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□月□日

普段は丈夫だというのに。あなたとの初めてのデートを予定した日だというのに。風邪をひいてしまって、本当に申し訳ないの。




「タウさん、おはよう」


「おはようエンリルちゃん。バーグとアルクトスは朝の鍛錬中だからね」


先に食事の席についていたタウさんは、ニッコリ微笑んだ。

アルクトスが朝起きたらいないことに怖気づいていたことが、そんなにも顔に出ていただろうか。

私はタウさんの向かい側の席に腰を下ろした。

バーグナーさんの銀色の髪に合わせた白いドレス姿のタウさんは、窓から溢れてくる朝日の光を浴び、白い小さな花を咲かせたような愛くるしさがあった。


「今日もタウさんが、可愛いくて羨ましい」


「ありがとう。エンリルちゃんも、綺麗ね。その黄色のペンダントも似合っているし。今日はアルクトスとデートなのよね?」


そう。今日の予定は彼とまたあの街に行くことになっていた。

アルクトスは何を着ていくのだろうかと、少しワクワクしながら、食事の前の話を弾ませていた。


「あははっ。すっかりそのペンダントを気に入ったみたいね」


「うん。アルクトスからの初めてのプレゼントだから、ずっとつけておきたくなったの」


胸元に掲げられた琥珀のペンダント。

黄色というより、(だいだい)色を含んだ、ハチミツ色をした琥珀は、彼の瞳の色と丁度同じ色を宿している。

この琥珀を手に握れば、こころなしか彼が直ぐ側にいてくれている気持ちになるのだ。


「そういえば、今度は薬草のことを教えてほしくて、タウさんに」


「いいよ!エンリルちゃんのためにも、私、張り切っちゃうんだから!」


無邪気にはにかんだ彼女が、隣の席に来てくれた。私は持っていた薬草の本を広げた。

この屋敷の庭園の植物の把握と管理を趣味でしているタウさんは、どれがどういった特徴を持つのか、図鑑に書かれていないことまで教えてくれた。

たまにタウさんはすごく近づくときがあって、いい匂いだなと思いながら少し緊張して汗をかいた。

それにしても、汗をかきすぎではないか私。冷えを感じ、体温が指先から抜けている気もした。


「ただいまタウ!待たせたな」


「バーグ、遅いのよ」


「いや〜こいつがなかなか決着をつけさせてくれなかったんだぜ。どうせ俺が負けるのに、下手に手加減しやがって」


タウさんが、バーグナーさんの腕を元気付けるかのようにペシペシと叩いた。

アルクトスはそんなバーグナーさんとタウさんを目にもせずに横切り、私のもとへときた。

白いカッターシャツとスボンの彼は、シンプルな服だからこそ、より筋肉質な体がくっきりと分かった。


「おはよう……リル」


昨晩と同じように抱きしめられた。

彼の腕の中にいれる安心が、大雨の中、巣に戻れた鳥のような感覚と似ていた。


「アルクトス、おはよう」


嬉しくて、心を弾ませながら朝の挨拶を交わした。

今日は彼とデートなのだ。

アルクトスと手をつなぎながら街を歩いて、同じものを見て、取るに足りないことを言って共に笑う。

エドワードとは、したことのないデートだ。それに加え、女の子が憧れる恋人つなぎをしたまま街を歩くことには少し憧れがあったのだ。

胸を躍らせずにはいられなかった。

しかし、彼は何を思ったのか、私の額に手のひらを当ててきた。


「……少し……具合が…悪そうだな」


今度は私の額に、彼の額を当てて体温を確かめてきた。顔があまりに近いから、頭に熱が上っているせいもあるのではないだろうか。その金色の瞳にじっと見られて、目を合わせていられなくなったのは私の方だった。


恥ずかしい。まだ、彼と目を合わせることにドキドキしてしまう。


だがアルクトスは、少し焦ったような仕草をして瞳孔を開き、私の足と背中に手を回して抱っこした。急に変わった視点に一驚して彼の胸元を掴んだ。


「バーグナー…医者を呼べ…」


急いで言う彼は、私をお姫様抱っこしながら部屋を出ようとした。


「わかった。今すぐ呼んでやるよ。朝食は無理しないよう、嬢ちゃんは部屋で食べてくれ」


部屋を出るときにメイドさんたちも来て、テキパキとことが進んでいく。

何が起こっているのか、世界が早送りされているような感覚の私は、いつの間にか朝食を昨日と同じ客間で食べていた。食べたあと、部屋のソファでゆっくりすると、確かに、頭がフワフワと熱っぽいような気もした。


「リル…入るよ」


休んでいたら、食堂の方で朝食をとった彼が部屋に入ってきた。

体を動かすことに鉛のような重さを感じ、ソファから立ち上がって彼を出迎えることができなかった。

身にまとわりつく倦怠感に、憎悪した。


部屋の窓をただぼんやり眺めると、曇り空が見えた。さらにゴウゴウとした風が屋敷に響き、不穏な雰囲気をかもし出していた。


少しばかり荒く呼吸しながら、ソファの隣に彼が座ったことを確認して、逞しい腕に私は絡みついた。


「やはり熱がある…リル…………」


「大丈夫よ。そんな辛辣な顔をしないで」


彼は辛そうな顔をして、私の頭を撫でた。気持ちが楽になった。

でも、今日はデートにどうしても行きたいのに。普段私は滅多に風邪を引かないのだ。そこらへんの令嬢たちよりも丈夫さに自信はあるのだが、こんな時に体調を崩してしまった。

王妃教育をする上で身につけた自己管理を、最近は怠っていたからか。

ただ彼には、申し訳ない気持ちばかりで、外の景色が一段と暗く見えた。


「アルクトス」


「……どうした?」


「体調を崩してしまって、ごめんなさい」


「謝らなくて…いい……」


ふと、彼の開けたカッターシャツから見えた、胸の傷跡が気になった。その一部分だけ、他の皮膚とは違う色をしていたことに私は痛く感じた。


「右胸の傷は大丈夫?」


「…こんなの………大したことない…」


彼の右胸に手を優しく重ねると、鼓動が伝わる。もし少しでもズレていたら、心臓に矢が刺さっていたのかもしれなかったのを思うと、肝を冷やした。


「あなたに傷を負わせ、さらに大切なデートも潰してしまったわ。私、あなたに迷惑かけてばかりよね」


「デートはまた機会がある…確かに惜しいがな……でも君は…迷惑をかけてばかりじゃない………傷を治したのは…リルだ…俺も……迷惑をかけている……」


お互いに手を取り合った。


「お互い様でいいんだ……」


そう言ってくれる彼に、じんわりと温かさを覚えた。


「王に手紙を送った……熱が治ったら…城へ行こう」


「そうね。あなたの正装の姿、楽しみだわ」


目を閉じた。アルクトスの正装姿。きっとカッコいいに違いない。


相変わらず外からは風の音がしたが、陽気な鳥のさえずりも微かに響いていた。


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