第42話 ふっ、待っていたぞ
空高く打ちあがる衝撃波。
雲を切り裂き、大地を震わせる。
小規模な地震が発生したのかと思うほどのもので、街の人々は声を上げて驚いていた。
だが、幸いだったのは、これが人災ではなく自然現象だと捉えたのがほとんどだったことである。
魔族との前線に近い街でも、勇者の威光でずっと平和だった。
そのおかげで、この街の住人は平和ボケしているところがあった。
そのため、まさかこれほどのことを、たった一人の男がやらかしたとは思えなかったのである。
「うぐぅ……お腹痛いにゃ……。なんで私関係ないのに胃痛に苦しめられる羽目になっているのよ……」
胃を抑えながら猫の獣人らしく身軽な動きで素早く移動しているのは、ルルである。
大勢の人がいる中でも、誰にもぶつからずに器用に飛び回って移動できるのは、さすがというほかない。
ただ、その身軽さを自慢したりする余裕はまったくなく、ただ自分の予想が外れていてくれと願っていた。
「それにしても、あのクソ男。自分は知ったことかと動かないとか、勇者の風上にも置けないわね。私もそうしたかったわ」
勇者会議をしている中、巨大な地鳴りを聞いた勇者たち。
真っ先に動いたのは、アンタレスとメリアであった。
彼女らはそれぞれ、たった一人で飛び出して行った。
一方で、アランは動く様子を見せなかった。
お前らがいるんだから適当にうまくやっておいてくれ、とヘラヘラ笑いながら言った彼。
思い出すだけでむかついてきた。死ね。
「勇者らしくない言葉ですね」
ルルに並走しているのは、勇者のロイスである。
顔を垂れ布で隠しているのに、その動きにはよどみがない。
絶対に動きにくいだろうに。さっさと外せばいいのに、と思うルル。
あるいは、他人に顔を見せられないような事情でもあるのだろうか。
……それはそれで凄く興味がある!
ルル、好奇心は猫をも殺すという言葉を知らない。
「私は、あんたが動いた方が驚いたわ」
ぶっちゃけ、今代の勇者でしっかりと勇者らしいことをしているのは、メリアくらいである。
ルルもアランも、好き勝手に行動している。
前者は、最近変な男に捕まったせいで、全然好き勝手行動できていないが。
アンタレスも勇者らしいことをしているのはしているが、やり方がぶっ飛んで過激なので除外。
自分の欲望のままに行動することもなく、とはいえ利他的に勇者らしく行動するわけでもない。
それが、ロイスであった。
今回も自分は関係ないと動かないとばかり思っていたが、そんなことはなく、ルルに並走していた。
「そうですか。此方はあなたよりも熱心に勇者活動をしていると思います」
「あー、それはそうかもね」
とはいえ、好き勝手行動するルルよりは勇者としての仕事をこなしているのがロイスだ。
とくに不自然なこともないので、彼女はあっさりと頷いておく。
「というか、私たちが行くまでもないと思うけどね。メリアとアンタレスが速攻で向かったし」
「では、どうしてあなたは行かれるのですか?」
メリアならすべてうまく綺麗に納めようとするだろう。
アンタレスならすべて粉々に破壊してスッキリさせることだろう。
過程は正反対になるが、結果は両者ともに解決するというものになる。
だから、本来ならルルは彼女たちに任せて、とっとと気ままにどこかに歩いていけばいい。
だが、今回はそれができない。
その理由は、もちろんあの変態である。
「……ちょっと心当たりがあるから……」
「心当たり?」
「い、いや、あれだから。確実にそうだって決まったわけじゃないから。まだ希望は残っているから。きっと、おそらく、たぶん、ほぼ確実にそいつが原因なんだけど」
「それは希望が残っているとは言わないのでは?」
ドスドスとロイスの言葉の刃がルルを串刺しにする。
うるさい、黙れ。希望は残っているのだ。
信じている限り、必ず報われるのだ。
ルルは強く、硬く信じていた。
すでに、爆発音が響いた場所はすぐそこまで来ていた。
信じろ! 信じろ!
これ以上、気ままな勇者である自分の胃が痛めつけられるようなことがないことを信じるのだ!
「おおおおおおおおっ、頼むうううううう! 神様あああああ! お願いしまぁぁす!!」
ルル、初めて神に祈りながら、曲がり角を曲がってその場を見た。
「ふっ、待っていたぞ、ルルよ」
「あああああああ……」
そこには、瓦礫付きの聖剣を持って、どや顔を披露しているアルバラードの姿があった。
周りは見るも無残な形で破壊されつくしている。
なお、アルバラードはたった一度聖剣を振り下ろしただけである。
ルルは膝から崩れ落ちた。
やっぱりお前かい……。
◆
レイフィアがその場にいなかったのは、アルバラードによるとんでもない威力の叩きつけにより、それを利用して遠くに一気に吹っ飛んだからである。
あえて距離を取ったのだ。
あんな化物と、近接戦闘なんてできるはずもない。
だから、上手くいったと、多少傷を負いながらも自分をほめていたのだが……神は彼女を見捨てていた。
「あらあら、こんなところに魔族が。ゴミ掃除の時間ですわね」
魔王軍四天王の前に現れたのは、悪名ばかり広まっている例の男ではなく、悪名も顔もすべてが広がっている、最悪の勇者と名高い女。
【血染めの勇者】アンタレス。
目は全く笑っていないドロリと濁ったもので、満面の笑みを浮かべながら、レイフィアにジリジリとにじり寄ってくるのであった。
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