城下町
途中からアルクトス視点です
□月□日
いよいよ初デート。今までずっと楽しみに待っていたから、心が踊るような気分なのよ。
城に泊まって七日が過ぎた今日。城下町で、ようやく初めてアルクトスとデートをした。
天気は晴れ模様で、こんな良い日にデートができるなどと思いもよらなかった。
城での仕事が溜まっていたようで、彼はひっきりなしに部下に呼ばれては、私とすれ違う生活をしていた。だから、彼とこうして外で二人きりで肩を並べて歩くのは、公爵の屋敷から国境を超えるとき以来だ。
隣にいる彼と指を絡めて手をつなぎ、たくさんの店のショーウィンドウに目を向けた。
服、アクセサリー、雑貨、生活用品、文具、本。
様々な店が立ち並んでいるこの通り。露店はバーグナーさんの街よりも少ないものの、人通りが豊かで、店も繁盛していた。
「これいいかも」
ハンカチの店のショーウィンドウにあった生地を見て気に入って、店に入った。
一つは黄色の高級生地で、他の生地の色も合わせて八枚買った。糸は、赤色と茶色…様々な色を購入した。
刺繍をすることは大切な相手を思って、お守りになるようにと願ったことから始まった慣習だ。
アルクトスにも、バーグナーさん、タウさんにも、王にも。それから、村長とメイドさん三人に。
獣王国へ来てからできた、大切な人へのプレゼントをしたいと思い立ったのだ。
それから、噴水広場や獣人の英雄像を見たり、はたまた、有名なカップルのスポットにも行った。
「アルクトス、ここ何だか気まずいわ」
そこはちょっとした広場だった。カップルの獣人達は、皆一様に指を絡めて手を握り合い、軽くキスを交わしていた。多く設置されたベンチがカップルで埋まるほど賑やかだ。足元には芝生が植えてあるので、ピクニックデートに来ている人も少なくない。
眼の前のカップルは丁度、たくさんのキスを交わし始めた。私はそのリップ音が、気になって仕方なかった。
「リル……してほしいのか」
私があまりにも釘付けになっていたのか、アルクトスが私の頬を撫でて見つめてきた。彼は、私の唇に軽く口づけを施した。
「もっとしてほしいだろうけど……今日はデートだから…………深い口づけは…今晩まで待ってくれ……」
健康体に戻ったはずの私の体に、一瞬にして熱がまわった。胸はドキドキと脈をうった。
今晩、深い口づけ。
二つのキーワードが頭について回る。彼と握っている手が、汗ばんでしまってはないだろうかときにした。
女の子にとっての汗は天敵なのだ。
彼の手を握る私の手はずっと熱いままだった。
一通りの観光所を巡ったあと、アルクトスが言った。
「これ……いいな……」
そ彼が立ち止まったのはアクセサリーの店だった。その一つの商品に、金色の金具に、琥珀の宝石がはめ込まれた腕輪があった。アルクトスは店に入ってすぐに買って来ると、私の左手首に通した。
「よく似合う……」
ペンダントも素敵だったけれど、今こうして腕輪を直接渡されて、私はもっと嬉しくなった。
また大事なものを、彼が私に作ってくれたのが幸福だった。それも直接私にはめてくれた。
「ありがとう。毎日つけて歩くわ」
私の口角が上がると、アルクトスもまた満足そうな顔をした。
彼の手に指を絡めて再び歩いた。左手の腕輪をチラチラと横目で確認しながら、今日は穏やかな日だなと思った。
楽しい一日はあっという間に終わってしまい、アルクトスは城下町がよく見えるという展望台に連れて行ってくれた。
鉄柵に体をよりかからせ、せりだした展望台からその景色を眺めた。
城下町が一望できる場所で、敵軍や魔物の侵入を防ぐためにと設営された城壁もよく見えた。城下町を一周して囲う、分厚く背の高い城壁は無敵の要塞という感じだ。
この城下町はレンガ造りが主だ。それは、人間の国とよく似ていて、私は思い出した。
「そういえば幼いとき、サリーがよく街に連れ出してくれることがあったのよ。王妃教育に疲れた私を癒やすためにと。私にとっての唯一の楽しみだったわ。あのときは確かに、自分が王妃になってヒューテルを守ると思っていたけれど、もう叶わなくなってしまったのね」
少し寂しく思いながら、街を眺めた。あれほど守ろうと固く決心し、励んできた努力。それももう、叶わなくなってしまったのだなとしみじみした。
「リルは……ここが嫌いか」
私と同じように、展望台の柵に肘をかけたアルクトスが聞いてきた。隣のアルクトスを横目で見てから、首を横に振った。
「ちっとも嫌じゃないわ。みんな温かいもの。今度はこの国を、守りたいとも思ってるの」
温かく私を迎えてくれた獣人たち。花をくれたり、果物をくれたり。ヒューテルの貴族界より、この国はずっと優しい人ばかりだ。
「それに、あなたがいるところが私の今の居場所よ。ありがとう、ここまで連れてきてくれて」
アルクトスは思った。
遠い夕焼けを見る彼女の背中は華奢で、守るべきものだと改めて強く感じた。いつも王妃候補の責任がのしかかっていた彼女。その細身な背中に、多くのことを背負わされてきた。
その地位だけに目をつけた権力者ばかりが周りについてまわり、同年代の令嬢には嫉妬の眼差しを向けられていた。
そして、彼女はそれを一人で抱え込んだ。ついには愛していたという王子にまで裏切られたのに、一人で抱え込もうとした。
一度は死にたいと切に願った彼女は、それでも人を信用することを忘れなかった。
王子にまで裏切られ、人を信じることも怖いだろうに。彼女は俺を信じてついてきてくれた。
俺の隣が居場所だと言ってくれた。
俺だって彼女の隣が居場所だと感じた。
長年続いて、今も膨らむ彼女への想い。
俺の何よりも大切な、かけがいのない番だ。
俺の溢れ出る愛を、君に送り続けたいと思った。
ずっと隣にいてくれるだけでいい。隣りにいてほしいと思った。
心から願っていると、彼女の頭に勝手に手が伸びた。艷やかで髪質の良い赤髪をふんわり撫でたら、彼女はこちらを見てくれた。
「私、生きててよかったって思うのよ。あのとき、あなたの手をとって良かったって。だって、こんなにも幸せなんだもの」
彼女は俺の手を取ると、頬にすり寄せた。ルビーの目を細めて、俺に向かって微笑んだ。
日華のような笑顔は、彼女の最上の幸福を表していた。
彼女の肩を抱き寄せて、共に夕焼けを展望台から眺め続けた。
日が沈んでいく、夕影の色が城下町から身を引いていくところまで。
夕焼けを見たあとに、リルの方に目をむければ、沈みゆく焼け色が彼女に色を移したのではないのかと思った。
リルの柔らかな赤い髪は、そのくらいに美しかった。
温かく人を照らして、何度だって立ち昇る、太陽みたいだ。
人一倍に優しい君。
人を信じることを忘れない君。
俺のために、立ち上がってくれた君。
もし君が立ち上がれそうになれなくなったら、俺が支えてあげたい。
優しい君は人一倍悩むから、どんなときも俺を頼ってほしい。
一人で抱え込むことなく、その痛みをわけてほしい。
永遠の愛を求める君に、俺が永遠に愛を注ぐから。俺を求め続けてほしい。
デートが終わった夜、俺は不思議な夢を見た。
どこか見覚えのあるような森で、木が鬱蒼と立ち並ぶ中、彼女が微笑んでいた。
今よりもさらに愛おしんでくれる目で、俺を見ていた。俺の名前を愛称で呼び、合わせた目は本物の宝石のように輝いていた。
何千年と何万年とこの時間を過ごしている気がした。
彼女を守りたい…支えたい。
でも…俺だけが意地の悪いことをして、彼女の恥ずかしがる顔を見たい。俺なくしては永遠に生きることのできないくらいにめちゃくちゃにしたい。
強い感情が頭をよぎった後、とにかくこうして側にいてくれるだけで幸せだと思った。
どのくらいの時間を君とこうして過ごせているのか。永遠的な不思議な時間感覚。
すごく長い時を君とこうして過ごせる日々は、常に彩られているだろうな。
美しい彼女の、太陽のような真っ赤な髪が風に吹かれ、いい香りがした。足元には、花が咲き誇っていた。
いつか必ずくる……この日まで……リル…
目が覚めると、眠る彼女が俺の真横にいた。
夢は朧げであったが、彼女の良い髪の匂いがしたのは覚えている。ふんわりと鼻をくすぐる赤髪を一束すくうと、キスをした。
彼女を静かに抱き寄せて、俺はもう一度目を閉じた。




