8 親しい友人?
生徒会皆で準備を進めてきた親睦旅行は、いよいよ明日出発の日を迎える。
そんな前日の日曜日。華憐は、生まれて初めて『お友達』と買い物の為、街に繰り出してきた。
当然の様に誠と澄人は付いてきているのだが、それはもう華憐にとっても日常の事なので、気にならない。
華憐が今気にしなくてはならないのは、今日一緒に買い物に行く相手ーー美咲だけなのである。
そもそも何故、本日美咲と買い物に行く事になったのかというと……。
話は金曜日まで遡る。
いつもの様に、生徒会で作業を進めている最中。
「華憐さん……。宜しければ今週の日曜日、私の買い物に付き合って頂けませんか?」
「お買い物……ですか?」
「ええ。親睦旅行の時に持っていく服や下着を、買いに行こうかと思っているのです。私は、元々庶民なので、そういう買い物は街でしていたのですが、そんなショッピングに付き合ってくれる様な親しい友人は、華憐さんしか居なくて……」
「友、人? 華憐は、美咲ちゃんの“親しい”友人なの!?」
「はい。少なくとも私は、その様に思っていますわ」
『お友達と街へ買い物に行く』というだけでも、華憐には大興奮必須な出来事なのに、美咲はその上華憐の事を“親しい友人”と言ってくれたのだ。
今まで華憐には、『取り巻き』がいた事があっても、『友人』と呼べる様な人物など1人もいなかった。
なので、その言葉に喜んだ華憐は大興奮で誠に駆け寄り、その勢いのまま彼の首にしがみ付く様に抱きついた。
「誠君! 美咲ちゃんが華憐の事、“親しい友人”って!! お買い物に行こうって! ねぇ、行っても良い?」
嬉しそうに誠に報告した後、澄人に顔を向けて“コテン”と首を傾げて許可を求めた。
勿論、こんな可愛い華憐に『ノー!』などと答える2人では無い。デレデレとした顔で華憐を見つめながら、嬉しそうに構い始める。
「良かったな、華憐」
「勿論、買い物には行っても良いよ。その代わり、僕たちも付いて行くけど良いかな? 西条さん」
「勿論です! こんなに可愛い華憐さんを、私だけで連れまわすなんて、そんな危険な事出来ませんわ! 此方からお二人には『付いてきてください』とお願いする予定だったんですよ」
……。
デレデレした顔をしているのは、2人だけではなかった……。
美咲こそが、変質者も真っ青といった恍惚とした表情を浮かべて、拳を握りしめてプルプルしているのだ。
誠と澄人はそんな美咲の姿を見ても、ドン引くどころか「華憐の可愛さの前では、誰でもこうなるのが普通なんだよな」なんて、したり顔で頷いていたりする。
その上、美咲が華憐を『1人でつれ歩くのは危険』と言った事で、「こいつ、中々解っているじゃないか!」などと、美咲の評価を爆上げしているのだ。
美咲の方も、華憐がこんな風になってしまった経緯を聞いて、誠と澄人に対する評価はかなり高い状態だったりする。
いくら幼児退行を起こしたと言っても、本来なら、この3年の間にもっと性格的に擦れていていい筈だ。
それが、こんなに純粋培養された様に素直で可愛らしいままなのは、2人が華憐を囲い込んで大切に大切に守っていたからだ。
2人のお陰で『シマリ○君な華憐』に会う事ができたのだから、美咲にとっての2人は素晴らしい人物なのだ!
「美咲ちゃん、買い物行っても良いって!」
「ええ、華憐さん。では、日曜日の朝9時にお家まで迎えに行ってもよろしいかしら?」
嬉しそうに自分に声をかけてくる華憐を、「愛いやつめ」とでも言いたげに目を細めて見つめる美咲。
「いや、西条。俺達がお前の家迄迎えに行こう」
「そうだね……。華憐はお寝坊さんだから、車の中でも寝かせてあげたいしねぇ……。だから、10時頃に君の家に行くよ」
「まぁ……。それでは、お願いしましょうか」
「お兄ちゃん! 華憐は“お寝坊さん”じゃないもん! ちゃんと起きれるよ!!」
“お寝坊さん”という事を皆にバラされてしまった華憐は、拗ねた様に頬を膨らませて澄人に訴える。
そんな華憐を、3人は愛おしそうに優しい眼差しでみつめる。
「本当に? 毎日、起こさないと起きれないのに?」
「それは……」
「大丈夫だぞ、華憐。日曜日は、俺がちゃんと起こしてやるからな?」
澄人が可愛い華憐に少し意地悪を言えば、誠がかばう様に華憐を抱き寄せて甘やかす。
そして美咲は、そんな誠をギリギリとした表情で見つめている。
やっぱり、カオスにしか見えないこの人間模様……。
そんな彼らを、生温い眼差しで見守っている他の生徒会メンバー……。
こんなやりとりももう、彼らにとっては日常の一部なのだ。
「おっす! 月曜からの親睦旅行の資料貰いに来たぞ!!」
「いくらお飾り補助って言っても、当日は手伝うつもりでいるから、何でも言ってくれ!」
名ばかりの二年生生徒会補助員。
誠たちが、頭数合わせの為だけに部活が忙しくて活動に参加できなさそうな人物を選んだ、バレー部とサッカー部のエース様。
バレー部のエースは、黒岩 勇。サッカー部のエースは、白石 稔。
黒と白。
学園の生徒たちは彼らの雄姿を湛え、彼らの事をチェスに準えて“屈強な黒のルーク”と“最強の白のポーン”と呼んでいる。
その名の表す通り、勇は意外と良く動く上守りが固い。そして稔は、敵のゴールに近付けば、その役割を自由自在に変化させて対応する。
正しくチェスの駒のような働きを見せてくれるのだ。
「お! オセロコンビじゃないか。なんだ、わざわざ資料を取りに来てくれたのか?」
「2人とも、親睦旅行に行ったら実行委員として働いて貰わなきゃいけないもんね」
そんな彼らは、学園では『チェスの君』なんて恥ずかしい名前で呼ばれていたりするのだが、生徒会メンバー達には『オセロコンビ』や『囲碁・将棋』なんて呼ばれている……。
華憐を抱きしめていた誠は、その腕を解き、彼女の頭を優しくポンポンと叩いてから側を離れた。
澄人も華憐の側から離れ、親睦旅行の実行資料を新から受け取る。
「まぁね。せっかく生徒会に入ったって言うのに、いつもサボってばっかりだからな。こんな時ぐらいはこっちから足を運ぶよ」
「だな。当日はいくらでもこき使ってくれ」
資料を受け取りながら勇がそう言えば、稔も同意する。
そして2人は、一年生たちに視線を向け「一年生役員の紹介をして貰っても良いか?」と、誠に話しかけた。
学園内の噂でだけは色々と聞いているが、実際に本人に会うのはこれが初めてだ。
はたして、御崎華憐は噂通りの高慢なお嬢様で、西條美咲と五十嵐公人を虐げているのか? 生徒会は本当に華憐の魔性の虜になってしまっているのか……。
華憐の本質を知らない2人は、友人たちを心配していた。
そして、『もし噂が本当であれば自分たちが何とかしなければいけない!』という使命感にも駆られていた。
「そっか、2人は一年には初めて会うんだよな。華憐、西條、五十嵐。こいつ等は生徒会の幽霊補助員、黒岩勇と白石稔だ。其々、挨拶しろ」
誠の言葉に、まずは公人が一歩前に出て「はじめまして、五十嵐公人です」と無表情に挨拶した。
その次に、美咲が先ほどとは全く違う“よそいきの笑顔”で「はじめまして、先輩。私は西條美咲です。今後も宜しくお願いします。」と、挨拶する。
そして、最後に華憐が……。
「はじめまして、黒岩様、白石様。澄人の妹の御崎華憐と申します。こんな汗臭い方達に、挨拶する事になるだなんて、思ってもいませんでしたわ」
安定の高飛車な挨拶を、澄ました顔で行ったのであった……。




