学友
□月□日
あなたのご友人とは初めて挨拶したけれど、良い人ね…
すやすやと彼の腕の中で眠っていたらしく、目が覚めると、隣で寝転ぶアルクトスは体をこちらに向けて、まだ目を閉じていた。
彼も相当疲れが溜まっているのだろう。私はアルクトスのクルクルと跳ねた髪の毛を触りながら、頭を撫でてあげた。番になってほしいと、彼は言ってくれた。それだけで、もう十分なほどに私の心を潤しくてくれた。
「アルクトス」
名前を呼ぶと、アルクトスの腕が私の腰に回されて、抱き寄せてきた。
「まだ………こうして…………一日………過ごしたい…」
こんなに深く眠った朝は、アルクトスも久しぶりだろう。野営続きで、傷もまだ治っていない彼は、少し起きるのに苦戦しているようだ。目を閉じながら、平生よりもさらにゆっくりとした口調になっていた。
「早く起きて、あなたのご友人に会わないと」
我儘な要求も答えてあげたいけれど、今日は彼の友人が来るのだ。アルクトスをちゃんと起こしてあげようと思っていた最中、急に客室の扉が激しい音を立てて開いた。私は打ち放された扉の音とその入ってくる気配に困惑した。対して、アルクトスは案外落ち着いていてその入ってきた気配を確認するまでもなく、横になっていた。
「アルクトス、それは見せつけか?お前ほどのやつが、こんなにべっとりになるとは、ハハッ。面白い光景だな!」
アルクトスとは打って変わって快活で、早い口調の獣人だった。銀髪に金色の瞳を持ったその人は、丸い耳に、長いシマシマのしっぽを持っていた。その人はベッドに近づくと、アルクトスの頭をベジベジとその長い尾で叩いた。
「痛い……やめろ………」
アルクトスが長いしましまの尻尾を払い除けると、その人は笑った。
「ハハハ、ほらほら離してやんな。エンリルちゃんが困ってるじゃないか」
この虎の獣人がおそらくご友人だろう。なぜこの人は私の名前を知っているのかと思った。疑念を抱く私を抱き寄せている手をアルクトスが緩めると、ベッドから私は起き上がって顔を熱くなるのを感じながら言った。
「あの、寝間着なのでしばらく待ってもらえます?」
「すまんな、俺はこいつと外で待つとするよ」
その人がアルクトスを部屋の外に連れ出すと、メイドさんが部屋に入ってきた。私をまた着替えさせてくれて、今度は、白いブラウスに茶色のスカートを履かせてくれた。髪をとかされると、ポニーテールに結えられた。朝の朝食のために食堂の部屋に入っていくと、既に村長も含めた三人がそこに腰掛けていた。
「エンリル……」
「おお!これはべっぴんだな。寝起きもよかったが、さらに磨きがかかるな」
ちょっとレディーに対して失礼そうなことも、彼のご友人は明るく喋るものだから、あまり不快に思わなかった。ご友人の名前はバーグナー。
この村もバーグナーの統括地の一つであり、辺境伯の位を持つ人だ。
「お前……エンリルは」
「はいはい。わかってるよ。どうせお前のことだから執着がものすごい強いだろうな。俺にも番はいるがここまでじゃないぜ」
まるでアルクトスの心を読み取るようにスラスラ言ってのけるバーグナーさん。
「今日は俺の屋敷に移動してもらう。そこで三日休んでもらったあと、二日かけて移動して、王に一度謁見すべきだな。お前が急に休みをとるもんだから、何かと大変だったぜ。なんせ、王族傍系のお前の仕事は無駄に多いからな」
「え、アルクトスは、王族の傍系なんですか」
アルクトスにエスコートしてもらい、食事の席についたとき、驚愕の話に、私は耳を疑った。私と同じ学園にいたから、貴族ではあることは知っていたが、まさかそんな高貴な血縁があるとは思いもよらなかった。
「まあ、こいつのことだから喋んないだろうよ。先々代の王の弟の家系だ。こんなに強い獣化の能力持ちだから、王候補になってたんだけどな」
「王候補!?」
「ああ。なんせ、強者絶対主義の獣王国だ。王に即位するには、王族の血が少しでも流れていたら、その座を狙いにいけるんだ。今の王はそろそろお年だから、もうすぐ王を決める決闘が始まるっていう時期に」
「そんな大事なときに、私を連れ出しに来たのですか」
隣に座るアルクトスの方を見やると、ポリポリと頬をかいていた。私より背が高く体格も大きいのに、その仕草がなんとも可愛らしく思えた。こんな大切な時期に私を助けに来てくれるなど、彼が相当私を好きでいてくれたという証なのではないだろうか。そう思うと、心のなかで嬉しく思う自分がいたが、彼が王族の傍系であるということには、耳を疑うしかなかった。
「エンリルのほうが……ずっと大事だ…。王など………面倒くさい……」
「ハハハハ。そういうと思ったぜ。こいつな、在学中ずっと、俺にエンリルちゃんのことばっかり話してな。寮生の学園だから、嫌でも朝から顔を合わせるんだが、第一声が番のエンリルちゃんについてだよ。卒業してからはもー、たくさんだね」
「仕方無い……壊れそうだったんだ……」
先程抱いていた疑念である、バーグナーさんが私の名前を最初から知っていたこと。その理由は、アルクトスが何度もご友人に話していたからだと。在学中にアルクトスは、どんなことをバーグナーさん話してみせたのだろう。ご友人が私の名前を覚えるくらいだから、相当な回数は話していたのだろう。
壊れそうだったと言うアルクトスの顔を見て、彼が卒業してからどんなことをして、どんなことを思って過ごしていたのか気になった。今、私達は十六歳で、卒業してから二年は経つが、その間彼はずっと待ち続けてくれたのだ。
私がもっと早く、エドワードに婚約破棄されていれば…
「おい、何落ち込んでんだ。こいつはかなりしぶといから、大丈夫だぜ。丈夫さで言ったら、この国最強だろうよ。実際こうして、エンリルちゃんとアルクトスは番になれたんだ。それに、今から空白の二年分を埋めたらいいぜ」
番と会うことなど難しいし、結ばれることも特に人間と獣人の異種同士だとさらに困難になるらしい。だから、そういうものだと、バーグナーさんは活気に溢れて言った。馬車の支度ができたとメイドさんたちが報告しに来たら、すぐに村を出発することになった。
「村長さん、ありがとうございました」
「ほほほ。いいぞいいぞ。にしても、お嬢さんは動物に好かれやすいの」
村長は私の足元にいる狼さんを見て一笑した。
魔物の狼さんは、馬車と並行して走りたいと申し出てくれていた。どうやら、私の側で悪者が来ないか見張っていたいとの要望だった。
「くっ……狼…まだそばにいる気か」
さも知らんぷりの狼は私の側に近寄り、ピタリと座って、私の右足に体を寄せていた。
隣でバーグナーさんがしばらく高笑いして、私も思わずつられて笑った。
「寂しくなるわ」
「寂しいでしょう」
「寂しい寂しい」
メイドさん三人がハンカチを濡らしていた。別れを惜しまれて、サリーを思い出しては、きっと無事であるだろうけど、危険が迫っているなら、こちらに家族で逃亡してほしいくらいだと頑なに思った。もしこちらに来てくれたら、喜んで迎えて、幸せを見つけたと希望を持った私の姿を、彼女に見せて安心してもらいたかった。届かない思いを胸に、メイドさんたちにも別れを告げて、屋敷を離れた。
馬車に荷を積むとき、村長さんから服を何着かもらって、メイドさんが徹夜して縫ったという刺繍のハンカチを三枚も貰ってしまった。村人も笑顔で手を振りながら見送ってくれた。これほど歓迎してくれた村に、私は感謝でいっぱいの気持ちになった。
揺れる馬車の中、会話は絶えなかった。特にアルクトスの昔話をしてくれるバーグナーさんの話が面白かった。
「アルクトスはな、冬の寒い時期の授業は決まって寝るんだ」
「え、寝ていたのですか、アルクトスが?」
信じられない。成績優秀で、図書館に行くたびに彼とは勉強を教えあっていたけれど。普段は薬草図鑑を読み漁り、剣術の鍛錬を怠らない真面目な彼が、授業中に寝るなど意外だった。
「おい………その話はよせ……」
「ハハハ。まあ、クマがお前の先祖だからなぁ。獣化の能力も強いし、だからこそ本能的なものも強いんだろうよ。ま、ちょっとした冬眠みたいなもんだ」
「冬眠ですか」
冬眠されてしまったら、冬の冷たさを私一人でどう乗り越えればいいのだろう。
「大丈夫………エンリルとの冬は…ずっと起きるよ……」
「エンリルちゃんへの執着、少しは緩ませたらどうだ」
「無理な話だ……」
次に話してもらったのは、好物についてだった。彼は意外にも甘党らしく、マカロンやケーキなど稀に食べているらしい。私もマカロンは好物なので、今度買おうかな。
「で、マカロンよりもすきなのが、蜂蜜なんだ。あるとき、男子寮にいた獣人生徒たちで囁かれたんだ。寮に牛の頭くらいの蜂の巣ができたと。で、放課後それを見に行こうという話になってな」
「その話は……絶対に」
止めようとするアルクトスを無視して、バーグナーさんは元気よく話した。
「夜な夜な見たんだ。日が沈んだ中、金色に目を輝かせ蜂の巣を小脇に抱えながら座り、指を舐めていたアルクトスをな」
「おい…………」
クマのような仕草で、青年時代の彼が蜂蜜を食べているのを想像して笑った。頭を抱えて恥ずかしそうにしているアルクトスも、可愛く思えて愛おしかった。
私の知らない彼がバーグナーさんの話にはずっといて、アルクトスの友人が少し羨ましいと思った。
「で、今の状況に戻るが、こいつはなかなか粘着質で厄介な性格をしていてな。番を迎えに行くためにと、学園を卒業してからこの二年間、ずっと鍛錬か勉学、もしくは計画を立てることしか頭の中になかったようで。心の疲れが溜まったときは物にあたり、王も困って隣国にとばすくらいだぜ」
「隣国にとばされたですって!?」
目を開いて驚き思わず声を上げた。今日まで村長から厚い歓迎を受けれたのは、アルクトスが私を連れ去る計画をずっと準備していたからだと。改めて彼が私のことをずっと思っていてくれたことを聞けて、隣に座る彼の手を握った。心嬉しいという気持ちで、胸が熱くなるのを感じた。
「そういえば、こいつの何よりのとっておきの好物があるな」
「それは、何ですか。気になります」
「ハハハ。エンリルちゃんは当てられるかな」
マカロンとケーキ、甘いものが好きだというのなら。
「パンケーキ、とかですか?」
蜂蜜をたっぷりかけられたホイップクリーム増し増しのデザートを思い浮かべた。
「いいや、残念」
「なら、シフォンケーキでしょうか」
何としてでも当てたい。彼のことを一番知っているのは、バーグナーさんより私でありたいのだ。今まで食べてきたデザートの数々を思い浮かべては言うが、どれも外れだった。
「うん、それも違うな」
「もう参りました。参ったので教えてください」
「ハハハ。いつか分かることだぜ」
バーグナーさんが答えをはぐらかしてくるうちに、馬車の振動が弱まった。そのことから、今いるところが舗装された道路であることがわかる。馬車からの窓を覗けば、大きな街だった。
人通りの多い中にも関わらず、スイスイ進み、ここを統括するバーグナーさんの家紋付き馬車だからこんなに早く進めるのだろうと予想した。人もこの家紋を見て、すぐに脇道に沿って歩いて、手を振ってくれるのだ。バーグナーさんは良い領主なのだろう。私も馬車の中から振り返すと、街の人達は皆、可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「さて、ついたな。ゆっくりしていけ」
馬車からアルクトスにエスコートされながら屋敷の前に足を踏み出した。エスコートをされるとき、狼まで来てくれたが、それを睨めつけるアルクトスを見て、バーグナーさんは再び大声を出して笑った。




