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□月□日

獣王国の王は、威厳であり、寛容的ですばらしい王ね。(インクがかすれている)…夢を見たわ。あなたとずっと幸せにいる夢よ。




馬車に揺られて一日半。

城につくのはあっという間で、馬車のカーテンを閉めたまま城下町を過ぎていたらしかった。町を見たかったと惜しんだが、真っ白な城の外壁が日にてらされて輝かしいのを見たらそんな惜しみも吹き飛んだ。城はまるで、白いハクチョウのようだった。



「ようこそ、獣王国へ。話はうかがっております。すぐにでも支度しましょう。王がお待ちです」


馬車から降りてすぐに城の使用人が、礼をして出迎えてくれた。この国では国王を陛下というのではなく、皆、王と呼ぶ。それは絶対的な力を持つ最大の言葉が“王”であり、尊敬の意味も含むらしい。

私達は別々に案内され、部屋で着替えさせられた。アルクトスの公爵家の使用人があらかじめ城に手配されていた。


「まあ!旦那様の番様は可愛らしいお方ですのね!」


「これは、腕によりをかけて仕上げなくては」


公爵家からのメイドたちは、私を一様に褒めたあと、おめかししてくれた。ハチミツ色を含んだ素敵なドレスも、サイズがピッタリあった。これも全て、アルクトスが準備してくれていたらしかった。

久しぶりのちゃんとしたドレスに身を包むと、自然と姿勢が良くなった。支度が終わると、アルクトスが部屋の外で待っていた。


「リル……かわいい……よく似合っている…」


そう言って、私の頬を撫でてくれた。


「アルクトスも、かっこいいわ」


白い上着は引き締まった体を、光に当たるたびに、神々しく光らせる。黒いズボンがピッタリとその体のラインに沿っていた。赤色のマントが肩から腰の辺りまでおろされていた。

その正装姿は、まさしく王子様みたいな服でうっとりして見ていられた。

彼は私の手を握ると、王の謁見の間へと共に歩いた。

大きな扉が開いたら、そこは縦に広い間で、大きな窓から採光を多く取り入れている場所だった。壁にかけられた何枚ものタペストリーはこの国の紋章がそれぞれ縫われていた。

こちらの床よりも段が上になっているところに、人が見えた。その玉座に座るのは、この国の王。

その人は獅子の頭を持っていた。


「よく来たなアルクトス」


「王……今…帰りました」


膝をついたアルクトス、私も屈んでひれ伏した。


「そちらが番のようだな」


「はい。エンリル・ミコラーシュです」


「そうかそうか。お嬢さんは良い赤髪をしている」


顔をあまりあげれないから表情は見えないが、王が笑っているようなのはわかった。気さくに話してくれる王は、ヒューテルの格式ばった王様とは違うように思った。

敬語を間違えると何かと指摘するヒューテルの王様。神経質で痩せた中年だったが、こちらの王はくだけていて、話しやすそうだ。


「この無愛想に番とは、めでたいこと。学園に行っていたときから見つけたと騒いでおったが。交換留学制度も良いものだな」


「はい…ですが……リルを手にするのに……随分…時間が…」


「そのようだ。一週間休むと言っておきながら、実際は三週間くらいであったな。いやはや、アルクトスでも手こずるものがあるのだな。休むというとき、一言でも番を迎えに行くと言えばいいものを。長旅が無事に終われてよかったと思うぞ」


特に何も咎めない王は、寛容的だ。

ヒューテルの王様も、これぐらい広い心を持ってもらいたいものだ。


「それと、お嬢さんが公爵に追われていることはこちらも承知している。先週急に公爵が、城に訪問しに来たからな」


お父様が…。

ここまで来ていたとは相当、私のことを殺したがっているに違いなかった。国境を超えてこちらまで来るには、かなり権力を使ったに違いないから。


「全く、子を殺そうとするのは不快だ。直ぐにお引取りしてもらったよ」


「王…ありがとうございます……」


「いいんだ。それより二人共、いつまでそう畏まっているんだ。早く顔を上げて楽にしてくれ」


そう言われてもと思った。立場が上の人には頭を上げられない。

でも、アルクトスが先に立ち上がって普段通りにするものだから、私も同じようにした。

すると驚くべきことに、王は段上から降りてきた。その長いマントを後ろ手に引き釣りながら、こちらまで近づいた。


「そうか、お嬢さんは純粋な赤を持っているのだな。魔力持ちという能力だったか。力量は相当ありそうだ」


頷く獅子の頭を持つ王。他の獣人と違って、手足にも肉球がついている体に思わず見とれた。

ただ、魔力持ちというのキーワードが出てきて、私は驚いて王を見た。

迫害され、人間の国ではもう忘れられかけている魔力持ちの存在。それについて王が知っていることが意外だった。


「腕は大したものではないのです。実を言うと、訓練はあまりしていないのです。力は、期待されるほど持ってはいません」


王に期待されるなど恐れ多いくらいに、私の力はそこまで強くないと思った。

王は私が返事をしてから、随分と見てきたあとに、肉球のついた獣の手で私の髪に触れてきた。


「うむ。これは他の獣人にも好かれやすい色だ。赤は力の色。アルクトス、守ってやるのだぞ」


「言われなくとも……王…それ以上…近寄らないでいただきたい……」


アルクトスがまさかの王にまで食いついていくから、内心ヒヤヒヤしてしまった。しかし、それとは裏腹に王はお腹を抱えて笑った。


「ここまで変わるとは。生きていてよかったと思うぞ」


王には番がいたが、身ごもる前に先立たれてしまったと聞いた。王がそれでもこの国を先導していくのは、番である王妃に、民を守ってほしいと言う言葉を残したから。アルクトスに聞かされたことを思い出し、私は悲しい気持ちになった。けれど、王は寂しさ一つ見せず、明るく振る舞った。


「お前さんたちの婚姻は書類としては通してある。宴を開くのはまだ先になりそうだがな」


「それはありがたい…ようやくこれでリルと…」


安心したような眼差しで、アルクトスは私へ笑みを浮かべた。つい一月近く前に婚約破棄された状況からは考えられないものだった。

エドワードから婚約破棄されて、ようやく手に入れた新たな居場所。世界で一番落ち着く彼の隣が、婚姻でより盤石なものとなるだろう。

そう思うと幸せで胸がいっぱいになった。


「そうですね。私も、アルクトスと共にいれるのは嬉しいです」


本心だった。

私が彼のように立派な獣人と番だなんて、未だに考えれないことだけど。彼が隣りにいてくれて、私と一緒にいたいと言ってくれること。

これ以上ない喜びだった。

私の気持ちを知ってか、王は大きく口角を上げた。


「強く惹かれ合っているのだな。いいことだが、とりあえず、アルクトスにはひと月分の責務を果たしてもらう。お嬢さんには、私の話し相手となってもらおうではないか」


そうこうあって、王と二人で茶会をすることになった。アルクトスが再び引きずられるようにして仕事場に押し込まれてある間、私は王とお茶するのだ。

人間の国のときも、陛下とは何度か茶会をしたことがあるが、あのときはかなり地獄だった。茶器を少しでも鳴らせば睨まれ、会話で不快なことがあると不穏な覇気が出た。

でも、目の前の王は威厳がありつつ、物腰柔らかであった。


「そういえば、お嬢さんは私のような獣人を見たことがないであろう?」


「はい」


「そうか。これはな生まれつきなんだ。王族の血が、流れているとたまに私のような者が生まれる」


「王はすごく凛々しくて、かっこいいですよね」


その獣の特徴を多く体に継いだ王に、私は初めて見たとき少し見とれたのだ。

王は目を見開いたあと、優しく微笑んでくれた。


「そう言ってくれるのは、私の番だけだったな。ありがとう」


今度は懐かしむように私を見やった。お茶の良い香りが漂い、それは口の中で優しく広がりながら喉を潤した。


「アルクトスの番となってくれたこと、感謝する。アルクトスに家族はいない。皆、一昔前の魔物の襲撃で亡くなってしまった」


一昔前の魔物の襲撃といえば、人間の国にも被害が及んだものだ。魔物は普段人に近づかないのに、定期的にこういった暴走が起こる。

原因はわからないが、一説によると、魔の瘴気が定期的にその地に偏るらしく、その瘴気に当てられすぎて力が抑えれなくなったから暴走するそう。

魔物の襲撃から民を守るには、大量の魔物を倒す。もしくは、魔力持ちが魔物に血肉を与えることで、魔物を正常に戻すかだ。


「あれのせいで、アルクトスは失ったものが大きく、ずっと塞ぎ込んでな。幼馴染のバーグナーとタウラヴも支えてくれたが、もう前のように柔らかい顔を見せてくれることがなくなってしまった。だが、お嬢さんと学園で会ったときから変わったんだ」


学園で一人、長期休暇を取っていたこともあり、孤立しかけていた彼に私は図書館で会ったことを思い出した。

本を落として拾おうとしたとき、彼と初めて目があった。何て綺麗な目なのだろうと見惚れた。


「私こそ、アルクトスが学園にいてくれたから無事に卒業できたのですよ」


「そうであったか。交換留学ももう少し増やすことを検討しなくてはな。それにしても、本当にあやつは変わったよ。お嬢さんと会ってから。改めて感謝する」


王にとっては、アルクトスは息子同然なんだろう。私は首を振った。


「私は本当に何も。彼の両親が魔物の襲撃で亡くなっていることは学園のときに耳にしていましたが……本当に…辛いことです」


その話を学園で本人から聞いたとき、アルクトスのことがあまりに悲しく思えて、私が泣いたこともあった。だから、今もそのことを聞くとなぜだか自分のことのように胸が傷んだ。


「お嬢さんは、聞いた通りに優しい人なのだな。残念だが、最近もここ近辺に魔物は頻繁に目撃されている。軍備は整ってはいるが、そろそろ来るだろうな」


王は難しい顔をした。

 

「そういえば、なぜ魔力持ちのことをご存知なのですか」


先程、王が私の能力を知っていたことの疑問をぶつけた。


「これは失礼をしてしまったな。人間の国ではもう忘れられていることは私も知っている。だか、獣王国ではそうでないのだ。文献もちゃんと城の重要書物庫のところに残っている」


王はその書物から知識を得たと言った。おそらく、その文献にはどういった能力であるのかも書かれているのだろう。力量の話も私に振っていたから。


「もし、ですよ。王が頭を悩ませなさっている魔物の襲撃が起きたら、私が力を貸します。魔力持ちですから、血を分け与えるくらいなら」


自分の血肉が暴走した魔物を元に戻せることは知っていた。小さい頃、そういう話をどこかで話されたから。

私を魔力持ちと知りながらも王は受け入れてくれた。獣人たちはいつも、異国の私を温かく出迎えてくれた。

少しはこの国の役に立ちたかった。

だが、王は首を横に振った。


「それは避けたいことだな。そんなことをしたら、お嬢さんの命が危ない。何より、アルクトスに私が殺される」


思わず笑ってしまった。王の冗談から、彼は本当に周囲の人から大切にされているのだなと感じた。


「笑うと、月ではなく太陽のようだな」


「何かおっしゃいましたか?」


「いいや。そろそろ時間が来ている。私も別の仕事をせねばな」


王が席を立ち、背を向けた。


「言わせてもらうが、アルクトスは相当お嬢さんに執着しているようだ。あやつといるのが疲れるときは、はっきり言うのだぞ」


「そんなこと、一度も感じたことはありませんよ。むしろ、彼が私の隣りにいてくれることが、幸せなのです」


「ハハハ。愉快なことだな。これほど相性が良い番は見たことがない。それと、さっきのは冗談ではない。アルクトスはお嬢さんに関してのことなら人を簡単に殺めるだろう。そのぐらいに、執着と同時にお嬢さんを何よりも大切に思っている」


王はにこやかな顔つきをして、行ってしまった。彼が私を大切にしてくれることは身をもって感じていた。

でも、人を殺めてしまうほど私が大切なのか。森の出来事が頭によぎった。フリーガーを、公爵から使わされた騎士たちをも、その鋭くながい鉤爪で、なぎ払って血がとんだ。

できるだけ人を殺めてほしくはない。これからは、私も慎重に行動しなければ。


王とのお茶も終わり、私は客間に案内してもらい疲れを取ることにした。病み上がりではあるため、お昼寝をしようと思い至ったのだ。

客間の大きなベッドに横になった。眠気はすぐに私を包んだ。




いつの間にか夢を見ていた。


どこか幻想的な森の中。

雲一つない澄んだ、青空の下。

また少し背が伸びた彼が私の隣でふと笑っていた。

私の名前を呼ぶ彼は、キラキラとその目に本物の星を宿したような、ハチミツ色を含んだ金の瞳を持っていた。いつもの彼も綺麗な目を持っているが、目の前の彼の瞳は人間味がないくらいに美しいものだった。

私も彼の愛称を初めて口にした。

この日常はもう何千年何万年と変わっていないような、そんな不思議な感覚だった。

不思議な感覚であったけど、幸せなことには変わりなかった。

美しい森に、風が一つ吹けば、葉が擦れて鳴いた。

いつの日か、こうなるのねアル。

そうよ……あなたのことずっと…



乾いた唇で何かを発して、目が覚めた。

最後に口にしたのは、寝言となって出ていたようで、隣にいつの間にかいたアルクトスを起こしてしまった。

すでに夜を迎えており、外は寝静まっていた。


「リル…」


「起こしちゃったわ。ごめんなさい」


アルクトスが私を抱き寄せた。夢の内容ははっきり覚えてはいないが、ただとても幸せな夢であった。私はその幸せな気持ちを噛みしめるように、彼を抱き寄せた。

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