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出発

□月□日

ご友人とのお別れは、少し寂しいわ。タウさんにも、バーグナーさんにも本当に良くしてもらったから。




熱が下ってすぐに、私たちはここを発つことになった。

病み上がりだと心配されても、私は構わなかった。獣王国の城にアルクトスが呼ばれていると言うのだから。

村にいた時から増えた荷物を朝のうちに馬車に積んだ。

見送りのとき、タウさんは馬車に乗り込もうとした私の手を握った。


「もっと長くいてもいいのよ?」


「ありがとう。でも、なるべく早く行きたいの」


タウさんとこれまで話してきたことを思い出した。

アルクトスが好きだと、誰よりも信じれる人だと、頼れる人だと。彼の隣にいたいと、今は彼のいるところが私の居場所。

そう気づかせてくれたのはタウさんだ。


「アルクトスの隣を歩いていたいから。なるべく早く進みたいの」


タウさんにだけ聞こえるように伝えて、私は笑った。

彼が求めていいと、言ってくれた。彼へ愛を望んでいいと。それは私の存在のあり方を変えてくれる言葉だった。

だから、これからは少し自分の欲に我儘になろうと思えた。


「本当、あなたたちのこれからが楽しみね。そう思わない?バーグ」


「ん?ああ、そうだな。エンリルちゃんも、アルクトスも互いの思いが強くて良かったと思うぜ。もしこれが、アルクトスの一方的思いだったら、もはや犯罪に近いしな」


「バーグ、余計なことを言ってはダメよ」


タウさんがバーグナーさんの脇腹をつねった。


「そろそろ…行こう………」


馬車の荷の最終チェックをしたアルクトスがこちらに来て、声をかけてきた。隣へ来た彼に、私は思わず笑んだ。

私の綻んだ顔を見て、タウさんはクスリと息を漏らした。


「大変お世話になりました」


「いいのいいの。あなたが学園にいた時より元気になって良かった。今、私から見ると、生き生きした恋する女の子よ」


その言葉に顔が赤くなった。恋する女の子と言われて、気恥ずかしくなった。


勿論、もっとタウさんと話もしたかった。

だけど、アルクトスは私を救うためにと一週間しか休みを取ってないとバーグナーさんから聞かされた。彼の立場も考えると、早急に城へ赴いたほうがいい。アルクトスは王と随分親しそうだし、何よりこの国の公爵なのなのだから。

バーグナーさんは、タウさんと同じように元気に言い放った。


「アルクトス、番を大事にするんだぜ」


「当たり前だ…」


「まあ、お前の様子じゃあ、干渉しすぎないようにすることのほうが難しいか。ハハハ。狼、エンリルを頼むぞ」


「やめろ……こいつは…いらん…」


私の側に来る狼さんに、アルクトスは嫌そうな顔をした。狼さんはここ最近熱で寝込んだ私を心配して、外に出る時は必ず側についてくれていた。その時には決まって、狼を睨めつけるような視線を向けるアル。

その光景をバーグナーさんとタウさんは、いつもおもしろそうに眺めていた。


「エンリルちゃん、いつでもまたここに来ていいのよ」


タウさんが私の手を両手で包んだ。


「アルクトスは、あなたのことを随分前から大切に思ってるから」


それから、耳元に顔を近づけてきた。サラサラとした人一倍綺麗な髪をもつタウさんが近づくだけで、体は勝手に構えていた。

そうして、耳打ちの内容を固唾を飲んで聞いた。


「その、体力もあるし、獣化の力も強いから。多分、夜の営みはあなたが先にギブアップするかもしれない。でもアルクトスに対して罪悪感を持っては、だめだからね」


私の顔は熱くなってきた。

夜の営み…

彼とそういう関係も後々持っていくのだろうけど、私はどうにも恥ずかしくてたまらなかった。

自分の胸は小さいし、体には特に魅力的な部位は持ち合わせてない。それでも、自信の欠片もない体を、私はアルクトスに初めてを捧げることができる。

エドワードとまだそういう関係になっていなくて良かったと、心からそう思った。

同時に、初めてをこの最強の獣人に捧げること。特別に強い力を持つ彼の激しさを想像して、もう彼と目が合わせられなかった。



「リル……また熱が…ありそうだ………」


アルクトスは心配して、すぐに馬車へと私を乗せてくれた。

馬車の外では、何を耳打ちしたのかとタウさんに聞くバーグナーさん。何でもないと言いながら、ニヤニヤとした表情を浮かべるタウさん。

彼らは仲良く、手を振って見送ってくれた。


熱がぶり返していると慌てたアルクトスは私の手を握って肩を貸してくれた。馬車の中で、隣り合ってピッタリと体をくっつけていた。

心配してくれる彼に言えなかった。

本当は、タウさんのからかいに顔が熱くなっただけなのに。顔を熱くし、恥ずかしいと思いながら、大人しく馬車に揺られた。

予定通りの出発で、さらに馬車を飛ばしてもらって一日半でつけるようにした。

道中、外にいる狼がふとした時に消えたときもあって心配した。けれど、どうやら人がいないか徹底して見回っていたようだった。

森の時からずっと私達を守ってくれる狼。

馬車の中ではアルクトスと二人きりで、ずっと隣にいた。

学園のときに図書館で並んで座ったことはあったけれど。こんなに距離が近くなるとは思いもしなかった。

近くにいてくれるのがたまらなく、嬉しいと伝えた。すると彼は慈しむ目で優しく微笑んだ。不意に見せてくれる特別に優しい顔は、陽だまりのように温かかった。



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