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遭遇

□月□日

不快なお茶会でした。エドワードの新しい奥さんが、アルにベタベタしてて、私はかなり怒っていたのよ。


すぐに用意を始めると思った以上に余裕ができた。王子一行は正午に来るからそれまでの間にすることはないだろうか。アルは王子の出迎えに行って、私は屋敷で留守番だ。茶会と同時平行で、使用人たちが第二王子ユルスフの相手をするそうだ。

酷い話で、第一王子エドワードはいつも弟を邪険にするのだ。

アルからその話を聞いて、エドワードはまだそういう一面を持っているのかと呆れた。

確かに弟の方が王位継承権にふさわしい


おそらく、お父様は第一王子の方に来る。第一王子が正室の子であるがために、王位継承権に一番近いし。

何より、第一王子の方が、これからの実権を乗っ取りやすいからだ。

賢いお父様なら、第一王子エドワードを取るだろう。


玄関先で私は立って待っていた。こういうことも、アルの奥さんでないと出来ないことだ。

少しばかり幸せを噛み締めていた。

アルが早く来ないか…いや、王子には早く来てほしくもないと矛盾した心が、胸をキリキリとさせ、より一層長い時間に感じた。

遠くの方から馬車が見え、アルが先頭を率いているのが見えた。

正装を着ているアルは相変わらず格好良くて、私は少し口元が緩んだ。

私の前で馬から降りたアル。そのまま私の手をとって、手の甲にキスをしてきた。

まるで、本当の王子様みたいだ。


「リル……顔を…見れないのが…悲しいよ……」


「そうね。私もあなたのかっこいい顔をよく見たいけれど。でも、ヴェールはしておかないと」


私の正体をあらわすかは、お父様がどう行動するのか次第だ。

このヴェールで自分の顔を極力見せず、できるだけ正体をかくすためだ。

でもヴェールというのは、視界がかなり悪くなる。アルの顔をもっとはっきり見たいのに。


アルは耳をピコピコ動かしながら頷いた。


「かっこいいと…思ってくれているんだな……嬉しい。俺に…君のかわいい顔を…見せてほしい…………でも…他のやつには……リルを……見せたく無い…」


「こ、こんなときまで、何惚気けたことを言ってるのよ!」


「ああ……誰にも…見せたくないくらい……君が好きだ…」


今、心底ヴェールで顔が隠れていて良かったと思った。

でないと、今の真っ赤な顔が他国の使者にも見られてしまうところだったから。

私はアルの腕に手を絡めて、遠くから来る馬車を出迎えた。

屋敷の前で馬を止めた馬車は扉を開けて、使用人が足下に踏み台を設置した。


「おお!ここが屋敷か!」


エドワードの声がした。

あまりに馬車から能天気に降りてきた彼を見て、私は少し呆れた。

愛人を作り、婚約破棄した男が、こんなにも悠長そうにしているのかと、失望した。私の十八年を壊しているというのに罪悪感の欠片もなさそうだった。

もう少し、反省してくれてもいいじゃないか。


「ナスタシア、降りれるかい?」


ナスタシアというのは、侯爵の娘だ。私からエドワードを奪い取った人である。

彼女は私が学園で妃教育に追われる間にできた愛人だ。アルもその現場を学園で見たそうだ。

エドワードに結局、エスコートもされなかった私。

彼にエスコートされるぐらいなのだから、どれほど愛されるような人柄なのだろうか。

婚約破棄をされたときには、姿を見せてくれなかったものだから、容姿も分からなかった。


エドワードに導かれて降りてくる女性は、一歩一歩足を地に下ろすと、直ぐに姿が見えた。

薄茶色の髪と瞳は艷やかに輝き、白く豊満な体をさらに浮きぼらせるかのドレスを着ていた。


「ありがとうエド」


ゆっくりと瞬きして色っぽく答えた。言葉を放つたびに、その厚い唇が動いて、私は思わずつばを飲んだ。

ぱっくり開いた胸元から谷間が見えていた。


「兄上は後から来る。先に茶会を始めてしまおう」


弟の第二王子を出迎える前に、エドワードは自分の目的を優先してしまった。

彼はいつもそうだった。やりたいことを周りに気も使わずに始めてしまうのだ。

庭園の用意した席に案内すると、エドワードとナスタシアが先に座った。

私がナスタシアの隣に行こうとすると、彼女は止めてきた。


「できれば、アルクトスが隣に来てほしいですわ」


不躾な要望に、私はムカっときたが、アルが私の肩に手を置いて頷いた。

承諾するという彼は、もしかしたら巨乳の方が好きなのかもしれない。

ないような胸に私は視線を落とし、しょんぼりしながら言った。


「では、改めまして。私は」


「アルクトスは最強と謳われる殿方なのですわよね?ぜひとも、腕に触ってみたいですわ」


私を紹介させる気はないらしいナスタシアの手が、許可も出していないアルに伸びた。


「……」


「まあ!なんと、筋肉質なのですか!素敵ですわ!」


彼女はアルの腕周りをその細くて白い指でなぞった。

頬を赤らめて、まだ触り続けるナスタシア。アルが黙っているのは、耐えているのか、はたまたこんな美女に触られることに動揺しているのか。


その手で私のアルに触らないでほしい。

確かに肉体的な美は向こうが上回っているが、アルは私のものなのに。


と、私の片手を温かくゴツゴツした手が覆ってきた。アルが片方の手をテーブルの下に忍ばせて、私の手を握ってきたのだ。

アルの金の瞳と目が合った。熱の籠もった目だった。


そうよね。わかっているから大丈夫よ。


応えるように、私は彼の手を両の手で覆った。


「ナスタシア、それくらいにしておいて。アルクトスの番はあなたで…間違いないんだな?」


エドワードは私を珍しいものでも見るかのような目つきだった。

私とは気づいていないようなのは幸いだが、エドワードの確かめるように言ってくることが胸に刺さった。

そこまでアルの隣に相応しいような人として、見られていないのだろうか。


「ヴェールを脱がないのか?」


「はい。少し陽に弱く、顔に光が当たりますと、皮膚が痛むのです」


「獣人じゃないのだな。どこの国出身だ?まさか、スラムからか?それなら出身を答えることなどできなさそうだな」


スラムなど、そう安易に言う言葉として使うものではない。国の経済がうまく回っていないから、ヒューテルの国は獣王国シリーナより社会格差が酷いのだ。

社会格差を広げるのは、貴族界の腐敗と、有能な王がいないからだ。

何より、スラムの人を救おうと誰一人として考えないのが大きかった。貴族は自分の懐にお金を集めて、贅沢に自分のことに使うので精一杯なのだ。

その腐敗も、この王子には見えていないのだろう。

エドワードはそれからも一人歩きするかのように、一方的に続けた。


「傷跡があると聞いた。もしかして、それを隠すために被っているのではないか?恥じているのなら、恥じなくてもよい。ぜひとも顔はよく見せてほしい」


またしても、エドワードは爆弾発言をした。

失礼なことを何発繰り返せば、エドワードの気は休まるのだろうか。

はあ……ナスタシアも、アルの腕から早く手をどけてほしい。ヴェール越しにナスタシアを睨めつけた。

ストレスが溜まり、気持ちがふつふつと煮えたぎり高ぶってきた。


もうすぐ限界だ。そんなときに高いトーンの声が響いた。


「エド、違いますわ。きっと、アルクトスが魅力的すぎて、恥ずかしくて顔を見せられないのです。いいのですのよ夫人。アルクトスは格好いいですし、お気持ちはお察ししますわ」


「あ」


アルが言おうとしたので、私は彼の手を優しく撫でた。

出そうとした声を引っ込めて、彼はただ私の方ばかり見て、辛そうな顔をした。

私の代わりにと、怒ってくれているのはわかっているけど、まだここで、怒りに任せて言うべきではない。

それに、ナスタシアの言うことには一理あるのだ。アルはすごくカッコイイし、本当に魅力ある人だから。

時々自分が、こんなに素敵な人の隣にいれるのが怖くなる。でも、いつもアルが抱擁して、そんな気持ちになるのを吹き飛ばしてくれるのだ。

本当に良い人で、私の大好きな人だと。私たちはテーブルの下で指を絡めた。


「そうかナスタシア、お前のせいかもしれんな。お前があまりにも美しいから顔を見せられないのではないか」


「そう?一応我が国で随一の美女とも言われているからかしら。アルクトスも…私を綺麗と思いますか?」


彼女は無駄に腕で胸を持ち上げた。ナスタシアは、上目遣いで、アルを見ていた。

あ、あんな上目遣い反則じゃないか。巨乳でありながら、ちゃんと男性が喜びそうなことも知っているとは。

ただただアルがその大きな胸に目が釘付けになってしまわないか、怖くなった。

でも、依然としてアルクトスはナスタシアに対しては無関心を貫いて見向きもしなかった。

ただ一言


「ナスタシア様より……美しい人を………私は知っています……」


そう呟いて、私の方に金色の目を向けてきた。本当にこの人は、嬉しいことを言ってくれる。

絡めた指に力がこもった。

ナスタシアはすごい形相で私を睨んだあと、すぐに笑顔を取り繕って猫なで声で言った。


「そういえばエド、今日は狩りをするところも見れるって聞いたわ」


「ああ。狩りには私も自信がある。どうだ、茶を飲み終わったら狩りにでかけないか?」


女の変貌というのは怖いものだ。それだけ仮面を被っていて、よく疲れないものだと思った。

それより、狩りをするなど一言も約束していないが。


「狩りには…準備が必要です……。今日は…茶会のみとの……約束です…」


「そうか。と納得すると思うか?なぜ狩りの準備をしない。茶会のあとは狩り、その後は食事であろう?」


エドワードは逆ギレしてきた。

いつもそうだ。自分に納得がいかないとすぐに人に発散する。

なぜこんな人を私は当時、尽くしたいと思ったのか。なぜ愛したのだろうか。

この人に愛されたいと、なぜ永遠の愛を願ったのだろう。こんな人となどと、永遠は誓いたくない。

こんな人に人生を壊され、一度本気で死のうと思った自分を哀れんだ。

今はもう第三者となったから、この王子をものすごく冷静に見れた。


「アルクトス、ぶをわきまえてくれ。それとも、獣人などはそういうことをしないのか。全く…獣人の公爵など大したこともないな。これなら、最強と呼ばれるのも疑われる。王族の護衛騎士と同程度なのではないか?」


と、エドワードが続けていった。私は、奥歯を噛んだ。ギリリという音が鳴った。


「来たのがバカだった。ナスタシア、今からでも遅くない帰ろう」


「それなら、アルクトス。城下町にあなたもついてきてちょうだい」


ナスタシアが胸をアルにくっつけた瞬間、頭に血が上った。もう限界だった。


バン!


机を手で思いっきり叩いた。紅茶を入れたばかりのカップが、カチャカチャと音を立てた。


「限界だわ、こんな茶番……」


動揺する三人。アルまでも私の様子に困惑しているようだった。三人の視線は私へと交わっていた。

私はヴェールを己の手で外した。

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