最終話 その聖剣、選ばれし筋力で
アリアス教の大教会に比べると、非常に質素で小さな教会。
それでも清潔感が保たれており、神聖な空気が流れている。
それは、普段からエウスアリアがしっかりと管理しているということもあるだろうが、何よりも頻繁に信仰対象が降りてきているという要因も大きいだろう。
「それでのう! アルバラードの奴がのう!」
「はい、はい」
そんな信仰対象であるシャノンは、ニコニコと楽しそうに笑いながら、エウスアリアに話し続けている。
話の内容は、アルバラードのこと一択である。
シャノンを信仰しているというのに、そのシャノンが意識を向け続けているのはアルバラードだ。
一人の信者として本来なら嫉妬心でも抱いていいかもしれないが、エウスアリアもアルバラードのことを心の底から尊敬している。
まったく嫌な気持ちにならず、むしろウキウキで話を聞いていた。
ドロドロに濁った瞳は相変わらずだったが。
「いやー、やはりアルバラードは戦う姿がいいのう! こう、ずばーっと! えいやっと! 敵をなぎ倒すのは爽快じゃった!」
「そうですか、素晴らしいですね」
「うむ! しかも、あの鬱陶しいアリアス教を痛めつけることができたからのう!」
キャッキャッと楽し気にはしゃぐシャノン。
子供のように見えるが、これでも神である。
そんな彼女に、エウスアリアは気になっていたことを尋ねた。
「ところで、反撃を受けたアリアス教は、どうしてアリアス神が出てこなかったのでしょうか? 属神のオルティメウスは出てきたというのに」
ここまでアリアス教が衰退することは、神は認められないだろう。
信仰心が神の存在する力になるのだから、それが著しく衰えるのをただ見守ることはできないはずだ。
さすがに神が二柱も現れて同時に対応を迫られていたら、また結末が変わっていたかもしれない。
まあ、その時はエウスアリアも出陣する用意があるが。
そんなことを考えている彼女に、シャノンがさらっと何でもないことのように言った。
「ああ、それはわらわが警告しておったからの。お前が出たらわらわも出るぞ、と」
「なるほど……。アルバラード様が大切だからですね。過保護ですよね、シャノン様」
「ち、違うわ! 神が出しゃばるようなことじゃないと言っただけじゃ! まあ、それでも結局属神は出してきおったが……」
顔を真っ赤にしていたと思えば、今度は冷たく吐き捨てるシャノン。
顔は平然としているが、怒りに満ちていることが分かる。
大切な信仰対象にそんな負の感情を抱かせるアリアス神に対する怒りが凄まじいことになる。
アルバラードのおかげで弱体化しているし、一気に信者を皆殺しにしてみようかと真剣に考える。
そんな彼女の前に座っていたシャノンが、よっこらせと立ち上がった。
薄い衣装の中で、褐色の豊満な胸が弾む。
「よし、そろそろ行くか」
「どちらへ?」
エウスアリアに尋ねられたシャノンは、けろっとしながら言った。
「アリアスにけじめをつけさせるのじゃ」
「おかえりをお待ちしております」
「うむ!」
深く頭を下げるエウスアリアに見送られ、うっきうきで消えていったシャノン。
どこかの次元から、豚の悲鳴のような声が聞こえてきた気がするが、気のせいだろう。
そんなことよりも、エウスアリアは考えなければならないことがあった。
「……やっぱり、直接見たかったですね。次は見逃さないよう、アルバラード様のところに行くべきでしょうか……」
真剣に検討を始める。
彼女がひょっこりとアルバラードの前に姿を現すのは、数日先のことだった。
◆
深く息を吸って……そして、吐き出す。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
「おっもたいため息ですわね。聞かされる方もげんなりしますわよ、普通なら」
私の顔を覗き見て、アンタレスが言う。
背中を曲げて覗き見ているため、ふわふわロールの長い髪が柔らかく垂れる。
……うん、それは本当にいいところのお嬢様みたいな感じなんだけど、目がね……。ドロドロなのよね……。
「あんたたちは普通じゃないからいいでしょ」
「確かに、あなたがそんなげっそりとしていても、わたくしは何も思いませんが……」
「外道」
私がギリギリと歯を食いしばりながら文句を垂れるも、アンタレスが気にする様子はない。
相変わらず、アルと悪人殺し以外のことはどうでもいいと思っているわね、こいつ……。
「どうした、愛剣?」
「どうしたもこうしたもないでしょ……。私、自分のことを聖剣だと思い込んでいた異常な邪剣だったのよ……?」
「まあ、封印の影響で記憶障害があったようだな。仕方ないだろう」
私は衝撃的だった。
まさか、アルに慰められている、だと……?
……私はそこまで堕ちていないわ!
「というか、自分で違和感とかなかったんですか? 働かずにニートを希望し、闇の力を操る武器が、どうして聖剣だと……?」
「このイカレ女……! 私に説教する気……!?」
しかも、正論だから何も言い返せない……!
いいじゃない、闇の力を使う聖剣があっても!
聖剣の定義なんて、適当でしょ、どうせ!
私が聖剣だと思ったら聖剣なのよ!
……と思っていたところで、ふと思った。
今まで私以外の聖剣が具現化していないと思っていたけど、それって……。
「もしかして、私が邪剣だから聖剣も表に出てこなかったのかしら? なんだかむかついてきたわね。アンタレス、その聖剣貸しなさい。邪剣パワーを上げるから」
「はい、どうぞ」
『ッ!?!?!?』
ニコニコとしながら細い聖剣を差し出してくるアンタレス。
え、差し出すんですか!? みたいな意思が伝わってくる。
よぉし。あんたの聖剣の輝きも、私の闇の力で飲み込んでやるわ……!
どこからか悲鳴が聞こえてくるが、それを無視してじりじりと近づいて行っている中で、私はアンタレスに呟く。
「しかし、あんたも普通についてきているわね……」
「マスターのいるところにわたくしありですわ!!」
「そうですか」
ともかく、久々に会えたご主人様から離れたくない忠犬ってことね。
これ、しばらく……というか、本当に最後までついてきそうな気がするわね。
「ところで、アンタレスがこんなふうになったのは聞いたんだけど、アルのことは知らないわね……」
「む?」
私の言葉を受けて、アルが少し驚いたように目を丸くしていた。
以前のアリアス教崩壊事件(加害者)のさ中、アンタレスの過去を聞くことがあった。
それに対して、私を使用しているアルに、アルの過去を聞いたことはなかった。
まあ、別に興味がなかったというのもあるが……。
「わたくしも、わたくしに出会う前のマスターのことは知りませんわ」
「むむ?」
私だけなら黙殺されていたかもしれないが、アンタレスまでもが乗ってきたので、さらに驚きを見せるアル。
アンタレスは私に片目を閉じてウインクしてみせていた。
いや、あんた単純にアルのことを知りたいだけでしょ。
「そんなに興味あるか? 私のことが」
「あるわ」
「ありますわ!」
「ふむ、そうだな……。どこから話すべきか……」
私とアンタレスが力強くうなずくと、アルは空を見上げる。
即決即断即行動のアルにしては珍しい行動だ。
とはいえ、言いたくないから言い訳を考えている、というわけでもなさそうだった。
そんなそぶりを見せれば、アンタレスがすぐに引くだろう。
「たとえばだが……」
考えがまとまったのか、空に向けていた視線を私たちに向け、アルは口を開いた。
「私が歴史上誰にも使用されたことがない聖剣で、あまりにも私を扱える素質を持った人間が現れないため、具現化して自分で悪を滅殺するように行動し始めた武器だと言ったら、どう思う?」
どう思う、と聞かれても……。
私はアンタレスと顔を見合わせ、そしてアルを見て口を開いた。
「え? 頭おかしくなったのって思う。あ、もともとおかしいか」
「そんなマスターも素敵ですわ……!」
「そうか。そうだな」
アルはそう言うと、本当に小さく、薄く笑った。
わ、笑った……!?
あまりにもそれが衝撃的すぎて、さっきの荒唐無稽な作り話は一気に吹っ飛んでしまった。
アンタレスなんか気絶しそうになっているし。
「……また今度話そう」
そう言うと、アルはスタスタと先を歩いて行ってしまう。
私と気を取り戻したアンタレスが、慌ててその後をついていく。
「今よ、今。時間は有限なんだから!」
「わたくしはマスターの言うことに従いますわ!」
『その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~』 終わり。
完結です!
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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