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学友3

「よお、姉ちゃん達。元気してる?」


「俺たちと遊ばな〜い?」


満喫した店の少し先。ガラの悪い獣人達が、帰路についた私達を囲ってきた。いくら相手を大切にすることに義理堅い獣人でも、こういう人がいることは変わりないのだなと思いつつ、彼らの誘いを無視しようと決めたときだ。一人が私の髪を引っ張った。


「この姉ちゃんいい匂いがするぞ」


「たしかに、花のようないい匂いだ」


二人は私だけを囲い、赤い髪をグイグイと引っ張ってきた。その力強さに、私は物怖じした。


「エンリルちゃんを離しなさい」


タウラヴは果敢にも、私を助けようと発言した。


「ハッやだね。お子様は引っ込んでろ」


ガラの悪い二人は依然として、髪をその鼻先に近づけて私の匂いを嗅いでいた。気持ち悪いと、背中に冷たい風が吹いた。髪と同時に頭も引っ張られているわけで、離れようにも離れられなかった。おまけに、手で払い除けようとしたら手首を掴まれた。


「お子様、ね」


タウさんが怒り始めた。普段、人に対して明るく振る舞い、どんなことでも心を解し温かくしてくれる人が怒ったので、そのことにも物怖じした。


「悪かったですねお子様で!!」


彼女が声を荒げるものだから、街の人達が何事かと心配して見に来てくれた。


「あ?うるせぇぞガキが」


もう一度罵るガラの悪い獣人。今にもタウさんに飛びかかりそうで、街の人が助けようかと足が踏み出されようとしたとき、突如として殺気が向けられた。


「ガキと、今言ったのは誰かな」  


人混みの中から出てきた殺気の出処は、バーグナーさんだった。その先にはなぜか狼さんがいるし、隣にはアルクトスもいた。


「ああ、そういうことか。バーグナーの番な」


「それなら、話が早い。お二人さんは夫婦揃ってどうぞ帰ってもらって、この女は貰っていく」


ガラの悪い男二人は私の肩を引き寄せて、この場を去ろうとした。が、一人の男が首筋を嗅いだことで、何か違和感を感じ始めた。


「ん?この臭い、どっかで」


「微かに、臭うぞ」


と言い放った矢先、背後から忍び寄ってきた影によって、男二人は殴られた。この気配は、と振り返って見ると、男二人にいつの間に近寄ったのか、拳を握って睨みをきかせるアルクトスがいた。


「エンリル…大丈夫か」


「ええ、アルクトス」


殴られた二人は、痛む頭を悶絶しながら抑えて、青ざめていた。地面に尻もちをつき、その足は震えていた。


「アルクトスって」


「最強の獣人と名高い男じゃねぇか!」


二人は恐れおののくような声で、その肉食獣の落とす影に身を削がれる思いをした。


「お前ら…俺の番に………」


アルクトスからは、先程よりも倍の殺気が放たれた。背後からも、タウさんとバーグナーさん、それから狼さんまでの殺気が合わさって、不穏な空気が漂っているのは明白だった。

ガラの悪い二人は姿勢をそろえ正して、正座すると頭を床につけた。


「「すいませんでした」」


「まあ、土下座で許されるとお思いなのね。大切なエンリルちゃんを奪おうとしたくせに」


彼女が私のために怒ってくれているのは嬉しいが、たぶん、お子様と言われたことが相当きたんだろう。


「ハハハ。そんなことですむわけがないだろう。俺の番のこともよく言ってくれたようだしな」


うん。バーグナーさんも怒ってるし、今後もないだろうけど、あの言葉は地雷なのだ。


「グルルル」


「…………殺す」


畳み掛けるような狼とアルクトスの殺気が放たれたことで、ガラの悪い二人は泣く泣く叫ぶしかなかった。


「「もうしませんっ」」


きれいに声を揃えて、二人は日が沈んだ街の中へと一目散に逃げるように消えていった。その後ろ姿を見送ると、私はアルクトスに手を握られて、そのままバーグナーさんの馬車に連れこまれた。

その直後をついてきていた狼が外で待機し、少し遅れてバーグナーさんとタウさんが乗り込み、四人と一匹で帰った。馬車の中で談笑を交えていたが、ずっとアルクトスは黙ったままだった。

屋敷ではすでに、温かい夕食の準備ができていた。

食事が終わり、解散の時間になると、客間へと彼と二人で向かった。使用人を入れず部屋に入ってすぐ、ほどけて下ろされた私の髪にアルクトスが顔を押し当てた。


「エンリル……心配した。なかなか……………帰ってこない」


「ごめんなさい。楽しんでたら遅くなっちゃったわ」


先程まで口を(つぐ)んでいた彼は、怒っていたのだろう。遅くなったことに非を感じて謝った。


「今晩は…たっぷり………味わうから」


恥ずかしいことを言うアルクトスから半ば逃げるようにしてお風呂に入り、寝間着になると、客間のダブルベッドに腰掛けた。


「エンリル……」


先に寝転んでいたアルクトスが、端に座る私を抱き寄せた。私も寝転がることになって、背中にアルクトスの体温を感じた。

髪に彼は顔をうずくめているらしく、その美しい金色の目を見て話すことはできなかった。


「狼が……教えてくれた。悔しいが……今日は…………負けたな」


彼は帰るのが遅いと心配して、バーグナーさんと共に街に行ったはいいものの、私の場所が分からなかったそうだ。匂いを辿ろうかと思っていたら、なぜか狼が眼の前まで走ってきて、ついていったらあの現場についたらしかった。

狼が居場所を教えてきたことに、少し劣等感を感じているようだった。


「助けてくれたでしょう。負けてはないわ」


私は、少し自信をなくしたような素振りを見せるアルクトスに言った。


「そうか……それなら……いい」


アルクトスが私の手を握って、ムギュムギュと指で私の手の肉を押してきた。


「そういえば、あなたって、クマの獣人なのよね」


「そうだが…それが……」


「ちょっといいかしら?」


アルクトスは素直に腕を緩めて、離してくれた。私が向き直ると、彼のハチミツがかった金色の目が合った。耳の上にある丸い獣の耳へと手を伸ばして触ると、フニフニとしてみて、手触りがよく癒やされた。


「私、動物はずっと昔から好きなのよ。学園のとき、あなたに会ったときから、触ってみたいって思っていたのよ。嫌だったらごめんなさい。公爵邸から逃げるときにも、触ってしまったけれど」


謝ったが、アルクトスは特に何も思っていないのか、ただ目を閉じていた。


「……心地いい」


「そうなの?」


「少し……こそばゆいが………」


少し口角を上げた彼にクスリと笑って、そのまま触り続けた。


「クマは……きらいか?」


魔物も動物も混在するこの世界。クマの特徴を持った魔物も、動物の中でのクマも珍しい。動物のクマの方は驚くべき生態を持っていて、暴走する魔物を倒すという説もあったな。


「私は森の秩序を守る動物だと考えてるわよ。尊ぶべき動物だと」


すると、彼は今度は私の背中に手を回して、胸に顔をうずくめた。


「あっ、あの」


誰かにこうやった姿勢で抱きつかれるのも初めてで、ドクドクと胸が波打った。


「いい……匂い…」


ガラの悪いやつに言われるより、こそばゆい声で心はもう夏の炎天下のようだ。


「そ、そういえば、もう一つ思い出したことが。私達、未婚よね」


「………」


「ということは、やっぱり昨日みたいなこととか、あんまりしないほうが」


と、鍵の閉じられた扉を開けようとしたところで、アルクトスは抱く力を強めた。 


これでは、私の鳴り止まない心臓が聞こえてしまうではないか。胸の小さい私には、彼の吐息も胸にあたっては、ドキドキと鼓動が荒波を立て、足が浮くような気分になった。


「心拍が……多い…」


「あ、あなたのせいよ」


「ふっ………リルは面白い」


愛称で呼ばれてさらに心臓がうるさくなった。

きゅうきゅうと胸が苦しく、彼の柔らかい獣耳を触ることも忘れて、両手で顔を覆ってしまうほどだった。


「未婚なんだから、こんなことしちゃいけません。早く寝ますよ」


「…そう言うなら……離さない」


「どういうことよ」


「未婚というな……番と言え。それに……獣人の耳を触るのは………結婚よりも重罪だ」


自分が先程、彼にしたことがブーメランとなって返ってきた。


「し、仕方ないじゃない。あなたの耳は、触りたくなる気にさせるの」


「そうなのか……なら…いくらでも…触っていい………番に触ってもらえることは…何よりの幸せだからな」


彼は私をさらに抱いた。私の小さな胸が、彼の顔で潰されているくらいに強くだ。ドクドクと未だになる心臓は、番という言葉によっても掻き立てられた。

彼は私と出会って何年も苦しい思いをしながら待っていてくれた。それはバーグナーさんが馬車で、タウさんとのお茶で、二人が何度も話してくれたアルクトスからの昔話から、いたく知ったことだった。


「ありがとう」


幸せだと言ってくれる彼に、焦熱的な思いになって、彼の頭に腕を回して私も抱き寄せた。


「あなたが待っていてくれたから、私を連れ出してくれたから、今こうして生きることができてるわ」


互いに抱く力を強めた。今、彼とは心臓が、気持ちが強く繋がっているようで、心に浮かぶ感情が、スルスルと口から流れては彼へと浸透していく。


「あなたの隣にいさせてほしいと、タウさんと話して、改めて強く思ったの。私みたいなキズモノでも、あなたの側にずっと一緒にいていいと、その権利を貰えるかしら」


確かめるように、彼の髪の臭いを分けてもらいながら、焦がれる思いを口にした。


「もちろんだ……それと君は……キズモノじゃない」


その言葉にまた救われた気がして、何度もアルクトスに感謝を述べた。彼の髪を撫でながら、木の柔らかな秋を思わせる匂いに安心して、月光が私達を迎える頃には、深い寝むりについていた。

心から滲み出た言葉が、確りと彼への思いを明白にしていた。今までにしたことのない抱擁も、またしたいと恋しくなって、朝起きたら彼がいなかった。そのことは、腕の中にいた大切なものを失った気をフツフツと湧かせて、私を脅迫するかのようだった。

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