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花の番

アルクトス視点です

「リル……」


俺は目の前の愛おしい人の頬を撫でた。

月の光が差し込み、彼女の顔を薄く照らしていた。

柔らかい頬は、傷を負った時より幾分か温かさをとりもどしていた。


バーグナーに今日、言われたことを思い出した。

俺よりもずっと華奢な体をしているのに、俺を守ってくれた。

君の覚悟が、俺の命と民の命を救ったんだ。本当にどうしようもないくらい優しい心を持っている。


「ありがとう……」


俺も覚悟して、君を信じて目を覚ますのを待つよ。


咄嗟の判断でかばってくれたこと。バーグナーは、相当相手のことが好きじゃないとそういう行動はできないと言っていた。

自分は彼女に愛して貰えているという自覚はあった。けれど、自分の身を犠牲にしてまで守ってくれるほどだとは思いもしなかったんだ。それほど、彼女は俺を愛してくれている。

気づいた時、俺は幸せ者だと思った。一目惚れして、長いこと思い続けてきた相手に、俺も深く愛され結ばれたのだから。

幸運だと思った。捨てられてしまった君を、拾うことができたのだから。また出会って、その笑顔をたくさん見ることができたから。


でも、もう少し自分が幸運であってほしいと思う。自分について幸運なのでなく、彼女に関してだ。

彼女が再び目を覚まして俺を抱きしめて、名前を呼んで、笑ってくれるくらいには運があってほしい。


「君よりも…欲張りなんだよ俺は……」


静かに、でも確かに呼吸して眠る彼女を見て話しかけた。


「どうしようもなく…君が好きだ……また俺に触れてほしい……抱きついてほしい…目を合わせてほしい」


彼女に触れられると、心臓がキューッと苦しくなって熱くなるんだ。

城下町の初めてのデートの時、一緒にずっと手を繋いで歩いたね。君と繋ぐ手から、熱がどんどん巡って、自分の手が汗ばんでしまわないだろうかと心配したくらいなんだ。


彼女に抱きしめられると、全てを投げ出してずっとそのままでいたくなるんだ。

国から抜け出す森の道中、俺を包むために精一杯腕を広げてとびついてきてくれたね。あのとき、恋心も愛も、愛情という全てのものが爆発した。君の花のように柔らかい匂いがして、俺の体にもっとつけて欲しいって思った。


彼女に目を合わせられると、今は俺だけのことを考えて見てくれていると、嬉しくなるんだ。

ガーネットの宝石のような、日輪を宿したような、美しい瞳が真っ直ぐに俺を見る。耳を触ってくれる時、そうやって目を合わせてくれる。思わず頭の上の耳が動いて、感情を耳に出してしまったとすごく恥づかしくなる。でも、心地よくなって、疲れなど吹き飛んでしまう。


「君が俺に…してくれたことはたくさんあった………君が隣にいるだけでは…物足りなくなりそうなくらい」


白い額に口づけをした。


「実を言うと…君のことを…襲ってしまいたいと……何度も思ったんだ。いつも…夜は一緒に寝るから…」


その体を貪ってしまいたい。俺の手で、快楽に何度も落としたいと考えては我慢した。

彼女が泣いてしまいそうで、彼女との初めてを無理矢理になんてしたくなかったから。


「まあ…初めてのキスくらいは……許してくれ…」


あれは先走りすぎたと今も少し反省している。でも、君だって悪いんだ。狼のエサをやすやすと受け取って食べてしまうのだから。

それに、学園の間にも気品高く、美しい女性へと成長していたから。エドワードと、もうしてしまったのだろうと思って、嫉妬したんだ。

彼女のぷっくりとハリのいい唇を指でなぞった。


「今度は…もう少し……強いキスをしたいな…」


俺だって、あの時が初めてのキスだった。何と甘いものなのかと思った。

愛情表現はまだキスや抱擁以外にもたくさんあるから、その全てを施したいな。


「でも全て…君が目覚めてからだ…………」


クマの獣人は祈った。

どうか命の輝きをもう一度、彼女に分けてください。

俺の寿命が半分になってもいいから、そのとりあげた半分の寿命を彼女にいれてください。



窓の外は静謐な夜の世界。青褐(あおかち)の色がどこまでも深く世界の果てを覆い尽くしている。

様々に輝ける星屑の中、秋の星座が眠れる女と寄り添う男を覗き見ていた。

女の願いと、男の願いは同じ。

星々はそれを認めるかのように、二つの流星を流した。

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