11 買い物は進まない
昼食を恙無く済ませた後、華憐は美咲に手を引かれるまま、服や雑貨等を見て回ることとなった。
初めての『お友達』との“お買い物”に、華憐のテンションもだだ上がりしている。
そして、何を見ても可愛い反応を見せる華憐の姿に、美咲をはじめとして、生徒会のメンバー達もメロメロになってしまった。
華憐が「これ可愛いねぇ」などと言う度に、「どれどれ、おじさんが買ってあげようね」とでも言わんばかりに寄って来て、次々と購入していくものだから、荷物は増える一方だ。
そして増えゆく荷物は、力自慢な勇と稔が全て持ってくれているのだが、増殖の魔法でも掛っているかのように増え続ける荷物に、内心うんざりしてきている様だった。
しかしそんな不満も、華憐に「ごめんね? 華憐の荷物なのに全部持って貰って……」などとシュンとした表情で言われてしまえば、「これ位、部活の体力作りに比べればどうってことないよ!」等と強がってしまうのは、高校生男子として健全な反応で……。
「勇君も稔君もすごいねぇ~! カッコイイ!!」なんて華憐に可愛く微笑んで褒められれば、デレデレしてしまうのも健全な反応なのだ。
……なのだが……。
「あいつら……。俺の華憐に惚れたんじゃないだろうな……? 『カッコイイ』なんて言われて、何か勘違いしているんじゃないか?」
「本当だよねぇ……。もし何か勘違いして、行きすぎた言動が見られるようなら、何かしらの制裁を考える必要があるよね……」
「たかだか、荷物持ちをしている位で華憐さんの気を引こうだなんて、厚かましいですわよね……」
それが通じない人物も勿論いる訳で。
そのやり取りに嫉妬して、ギリギリとした表情で敵意を燃やす誠や澄人、美咲の精神構造がおかしいのだが、不幸な事にそこに突っ込む人物は誰ひとりとしていない。
おどろおどろしい空気を蒔き散らす3人を、一歩引いた所で楽しそうに見ているのは陸斗と海斗。新は“微笑ましい”とでも言う様な笑顔を浮かべて華憐だけを見つめている。公人は、この場に居る人物たち(美咲を除く)の本心が全て読み取れてしまう訳なので、どこかうんざりした表情で、それでも何を言う訳でもなく成り行きを見守っている。
こんな『どこから突っ込んでいいか解んねぇよっ!』というような、収集の付けられない状態であっても、華憐は気にしない。
いや、何も気付かないのだ。
だから。
「ねえねえ、お兄ちゃん、誠君! 勇君も稔君も、こんなに沢山荷物持ってくれてるのに、全然へっちゃらなんだって! 凄いよねぇ? 華憐、2人とも凄くカッコイイと思ったの!」
ぽやぽやの笑顔で、地雷を踏み抜いていく。
独占欲の塊の様な誠が、自分以外の人物が華憐から“カッコイイ”などと評価される事が許せるはずもなく、自他共に認める“病的なシスコン”である澄人が、自分と誠以外を頼りにする様な華憐の言葉を許容できるはずもなく、変態思想の美咲がポッと出のキャラに『美味しいところを持って行かれた』と憤るのはある意味想定内の出来事だ。
なので、誠、澄人、美咲の3人は、そんな華憐の言葉に恐ろしい頬笑みを浮かべて、勇と稔を見つめ
「ホント、流石バレー部とサッカー部のエース様だよなぁ」
「華憐の気を引いて、どうするつもりなんだろうね?」
「荷物持ち位しか出来ないくせに、華憐さんに取り入ってどういうつもりなんですか?」
辛辣な言葉をぶつけているのも、予想通りなのだが……。
そんな彼らのやり取りをなんだかワクワクとした、楽しげな表情で成り行きを見守る陸斗と海斗。微笑ましげに笑う新。額に手を当て「ジーザス」等と呟きながら天を仰ぐ公人。
『朱に交われば赤くなる』とでもいうのか……。生徒会のメンバーは、全員がとても個性的だった。
公共の場で巻き起こる、カオスな展開。
「いや……、俺達は別に……」
「とりいるとか、そんな事は何も……」
勇と稔は、何故自分達がこれ程誠達から敵視されているのか見当も付かず、当惑していた。
もう何処から手をつければ良いのか、全くわからない様な状況だ。
道行く人達も、イケメン8名が巻き起こす修羅場に興味津々の様子で、遠巻きに様子を伺っている。
そんなギャラリーの視線に気付いてはいるが、誰ひとりとして気にもしていない。
彼らは皆、その恵まれた容姿と家柄のせいで、子供の頃から人の注目を集める事に慣れ切っていた。なので、こんな場所で興味津津に見つめられる事など、何とも感じていなかったのだ。
なので、この場を何とか収拾しようなどと思う者も1人もいなかった。
しかし、皆は1つ失念していた……。
華憐は驚いていた。
いつもニコニコと優しい誠や澄人、美咲が親切な勇と稔に対して、黒い笑顔で意地悪な事を言っているのだ。しかも、その原因はどうやら自分らしい。
なぜ自分が原因で、3人がこんな風に勇や稔に意地悪を言うのかは解らなかったが、誠たちのこんな意地悪な顔は見たくなかった。
それだけで、とても悲しくなってしまう。そして、それ以上に恐れてしまうのだ。
勇や稔の次は、自分が意地悪を言われるかもしれない……、と。
そう思えば、怖くて、悲しくて。
どんどんと華憐の瞳には、涙が溜まってウルウルしてくる。全身もプルプルと震えて、その様は正しく小動物。
「「っ!」」
その様子にいち早く気付いたのは、やはり誠と澄人だった。
しかし、『まずいっ!』と思った時には、既に華憐の首はコテンと傾げられていた。
「い……」
「「いじめないからっ!!」」
『言わせねぇよっ』とばかりに喰い気味に言葉を発し、誠は慌てて華憐を抱きあげた。
「ごめんな、華憐。吃驚しちゃったよな? 俺も澄人も怒ってた訳じゃないんだ。華憐があいつ等を褒めるから、ヤキモチをやいただけなんだ」
「ごめんね、華憐! 華憐は何も悪くないんだよ。お兄ちゃんも誠も、勇と稔の事嫌いな訳じゃないし、ちゃんと仲良しだから心配しなくていいんだよ!?」
誠も澄人も、必死で華憐の機嫌をとる。
くだらない嫉妬で勇や稔に意地悪な事を言ったが、勿論本気じゃない。華憐にこんな表情をさせてしまったのも、想定外だった。
ただ、『華憐は誰のものなのか』という事をアピールしたかっただけなのだ。
「じゃあ、華憐に意地悪な事言ったりしないの? 次は華憐をいじめるのかと思った……」
「そんなわけないだろ!? 俺が可愛い華憐に、酷い事を言ったりしたりする訳ないじゃないか!」
「そうだよ、華憐! 僕たちが、どれだけ華憐の事を大事に思っているか知ってるでしょ? ホントに、ヤキモチ焼いただけなんだよ」
「……華憐……。一番カッコ良くて大好きなのは、誠君とお兄ちゃんだよ?」
「「華憐……っ!」」
華憐の誤解を解く為に、なりふり構わず必死の弁明を行う誠と澄人に、“にぱぁ”なんて擬音語が聞こえそうな笑顔で華憐が『大好き』なんて言う。
こんな可愛い『大好き』に、2人は漏れなく“キュン死”一歩手前状態だ。
そんな状態の2人を見て、やっと勇と稔は華憐を取り巻く現状の把握ができた。
同時に、自分たちの言動が地雷案件だったという事にもようやく気付き、今更ながらに顔色を青くしたのだった……。
その後は何とか大きなトラブルもなく買い物を無事終わらせる事が出来たのだが、勇と稔おまけに公人はこんなに疲れる買い物は初めてだと思い、『第二回、生徒会メンバーによる買い物ツアー』が開催されない事を、切に願ったのだった……。
ただ、この三人以外は今回の買い物を思いのほか楽しんだ様で、「次回は何時にしようか?」などと話し合っていたので、彼ら三人の願いが叶う事はまずないというのも決定事項だったりする。




