学友2
「客人だ。丁重にもてなすよう」
「かしこまりました」
バーグナーさんが羊の執事に命令すると、私はメイドさんに連れられ、アルクトスはバーグナーさんの後をついていった。狼さんは再び外で寝泊まりするらしく、屋敷の中までは入ってこなかった。
廊下に立ち並ぶ高そうな花瓶、磨かれ濁りもない澄んだ窓、足音を吸収する弾力もいいカーペット。進むたびに、この屋敷の管理の良さが目についた。
周囲に気が散りながらもメイドさんに連れられて部屋に入った。
「今日はドレスにしちゃいましょう」
一際可愛らしいメイドさんが言った。村長の気の緩んだ屋敷に対して、格式高いこの屋敷の綺麗さに少し億劫になっていた。だが、メイドさんの愛くるしい笑顔に固まっていたものが解れた。
「はい。よろしくおねがいします」
なれた手付きでメイドさんは髪を梳かし、化粧を整えてくれた。髪は三編みで一本に横に結わえ。バラの花を模した飾りがついた赤いドレスを着させられた。アクセサリーは、やはり琥珀がはめ込まれたペンダント。
「琥珀が装飾に多いのですか?」
村のときにも、貸してくれたのは琥珀だった。
「そうですね、この国では琥珀は縁起が良いんですよ。繁栄と長寿を意味しており、大変貴重な宝石で」
「なら、こんなに大きな琥珀のペンダント、借りられません」
「大丈夫です。それはアルクトス様からのものですし」
「アルクトスが?」
「はい。お嬢様は、本当に愛されておいでですね。その琥珀一つで、確か、一つ領土が買えたっけ」
口に人差し指を当てながら、幼気に言うメイドさん。さらりと言われた値段に驚いて、高価なものをいつ彼は買ったのだろうと率直に思った。値段も値段で、これを外につけては歩けないと思ってしまった。
「アルクトス様が学園に通われていた頃、番ができたとお喜びになられて、ちょうどこの街でそのペンダントを買ったそうです。休暇中、旦那様のこの屋敷に遊びに来られたときでしたか」
「衝動買いじゃないの!」
目を開いて言ったら、メイドさんはクスクスと無邪気に笑った。
「でも、番にはそのくらい普通です」
貰っておけということかなのか。支度を終えると、庭園に案内された。よく管理が行き届いており、きれいな花も咲いていたが、何よりもその植えてある植物の効能が素晴らしいものばかりだ。アルクトスに教えられた良い薬草が多く連ねているのをまじまじと見ていると、東屋があって、先程のメイドさんがそこでお茶を出してくれた。
「ハーブティーです。ここの庭園で取れたものなんですよ」
良い香り。山で使った薬草は基本、怪我したときや、まとめてしるこしていたから、こうして茶葉として発酵させたものを飲んだことはなかった。甘い匂いと、植物の優しい香り。クッキーと口にすれば、味は抜群だった。
「美味しいです」
「良かった!実は少し不安だったんですよ。ここにくる旦那様の人間様のお客人はここの庭園で取れたものだと知らされると、嫌な顔をなさるので」
高い声でワイワイと喜ぶメイドさんは、村のときに世話してもらった三人のメイドさんを思わせた。サリーより活発で、よく笑う子だと思った。
「ここのは、どれも効能が素晴らしいものばかりですよね」
「お分かりになるのですか!?」
メイドさんは食い入って話してくれた。
「ここは私が他所から植物を仕入れているのです」
この子が!?
私よりも少し年若いように見えるメイドさん。年下だというのに、薬草の効能も鑑賞も考えた庭園を作っているなど、感心の極みだ。
「素晴らしいですね。あの、いくつかわからない植物があったので教えていただけると嬉しいのですが」
東屋で話が弾んでいたら、あっという間に時間が過ぎていた。一仕事終えたような顔をして、バーグナーさんと、アルクトスがこちらにやってきた。
「おお!よろしくやってるかタウ」
「バーグ!今ね、話が盛り上がっていたとこなの。気が合うみたい」
急に口調が変わったメイドさんを私は、唖然として見た。
「驚いただろ。俺の番のタウラヴだ。変装するのが趣味でな」
メイドさんは、深々とお辞儀して、挨拶をした。その頭には尖った耳、腰のあたりからはふさふさの大きな尻尾が。
「こんにちは。騙すようなことしてすいません。バーグナーの番のタウラヴです。よかったら、お互い敬語もなしでお話しませんか?」
あまりにも自然な動作で服を支度してくれたから気づかなかった。この人が辺境伯婦人であり、狐の獣人のタウラヴさんか。バーグナーさんの番さんは、くりくりと丸い目を孤月のように細めて微笑んだ。
「私はエンリル」
「ミコラーシュ……俺の番」
名字をどう言えばよいか迷っていたら、アルクトスが口を挟んだ。ミコラーシュというのは、彼の家名だ。
「自己紹介しなくても、バーグと私はよーく知ってるから。エンリルちゃん、よろしく」
無邪気に微笑みかけてくれるラウタヴさんの笑顔に思わず私も口角を上げた。彼女の笑った顔はお花のようで可愛いなぁと思っていると、アルクトスが歩み出て、私を抱きとめた。
耳元で綺麗だと言ってくるものだから、人前で顔を真っ赤にしてしまった。
「アルクトスも大胆になったのね」
「ああまったくだ。それに、こんなに強く反応するとは思いもよらなかった」
生温かい目が加わってさらに恥ずかしくなって耳まで熱さが上るのがわかった。アルクトスは抱き終えると、私の両の手を包んで握った。
「今日は…街をみせたい……」
「そうだな。それもいいだろうが、今回はタウが案内してくれる。お前は、俺と残業だぜ」
アルクトスは黒いクマの耳を垂らした。明らかにしょぼくれている様子を見て、子供っぽい一面も可愛いと迂闊にも思ってしまった。
「そう落ち込むな。すぐ会えるんだからな。タウ、できるだけ早く連れて行ってくれ。こいつが嬢ちゃんから離れづらくなる前にな」
午後はタウラヴさんとお買い物となった。出かけるときに狼さんも一緒に来てくれることになったので、初めての護衛いらずの買い物となった。
エドワードと婚約していたときは、常に警護のものがいた。他国の刺客や、国の反逆者が襲ってこないようにと、いつもつきまとわれていたから息が詰まったのを覚えている。今日からはもうその心配もいらない、気楽に行こう。
私とタウラヴさんは軽装へと着替えてから街の近くまで、少し馬車を走らせた。馬車から降りてしばらく、踏みならされて固くなった黄土色の土を歩くと大通りへと出た。先程よりも人通りが多い時間帯のせいか、街は先程よりも豊かに見えて、果物の恵みが多かった。露店が広がり、前を歩いていけばたまに人から声をかけられた。
「お姉さんたち、串焼きはどうだい?」
「オレンジはいかが?安いよ!」
人が多いものだから、迷いそうで怖くなって、思わずタウラヴさんの手を握ってしまった。
「す、すいません」
振り返って目を丸くするタウラヴさんに、熱が上っった。恥ずかしい。なんか、アルクトスのときよりも恥ずかさが増した。友達と手をつなぐって、こんなに緊張してしまうものなのか。
「いいのいいの、繋いじゃお」
タウラヴさんは元気に手を繋いでくれて、慣れた足取りで前へと進んだ。狼さんも離れずに私のあとをスイスイ歩き追いかけてくれた。細長く綺麗な指が私の手と、力強く繋がれて、引かれるうちに私の足取りもステップするようだ。フワッとセミロングの桑色な髪が風でなびいて、花の香りがしてきた。
「まずはここだね」
手を引かれてどこに行くのだろうとウキウキしていたら、ついたのは雑貨屋だ。生活のほとんどが揃えれるらしく、タウラヴさんは楽しそうに商品を眺めた。私もマグカップの並ぶあたりに足を止めていた。
取っ手が獣の尻尾を模していて、狐の尻尾と虎のしっぽを見つけるとバーグナーさんとタウラヴさんだと思って笑みがこぼれた。クマを模したものがなかったらちょっと残念だけれど。
不意にタウさんは私に振り向いて、たくさん渡してきた。
「エンリルちゃんには、これとこれとこれと……これと…」
獣人の伝統と慣習の本、生活必需品…次々と商品が私の腕の中に山積みになる。
「へへっ。これも」
ちゃっかりという感じで、薬草の本も一冊積まれた。
「これはバーグに請求ね」
今日買ったものはすぐに屋敷に届くらしかった。その次に行くのは、服とアクセサリーショップ。次がちょっと高めの雑貨屋。色んなところを見ては、何でも買ってくれた。昼の軽食を取りにカフェについたとき、タウラヴさんと談じあった。
「あの…こんなに買ってもらっては困ります」
「いいの遠慮しないで。私とバーグね、あなたのこと、ずっと待ちわびていたんだよ」
「え?」
どういうことだろう。困惑した表情になると、タウラヴさんはあどけなく微笑んだ。
「私もエンリルちゃんと同じ学園にいたんだ。一学年、上なのだけれど」
驚いた。無邪気で可愛らしいと思っていたタウラヴさん。誰をもその元気さに巻き込む活発な女の子と思っていたら、私より年上なのか。こう言っては悪口に聞こえるかもしれないが、いい意味で子供っぽさの残ったお姉さんだ。
「あなたを何度か見かけたのだけれど、話しかけ辛くって、ごめんなさい。でももっと早くあなたと話していればよかったと思うの。こんなに楽しい買い物、初めてだから」
彼女は嬉しそうにお茶を飲んだ。お茶に口をつける瞬間までも、にこやかに陽だまりのような笑顔を向けてくれた。私もこういうあどけなさや、人を楽しませる力を持ちたいと、羨ましく思った。
「だからこの買い物は、楽しませてくれてるお礼。それと、エンリルちゃんが子供を生むときは教えて。服を用意してあげるから」
「こ、子供…」
アルクトスと子供など……。
その過程を考えて、再び顔を赤くしてしまった。
「あははっ。エンリルちゃんは、正直だね」
足元にいる狼さんが欠伸をした。
「アルクトスから本当に、エンリルちゃんのたくさんのことを聞かされていたの。学園であなたを見かけるたび、話しかけたいなぁって思ったのに」
「いいです、仕方ないのです。あの頃は、私に話しかけたら嫌な目で見られるって、学友にもそう言われて、関わってくれる人が少なくなってしまいましたから」
学園のとき、初めてできた友も離れてしまった。公爵で時期王妃と言われていた私は、学園の中でこの地位を憎む令嬢たちに、嫉視されたこともあった。そういう目を向けてきた子達が手を取り、私の周りから友を次々と奪ったのだろう。気づいたら、周りには誰もいなくて、それを誤魔化すように私は王妃教育に明け暮れた。そうやって、自分をどんどん追い込んでいたことに気づかずに、私は教育を受けさせられるたびに苦しい思いをした。
友がいなくなったのも、私が追いかけなかったから悪いのだ。だから、タウラヴさんが謝る必要も罪悪感を感じる必要もなかった。
「エンリルちゃん、改めて。私とお友達になってくれる?」
晴天をつくような青い空が似合う声が、言った言葉に、多幸感に溢れた。
「はい!もちろんです」
「敬語はなしだから、ね」
「う、うん」
クスクスと笑ったタウさん。新しい友達は笑顔をたくさん持っている人で、人に振りまくことを恐れない活発な女性だった。
二人で学園の頃を思い出しては、教師の姿が頭に浮かび、どういう話口調で、どういう性格だったかで共感して、話が弾んだ頃。
「そういえば、エンリルちゃんはこれからアルクトスと一緒になるってことだよね?」
「そういうことになるかな」
自信なく言った私に、タウさんはニッコリと言った。
「アルクトスが好きなの?」
「うん」
「どのくらい?」
「えっと、い、一番」
「あははっ。本当、恥ずかしくなると耳まで真っ赤」
タウさんに知らず知らずにからかわれていたようだ。今の質問には、真剣に答えていると言えば、タウさんはお腹を抱えて笑うのをやめて向き直った。
「獣人にとって番は己の全て。人間の価値観とはまるで違うの。アルクトスは昔からの大切な友人だからあなたに聞くね。番として、あなたに果たす覚悟はある?」
タウさんが言おうとしていることは伝わってきた。人間と獣人、まず番として交わった例は極僅かだろう。番としか交わらない獣人に、その対象が人間という異種族に現れるのは本当に稀なケースだから。
獣人にとって番は一生涯のものであり不変的なもの。人間にとって、お付き合いする人というのは変動のできるもので、その価値観は確かに違う。それでも、私はずっと彼のことが好きで、きっとその気持ちは一生涯変わらないだろう。
「私は、学園で初めて会ったときから、アルクトスが大好きで。エドワードがいるから叶わないと、この思いを包み隠そうと思っていたわ」
今思えば、確かに婚約者がいる身で恋をすること自体、社会的にどうかと思われるかもしれない。でも、本当にこの思いはどうしようもなくて。
彼のことを考えると、だんだんと胸が熱くなってきた。
「私にとって、何よりも大切な人で、信頼できる人で、本当に好きで…この思いはずっと変わってなくて」
まるで魂の片割れを見つけたかのようなこの思いは、私の中でまだ膨張し続けることを止めなかった。
「アルクトスの番になれる資格が私にあるなら、彼がそれを許してくれるなら、私は彼にこの身をもってできるだけのことをしたいわ。彼の隣りにいることが、私にとっての最高の幸せだから」
身を挺して守ってくれた、卒業してからもずっと待っていてくれた、私に希望を持たせてくれた彼に。
「私は番として果たす覚悟は持ち合わせてます」
そこまで言い切られたタウラヴは、むしろ感心するより、恐縮した。
「エンリルちゃん」
タウさんは慈しむように目を細めて、こちらを見入った。
「強い思いと覚悟を持っているのね。ありがとう、アルクトスの番がこんなにも番としても慕う気持ちが強いのを聞けて、獣人ながら恐縮しちゃった」
人を大切にする思いに対して義理堅い獣人から、恐縮させるほどの思いを言っていたのかと思うと照れくさくなった。
「でも、エンリルちゃんは尽くしすぎるから、限度は考えなさい。アルクトスから凄い形相で、エドワードに尽くす姿が歯がゆいと聞かされたこともあったから」
彼が昨日打ち明けてくれた、エドワードに尽くす姿が嫌いだったと言われたことを思い出して、私は頷いた。
確かに、一方的に無理をして尽くすようなことは止めて、支え合うくらいの、相手を慮るようなことができたら、十分かもしれない。
「本当、あなたたちの恋路が楽しみね。アルクトスはエンリルちゃんに強く惹かれてるし。たぶん実際は、あなたが隣りにいてくれるだけでいいと思ってるからね」
「それでも、やれるだけのことはしたいわ。隣りにいるだけで良いと言ってくれるのは嬉しいけど、何もしてあげられないのは少し寂しいから」
「エンリルちゃん、人間じゃなくて獣人みたいなことを言うわね」
そう言われて、お互い顔を見合わせて高笑いしあった。学園と打って変わった、平和な日常に思わずゆっくりしてようで、気づけば日が沈みかけていた。アルクトスの幼い頃の話も聞けたし、獣人の習慣とかも聞けたし、店も満喫したのでそろそろ帰ろうと、帰路についたときだった。




