第58話 じゃあ、全部あいつが悪いわ
「マスター!」
「アン!」
私の目の前で、ひしっと抱き合うアルとアンタレス。
アルはともかく、アンタレスってこういう性格になるのね。
目をギュッと瞑ってきゃーっと楽しそうにしている姿は、年相応にしか見えない。
なお、二人の目はドロドロに濁っている模様。
そんな様を隣で見ていたルルは、げんなりとした様子だった。
「……まさか、この二人が知り合いだったなんてね。この世の終わりにゃ」
「類は友を呼ぶと言うでしょ? 多分、私たちが知らないだけで、こんなのがまた何人もいるわ。間違いないわ」
「嘘でしょ……? この光景だけでも、卒倒しそうなほどなのに……」
ルルは絶望しているけど、私は確信している。
やばい奴には、やばい奴が寄ってくるものなのだ。
人間はどうしても群れをつくって共同体を為そうとする連中である。
アルにも色々とやばい奴らが近づいているんだろうなと思う。
……一刻も早く解放されないといけないわね。
「ま、まあ、もう私は関係ないから。これであんたたちと話をするのも最後ね。間違いなく」
「…………」
「な、なによ。そんな恨めしそうに見ても、私は嫌だからね」
ふふんと胸を張るルル。
……無駄にちょっと大きいのがむかつく。
しかし、自分から離れればもう関係しなくていいと思っているのは、頭キッズね。
世の中、そんなに甘くできていないのよ。
私みたいに俗世に関わらず引きこもりをしていたのに、こうして表社会に引きずり出されて嫌々戦わせられているようにね!
「ふっ……。違うわ。これは恨めしかったり羨んだりしている目じゃないわよ。本当にそんなことになるんだったら、一生本気で呪いをかけ続けるだけだし」
「こわっ!」
当然である。
私を差し置いて幸せになるなんて許されるはずがない。
しかし、そんな恨みをルルに向けることはない。
そんな必要がないのである。
「私は分かる。あなたは一生不憫な感じで人生を過ごすことを。だから、あなたが逃げても間違いなくアルに関係するようなことになるわ。絶対に。百パーセント」
「ふ、ふざけんな! そんなの、嘘に決まっているにゃ!」
いや、嘘じゃないわ。絶対にそうなるわ。
ルルが求めていないことは、世界が必ず押し付けてくる。
そんな匂いがしている。
「ああ……アランやロイスみたいに、一緒に逃げておくべきだった……。あの事件の事後処理をなんか私がする羽目になったから……」
もう不憫じゃない。
ささっと逃げる他の勇者と、結局残って処理してあげるルル。
事後処理とか無視して逃げればいいのに、それができない性格というのが、不憫を引き寄せる強大な力になっているのよ。
まあ、教えてあげないけど。
私以外にもアルに振り回される人がいないと、ダメだしね!
「ふっ。さて、アンよ。ぜひお前が摘み取ってきた悪の話を聞きたいところだが……」
「ええ! マスターになら、何でも答えますわ!」
「だが、それは長い話になるだろう。まずは、身体を清めようではないか」
「そうですわね! 分かりましたわ!」
どうやら、あちらはあちらで再会の喜び合いは終わったらしい。
街を救ったということで、かなり立派な宿に泊まっている。
贅沢な嗜好品であるお風呂も完備されている宿だ。
アルも別に嫌いではないようで、そこに向かってのしのしと歩いていく。
そして、当然のように後ろにぴったりとアンタレスがついていく。
ほへー。
「ちょおおおおおっ!? ちょ、ちょっと!? アンタレスはなんで当たり前のようについて行こうとしてんの!?」
そこを、ルルがパーフェクトセーブ。
止められたアンタレスは、怪訝そうに首をかしげる。
「え? 何でも何も……身体を清めるためですわ?」
「いや、ここお風呂一つしかないじゃん! 分けて入ることってできないわよ?」
公衆浴場のような大浴場なら、男女と別れているところもある。
まあ、基本的に混浴らしいけどね。
別に裸なんて見せて恥ずかしいものでもないでしょうに、どうして分けているのかしら。
人間って変な所で羞恥心を覚えるわよね。
どうやら、ルルもその類らしい。
「知っていますわ。別に、一緒に入ってしまえば時間も短く済みますし。お風呂の最中もマスターと一緒になれますわ! 最高ですわね!」
「頭お花畑なの?」
がっくりと肩を落とすルル。
狂人に常識を説こうとしても、まったく意味がなかった。
先程から黙っているアルにも聞いてみることにした。
「あんたはいいの?」
「うむ、別にどちらでも構わんが……」
「結婚もしていない男女が、は、裸でお風呂なんて、倫理的にダメに決まっているにゃあ!」
カッと怒りを露わにするルル。
……自由気ままな猫獣人を気取っているくせに、その貞操観念のガチガチさはなに?
なにが自由で奔放よ。真逆じゃない。
「安心しろ。ルルが心配するようなことにはならない。昔からしていたことだ」
「ですわね」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
愕然と声を張り上げるルル。
昔、アルとアンは一緒に生活していたことがあるのね。
その時にも、当たり前のように裸の付き合いをしていたんでしょうねぇ……。
普通、健康な男女が裸で向き合うようなことがあったら色々と想像できてしまうけれど、この二人にそんなものがあったとは思えない。
どうせ、悪人をどれほどむごたらしく殺すかを、嬉々として語り合っていたのだろう。
こわっ。
「まあ、何ともならないって言っているんだったらいいんじゃない? どうでもいいし」
いつまでもこんな話を続けるわけにもいかないので、ルルをなだめるためにそう言葉を放つ。
「……マスターから求められたら、何でもしますけどね」
「…………」
ボソリとアンタレスが呟いた言葉は無視した。
ルルに言ったところで、またややこしくなるだけだからだ。
……アル、どんだけやばい奴に好かれているのよ。
というか、これを生み出したのがあいつか。じゃあ、全部あいつが悪いわ。バカ。
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