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刹那、らんだまいず!  作者: めらめら
第2章 忍法学園祭
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進撃甲賀衆

 突如、学園の上空を泳ぐ凧に乗って、せつな達の前にその姿を現した甲賀衆第二の刺客、ほむら

 忍装束に身を包んだ可憐な少女が今、エナを捕らえた投げ縄を巻き取って、彼女を自分の凧まで引きずり上げていく。


「何するのよ! はなせー! はなしなさい!」

 空中で必死に身をよじるも、なすすべ無くそのまま凧まで引き寄せられたエナは、焔の左腕にその身を捕らえられた。


「エナー!」

 咄嗟に学ランの上着を脱ぎ捨てるせつな。

 剥き出しになった黒銀の右腕、『イマジノス・アーム』に、せつなは自分の意識を集中した。


狙撃手形態(ガンナースタイル)!!」

 そう叫んで、イマジノス・アームを狙撃手形態に変形させようとするせつなだったが……


「動くなせつな! この娘の命、どうなってもよいのじゃな?」

 上空の焔がそう言うって、エナの体をぐいと引き寄せて彼女の喉元に、自分の匕首を突きつけた。


「ぐぐぐぅ!」

 エナを盾に取られて為す術ないせつなは、イマジノス・アームを納めて無念の声を上げた。


「エナちゃん! 待ってて!」

 凜とした声でせつなの背後からそう叫んで、腰に下げた得物を空中に構えたのは、冥条琉詩葉だった。


「琉詩葉! 一体何を?」

 彼女を振り返って、せつなは驚きに目を見開いた。

 琉詩葉が空中の焔とエナに向かってかざしたのは、一柄の錫杖だったのだ。

 アメジストをあしらった錫杖が陽光を受けて燦然と輝く。


「冥条流蠱術、『ダーク・レギオン』!!」

 燃え立つ紅髪を闘志で震わせて、琉詩葉はそう叫んだ。

 

 ずずずずずずずずず……

 

 どこからともなく響いてくる不気味な唸り。


「なにを……!」

 上空の焔も怪訝な顔で琉詩葉に身構える。


「琉詩葉! こいつまさか!」

 せつなはようやく気づく。彼女も、『学園』の秘密に連なる、『能力』の使い手なのだろうか?

 錫杖が、紫色の光を放ちながら、振動を始めた。

 だが、その時。


「お待ちなさい、琉詩葉ちゃん」

 いつの間にか琉詩葉の前に立って、彼女を制する者がいた。


 裂花だった。


「あなたの技……ここでは危険すぎる。エナちゃんも巻き込むわ……」

 そう言うと裂花は琉詩葉に近づいて、ツッと琉詩葉の右手に指先を添えると、錫杖を下に納めさせた。


「う……れ、裂花ちゃん……」

 咄嗟の事で固まる琉詩葉に、


「あなたの技は、もっと大事な時まで、取っておいて……」

 裂花はそう言うと、琉詩葉の紅髪を白魚のような指先で撫でながら、彼女の耳元に口を寄せた。


「大丈夫、琉詩葉ちゃん。ここは、私に、まかせて」

 琉詩葉の耳元で裂花が囁く。


「ひ……ひぃぅぁ……何すんのさ!」

 裂花の妖しいモーションに、琉詩葉は顔を真っ赤にしながら、慌てて彼女をふりほどいた。


「ふふ……」

 嫣然と微笑んで裂花は、琉詩葉に背を向けると空中の焔を、ぴたりと指さした。


「無明流蠱術、『胡蝶嵐(こちょうらん)』!!」

 空を仰いで鈴を振るような声で裂花がそう叫ぶと……


 さわあ。


 突然、屋上を冷たい風が渡って、陽が陰った。


「雲……?」

 先ほどまでは雲など一つも無い秋空だったのに。せつなは怪訝に空を見る。


「な……!」

 異変を察した焔が陽を仰ぐと、


 ざわああああっ!


 次の瞬間には、焔とエナを乗せた凧は、空から飛来した、真っ黒な濁流にのまれていた。


「そんな……これは……蝶!」

 愕然とする焔。

 裂花が呼び寄せたのは、蝶だった。

 突如空から飛来した何百頭もの黒翅の蝶が、まるで小舟を弄ぶ夜の大波の如く、焔の大凧を飲み込み、もみくしゃにしているのだ。


「く……!」

 凧の舵を取るのに気を取られて、焔の注意がせつなとエナからそれた、その時、


「今よ、エナちゃん、跳びなさい!」

 裂花が、空中のエナを指さしてそう言い放った。


「う……! えーーーい!」

 覚悟を決めたエナが、焔をふりほどいて、屋上向かって飛び降りる。


「しまった!」

 気づいた焔が、投げ縄の縄を手繰ろうとするも……


 びつっ!


 甲高い金属音と同時に、エナと焔を繋いだ縄が千切れた。


「せ、せつなぁ!」

 怒りで目を剥き焔が屋上のせつなを見た。

 今度こそ、イマジノス・アームを狙撃手形態に変形させたせつなが、正確無比のその銃弾で、縄を撃ち抜いていたのだ!


「きゃああ!」

 凧から落ちて、屋上めがけて真っ逆さまに落ちていくエナだったが……


「エナーー!」

 エナの落ち行く先に必死で駆けていく人影が。


 がっし!


 屋上にたたきつけられる寸前のエナをキャッチして抱き止めたのは、コータだった。


「こ……コータくん……! ありがとう!」

 エナが頬を赤らめながら、涙混じりでコータに礼を言った。


「おのれ! かくなる上は!」

 黒蝶に揉まれる大凧の上で、焔が憤怒の形相で屋上のせつなを睨む。


「如月せつな! まずはおのれから始末してくれる!」

 とん。そう言って焔は、自分の大凧から躊躇無く屋上向かって飛び降りると、せつな目がけて一直線。

 忍者少女が、すさまじいスピードで彼に駆け寄ってきた。


「ま……! まず!」

 慌てるせつな。イマジノス・アームはまだ狙撃手形態。次弾を装填する時間は無い。

 格闘形態に戻すにもタイムラグが生じる。焔をしのぐ、術がない!


「死ねえ!」

 そう叫んでせつなの懐に飛び込んだ焔が、己の鋭い匕首を、せつなの左胸に押し込んだ。


「ぐがあ!」

 せつなの悲鳴。だが……!


「なんじゃ……? (やいば)が……通らぬ!」

 せつなの心臓に匕首をもぐりこませた筈の焔が、狼狽の声を上げた。

 刃は、せつなの左胸、ワイシャツの上にとどまって、せつなを貫くことは、かなわなかったのだ。


「ふふふふ……! 真剣白刃取り! ですの!(^o^)」

 せつなのワイシャツの胸ポケットの中から、声が聞こえてきた。


「まさか!」

 歯噛みする焔。


 ばりばり! せつなの胸ポケットを引き裂いて中から姿を現わしたのは、ピンクのレオタード姿の小さな虫翅の少女。

 その小さな両手で、焔の匕首の刃先を、がっしと受け止めていたのだ。

 変形(トランスフォーム)を果たした、せつなのiPhone。萌えメールの、めるもだった。


「くそお!」

 無念の声を上げながら、せつなとめるもから跳び退ろうとする焔。だが、めるもが握り止めた匕首が、その場から微動だにしない。

「懲りない忍カスどもが~~! 粛正ですの!」

 めるもがそう言って、残忍に笑った。が、


「待て! めるも!」

 めるもを制するせつな。

 次の瞬間、どん!

 忍び装束に包まれた焔の鳩尾(みぞおち)にせつなのイマジノス・アームが叩き込まれた。


「スタン!」

 せつながそう叫ぶと、

 

 ばちん!


 一瞬で、イマジノス・アームの発電細胞から放たれた100万ボルトの電圧が、焔の全身を打った。


「…………!」

 声を上げる暇も無く、忍者少女は昏倒して、屋上にその身を転がせた。


「せつなさま、生かしておくので?」

 不思議そうにせつなにそう尋ねるめるもに、


「ああ、こいつの脳には、色々と訊きたい事があるからな……」

 そう答えてせつなは、


「エナ、怪我はないか?」

 エナの方を向いた。


「うん……コータくんが助けてくれたから……」

 コータを見ながら、エナは嬉しそうにせつなにそう答えた。


「だったらOK。琉詩葉、コータ、こいつを、保健室まで運んでくれ」

 せつなは、エナの脇のコータと琉詩葉に言った。


「せっちゃん、その腕……! かっけ~~~! せっちゃんも『技』が使えるんだ!」

 琉詩葉が、目を輝かせながらせつなの右腕を見てそう言った。


「ん……ああ、それよりも……」

 上の空でそう答えて、せつなは空を仰いだ。

 先ほどまで空を覆っていた裂花の黒蝶も、散り々りに飛び去って、今はほんの数頭が青空をか弱く舞っているだけだった。


「裂花も、あんな技を……! 琉詩葉、あいつは一体……」

 そう呟いて、屋上を見回すが、妖しい蝶の技でエナを焔から救った少女、夕霞裂花の姿は、いつの間にか屋上から消えていたのだ。


「し……知らないし! 一体なんなのよ、あの娘……!」

 琉詩葉が顔を赤らめて、なんだかドギマギした様子で、紅髪を揺らしながら頭を振ってそう答えた。


 きんこんかんこーん……


 昼休みの終わりを告げる学園の鐘が鳴った。

 

「いけね! 急ごうぜ! この子も連れてかないと……」

 コータが、屋上に昏倒した焔を振り向いて、せつなにそう言った。


「そうだな……」

 せつなが焔と、自分の右手を交互に見る。

 咄嗟に電撃拳(ライトニングフィスト)を使ってしまったが、イマジノス・アームの冷却にはあと少しかかりそうだ。

 それまではブレイン・アクセサを使うのは無理か……


「ああ……めるも、保健室で、こいつを見張っててくれ」

 せつなは胸元をパタパタと飛びまわる萌えメールに、そう命令した。


  #


「うーん……」

 焔が目を覚ますと、そこはベッドの上。学園の、保健室だった。

 先ほどの戦いで、不覚を取ったか! 慌てて飛び起きた焔は、あたりを見回すと、ギョッとした。

 自分の頭に、何かの、幾本ものコードが接続されていて……


「ゆーんゆーんゆーん……」

 焔の枕元では、怨敵せつなの萌えメール、めるもが、周囲に毒電波を撒き散らし、その瞳を虹色に煌めかせながら、焔の頭に端子を接続して、彼女の脳に何かをインストールしようとしているのだ!


「あ、気付かれました? 焔さん。まだ『処置』が終わってないから、動いたらダメですの!(^o^)」

 にこやかにそう言っためるもに、


「ぎゃ~~! このたわけ!」

 めるもを叩き落とし、頭から端子を引っこ抜く焔。


「ふえ~~ん。ですの(T_T)」

 めそめそと泣き出すめるも。

 今だ! 焔は自分の懐から藍色の生地に小花を散らしたちりめんの巾着を取り出すと、めるもに袋を覆い被せて、巾着に閉じ込めた。


「ふおおおおお! 出しやがれですの~~~!」

 袋の中で暴れるめるも。だが、無駄なことだ。

 如月せつなが妖術を使う萌えメールを用いることは、蟲塚小四郎との戦いで分かっていた。

 携帯ジャマー機能を装備した電磁結界巾着に閉じ込めておけば、いかな萌えメールでも、全くの無力だ。

 先の戦いでこれを使うスキがあれば……!

 焔は敵陣に捕らわれた己の不明を恥じ、悔し涙を流した。

 探偵風情が、よくもあのようなまねを! しかも、昏倒した彼女にとどめを刺さずに、脳に妖しげな処置までしようとするなど!


「よくもこのような辱めを、如月せつな! 絶対に許さん!」

 焔は怒りに燃える目で、ベッドから跳ね上がって、一人リベンジを誓った。


 きんこんかんこーん。


 放課を告げる鐘が鳴った。せつなの学園生活一日目も、どうにか終わろうとしていた。

 せつなは、エナとコータと一緒に下校しようとしていた。


 (なんかこいつら……急に仲良くなりやがったな!)

 コータとキャッキャウフフしているエナを見て、せつなは何だか取り残されたような、寂しい気分になった。

 だいたい、俺だってエナを助けるためにがんばって戦ったのに……!

 いつも通り、帰りに公民館でコータとモンハンしようと思っていたのに、もう、とてもそんなことを言いだせる空気では無いのだ。


「せつな! 先に帰っててくれ! 俺、エナにノート写させてもらったら行くよ!」

 か……彼女出来た途端に、この仕打!!!!

 せつなは何だか、ジュクジュクと嫌な気分になってきた。


「もう……もういいよ~~!」

 泣きながら、いたたまれないこの場から逃げ出そうとするせつな。だが、その時だ。

 秋風吹き荒ぶ黄昏時の校庭の真ん中に、ガッシと腕を組み三人を待ちうける影があった。


 焔だ。


「如月せつな! こうなればもう、手段は選ばぬ! 級友もろとも地獄に行くがよい!」

「せつなさま。ごめんなさいですの(>_<)! しくじりましたの(T_T)!」

 彼女の手の中の巾着から、めるもが謝る声が聞こえる。


「虫けらが! 黙っておれ!」


 ブチュ!


 焔が、めるもを巾着ごと握りつぶした。


「うわ~~~! 俺のiPhoneが~~~!!」

 せつなが、悲鳴を上げた。


「まったくしつこいな~! よくもせっかく買ったiPhoneを!!!!」

 イマジノス・アームを構えるせつな。だが冷却まで、まだ時間が掛かる。機能は相当限定される。

 この状況で、どうにかこいつを黙らせるには……せつなが思案していると、いきなり!


 がじ! 焔がおもむろに、己が手首に口をつけると、鋭い犬歯で自らの動脈を噛みちぎった!


 ぶじゃゃあぁああぁあぁあぁああああ……


 手首から吹きだす血しぶき。眼前に展開されるあまりにもサイコな風景に凍りつくせつな達に……


「死ぬぇぇえええええええ! 如月せつな!」

「せつな!危ない!」

 何かを察したコータが、咄嗟にせつなとエナの前に立った。


 びしゃっ!


 焔の血をもろに浴びるコータ。


「うぎゃああああああああああああああ!!」

 コータの絶叫が校庭にこだました。


「ひい!」

 せつなは眼前の地獄に息をのんだ。


「いやあああああああああああ! コータくん!!!!」

 金属を引き裂くようなエナの悲痛な叫び。


 コータの体が、真っ赤な炎に包まれて、みるみる地面に溶け落ちていく!


「あ……あうあうあああぅうう~~~!」

 親友の突然の死に言葉を失うせつな。


「見たか! 血塗(ちまみ)れ忍法『闇焔(やみほむら)』! 如月せつな! 次は貴様だ!!!」


  #


 何たる凄絶な忍法か!

 焔の体内を巡る血液は、常人のそれではなかったのだ。

 彼女の血は、ひとたび体外に流出して外気に触れるや否や、強烈な化学反応を起こし、紅蓮の炎を発しながらあらゆる生物を腐蝕溶解する劇物へと変化するのだ。

 彼女の忍装束もまた、炎に包まれ溶け落ちて行く。

 だが、かような劇物をその可憐な裸身に浴びながら、なぜ焔自身は燃え尽きてしまわぬのか?

 その秘密は彼女の常軌を逸した代謝機能にあった。

 彼女の血は確かに自身の皮膚を焼き、溶かしてはいるのだが、常人の数万倍のスピードで再生する皮膚組織が焔の躰を一に保っているのだ。

 数百年にわたる近親交配と、常識を超えた鍛練が生み出した正に忍者の神秘であった。


 せつなとエナに、紅蓮の焔が迫る!


  #


 一方その頃。

 学園の裏山から望遠鏡で校庭の様子を窺う三人の男がいた。


「機は熟した!我らも出るぞ!」

 校庭に立つ血霞を認めた甲賀衆、空我弦之助(くうがげんのすけ)が鬨の声を上げる。

 焔の『血塗れ忍法』は開戦を告げる狼煙だったのだ。


「応!」


 アミガサ粘菌斎(ねんきんさい)陀厳状介(だごんじょうすけ)がそれに続く。

 三人の異形の忍びが、学園めがけて進撃を開始した。


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