第二王子のユルスフは残って事情を聞いたあと、私たちに話があると、応接間で待っていた。

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