第69話 貴様らの頭蓋に血を注いで乾杯だ
「おいおい、アリアス教の今の状況、知ってて言ってんのか? いや、知らねえだろうな。知っていて言っているんだったら、とんでもないバカだ」
「状況だと?」
首を傾げるアルバラードに、マサドは本当に何も知らないバカなのかと、目を丸くする。
この街にいて、状況を理解していないはずがないのに。
「アリアス教の勢力拡大だよ。今、この世界のすべての宗教の中で、一番勢いがあるのがアリアス教だ。だから、少なくともこの街でも、アリアス教以外の宗教は消えた」
世界に宗教は無数にある。
そのため、世界で一番の規模というわけではない。
しかし、拡大しているペースの速さは、間違いなく今世界一だろう。
このペースでいけば、いずれトップも見えてくる。
信心深いアリアス教のお偉いさんたちはそれで喜んでいるみたいだが……実際、マサドは別にどうでもよかった。
彼にとって宗教は、いかに自分が甘い汁を啜れるかである。
もちろん、勢力が大きく権威が強いほど、汁は啜りやすい。
だから、こうして敬虔にも地道な棄教活動をしているのである。
「分かるか? 敵に回すべきじゃねえって言ってんだよ」
人は、集まって強くなる。
組織を作って強くなる。
アリアス教の規模は、決して個人ではどうすることもできないレベルに大きくなっている。
そして、過激な活動方針は、マサドのしていることを見れば一目瞭然。
決して敵に回してはいけない存在が、アリアス教なのである。
これは、マサドからしても、脅しというよりも忠告の意味が大きかった。
しかし、その忠告をアルバラードはあっけなく切り捨てる。
「勘違いしているようだが、そもそも私が貴様らの敵に回ったのではなく、貴様らが私の敵に回ったのだ」
アルバラードから積極的に攻撃を仕掛けたわけではない。
アリアス教がシャノン教を攻撃したから起こったことである。
「わが神を侮辱する神敵め。死ぬが良い」
「うおっ!?」
そして、アルバラードは何の躊躇もなくマサドに襲い掛かった。
振り下ろされる瓦礫付きの聖剣。
かなりの重量で、一般人なら持ち上げることすらできないものだが、アルバラードはまったく気にすることなく振り回す。
一撃喰らっただけでも、その部分が破裂するレベルの膂力である。
「テメエ、とんでもないものを武器にしてんな。罰ゲームか?」
「罰ゲームはこっちのセリフよ! ぶっ殺すわよ、チンピラ神父!!」
冷や汗を垂らしながら言えば、なぜか少女がブチ切れている。
聖剣そのものであることを知らないマサドからすれば、知らないことは当然だろう。
なんでキレてんの、こいつ? と思った。
「今までいろいろな奴と殺し合いをしたけど、テメエみたいな武器を使っている奴はいなかったぜ」
「そうか。では、これが最初で最後になるな。死ね」
「ちぃっ!!」
息を整える暇すら与えられない。
猛然と振るわれる瓦礫付きの聖剣。
一撃必殺の攻撃力を秘めているそれは、脅威以外のなにものでもない。
「ふぅん!」
「がっ!?」
ただ聖剣に気を付けて当たらないように立ち回ればいいというわけではない。
遠距離攻撃も、当然のごとく習得しているアルバラード。
強く聖剣を振れば、風が暴力の斬撃となってマサドに襲い掛かった。
暴風に吹き飛ばされ、血を吐く。
とんでもないダメージである。
「……テメエ、いったいなんだ? 普通の人間じゃねえだろ」
血を拭いながら、マサドはギロリと睨みつける。
見られただけでも委縮しそうな鋭い眼光を受けても、アルバラードは胸を張る。
メンタルお化け、ここにありである。
「私はアルバラード。敬虔なシャノン教の教徒である」
「そして、わたくしは偉大なマスターの弟子、アンタレスですわ!」
無表情のアルバラードに、どや顔のアンタレス。
なぜどや顔……と思うが、彼らの名前にマサドは目を見張って冷や汗を流す。
彼らの『悪名』は、広く知れ渡っているからだ。
「アルバラード……『頭のおかしい正義狂い』か!」
「その二つ名、もう蔑称よね、絶対」
冷静な聖剣の言葉。その通りである。
「それに、アンタレスってのは、『血染めの勇者か』。ふはっ、笑えてくるな。この世界の中でもトップクラスのやばい奴が、二人もいて、その二人と敵対しているってのかよ。笑えるぜ」
少なくとも、この地域ではトップクラスの化物である。
強靭な力を持っているだけならまだしも、メンタルもやばいときた。
敵意を向けられやすい悪人は、どれほど彼らに怯えていることか。
どちらかというと悪側の自覚があるマサドは、深くため息をついた。
「あーあ、ふざけんなよマジで。全然割に合わねえじゃねえかよ。こんなゴミみたいな仕事、拒否しておけばよかったぜ」
「アリアス教のために頑張るとかはないの?」
「はあ? あるわけねえだろ、そんなの。別に、アリアス神のことを、心の底から信仰しているわけでもねえしな。好きに活動できて威張ることができるんだったら、後ろ盾には何でもしていたよ」
甘い汁を啜るためにアリアス教に入信したというのに、結果が化物二人とタイマンとか最悪である。
どれほどの財産を積み上げられたとしても遠慮したいところだった。
そんな自分の欲望を叶えるために入っているだけの宗教に、命を懸けて献身したいなんて思うはずもなかった。
だから、アルバラードたちが見逃してくれるというのであれば、嬉々として逃げ出していたのだが……。
「そうか。別に貴様がどういう気持ちで信仰しているかどうかはどうでもいい。わが神は貴様らの血と臓物をお望みである。早く死ね」
「絶対邪教だわ……」
アルバラードに逃がすつもりは毛頭ないのが伝わってきて絶望である。
彼からすると、自身の信仰する宗教と神を愚弄したと受け取っていた。
すなわち、死刑である。
この世で最も尊い存在を愚弄して、生かして帰すはずもなかった。
当然、ぶっ殺す。
隣で聞かされる聖剣はげんなりしていたが……。
「いや、わらわ本当にそんなの求めていないのじゃ……。何か勝手にわらわが邪神にされてもうとる……」
「!?」
また一瞬だけ褐色肌のスケベな女が現れた気がして、ギョッとした。
何だあのスケベ!
「たまに出てくるあの女なに!?」
もう大体分かっているのだが、あんなフランクに何度も出てくるとは思いたくなかった。
だって、絶対に面倒くさいんだもん。
「神も私を見てくれている。張り切って貴様らを殺そう。そして、貴様らの頭蓋に血を注いで乾杯だ」
「消滅した方がいいんじゃないかしら、その宗教」
ウキウキでマサドの死体損壊を明言するアルバラードに、聖剣が半目になって睨む。
邪教である。間違いなく邪教である。
アリアス教もやっていることはかなりおかしいとは思うのだが、話を聞いている限りだと、シャノン教よりはマシだろうと思えた。
「あのさあ、勘違いしているかもしれねえけど、アリアス教がいくら勢いが凄いからといって、それだけで好き勝手できるわけじゃねえんだぜ?」
ふうっと息を吐くマサド。
魔力を練ることはできた。その時間を稼げた。
確かに、この二人を相手にするのはかなり厳しいだろう。
だが、その程度で諦めるくらいの、弱い力しか持っていないわけではないのである。
「当然、欲望のままに行動するんだったら、力が必要なんだよ。こういう風になあ!」
直後。炎がアルバラードを包んだ。
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