魔物
王視点が入ります。
私は獣王国シリーナの王。
王族に流れる血により、獣化の能力とは別物であるがたくさんの獣の特徴を持つ獣人だ。
これはアルクトスが番を連れてきてから何週間後かの出来事だった。私が王としての書類仕事を片付けている時、普段は城下町にいる騎士たちが騒がしい様子で、城にとび来んできた。
「王!魔物が!!」
彼らの目は恐怖に染まっており、汗を流していた。
私はそれを聞いて慌てた。まさか、最も恐れていたことが今このとき来るとは、最悪の気分だった。秋の収穫やら、これから旅行者が盛んな時期が来るというこの時期にだ。魔物が来ては、周辺の村からの供給も遅れてしまうだろう。
特にアルクトスの番であるお嬢さんも、やっとここに馴染んできた様子であったのにだ。
「数は?」
「百に及ぶかと…」
「それで、今は討伐に対応しているのだな?」
「はい。ですが、重症者が多いです。以前の襲撃よりも数が多く、強力な魔物ばかりで…」
「くっ……」
確かに、魔物の襲撃があった六年前の頭数でも、百まではいかなかった。強力な魔物だとすれば、獣人の兵が多勢でかからなければならない。指揮も上手く取れていないと、蔓延る魔物がすきも狙わず襲いかかってくるのだ。魔物の襲撃とは、理性も知性も失った、本能しか残らぬ魔物たちが魔の瘴気にあてられて暴走し、一点の場所を集中的に攻撃してくることである。
このままでは、何も進まない。
何か指示を出さねばと、私が唸っていると、アルクトスが部屋に入ってきた。
部屋の外で聞いていたのだろう。アルクトスは何もかも把握した上で、言ってきた。
「俺が……行く…」
そう言うと思った。
「だが、お前には番が」
私は認めるわけにはいかなかった。アルクトスには、お嬢さんがいるのだ。
「このままだと……騎士が…死ぬ…。見殺しは……したくない…」
アルクトスはそう言って、私を射抜くような目で見た。金の瞳は闘志に震え上がっているものの、同時に復讐の色も見せた。
そうか、もうお前は、大切なものを失いたくないのだな。
私はその気迫に圧倒されて、渋々それを承認すると、城に残っている騎士たちに伝令を遣わした。
それから地図を広げて、報告に来た騎士から情報を整理した。
「門を閉めていることはいいが、時間の問題ということだな」
「はい」
「なんとしてでも、中には入れさせんぞ」
□月□日
魔物の騒動で、あなたが出向くと聞きました。優しいあなたが、騎士の命と民を救うためにと。いえ、あなたにはご両親に対する思いもあるのでしょう。けれど、私を置いていかないでほしかったわ。
部屋でメイドさんに長い髪をとかしてもらっていた。着替えも済んだことで、今日は城の図書館に行こうと思っていた矢先。廊下でバタバタと足音が響いていた。どうしたのかとメイドさんに聞くと、魔物の襲撃が起きたと教えてくれた。慌てて部屋の外に出ると、すぐに彼を見つけた。
「アルクトス!」
彼の振り返る姿を見て、私は呆然としてしまった。
私を連れ出してくれた時、着ていた戦闘用の服と全く同じ服を着ていたからだ。
「リル…いってくる」
「いやよ!行かないで…」
自然と涙が出て、私は彼にとびついて、胸に顔をうずめた。
「俺がいかないと……大勢が…苦しむ」
「わかってるわよ。でもっ、私を置いてかないでよ」
アルクトスはいつものように、私の頭を撫でた。
それでも行くしかないのだろう。国で最強と名高い獣人なのだから、国を守る責務がある。
何より、彼は六年前に魔物の襲撃でご両親を失った。その報復を果たしたい思い。街の人達を守って、自分と同じ境遇にならないようにと、思っているところもあるのだろう。私は、出来上がったばかりの刺繍を施した黄色のハンカチを渡した。
「あなたを守ってくれるようにと願いを込めて作ったの」
「これは…かわいいな………良く出来てる………クマと花か……」
ハンカチを大事そうに広げるアルクトスに、私は笑って頷いた。
「無事に帰ってきて」
口づけを交わして、彼を見送った。気が気でないが、他の騎士と共に行ってしまう彼の後ろ姿をただ見送るしかできなかった。
その夜は眠れない夜を過ごした。どうしようもなく彼が心配で。外に待機している狼さんを部屋に呼んで、一緒に寝てもらおうともしたが私が寝付けなかった。
絶対無事だと信じながらも、どこかそれを信じられない自分がいた。熱を出した時に思った、彼がいなくなってしまうのではないのかという考えだ。サリーが繋いでくれた安息は、魔物の襲撃で壊されようとしていた。
そう思うと、とても眠れる気など起きなくて、そのまま朝を迎えてしまった。
王に彼の戦況を聞こうかとも思ったが、騎士団との話し合いで忙しい様子だった。
街の騎士だけじゃ間に合わないと、軍を用意することにもなっているそうだ。
城下町の市民も、家の扉を強化して、もし壁が破られても被害を最小限にしようと努めているようだった。
昼の景色を窓から見れば、嫌なほどに城下町は静かだった。一昨日までは人で賑わい、彼と並んで歩いた道。あれだけ賑やかだった店も、今は閉じられていた。




