超時空学園
萌えメール!
俺は呆然とした表情で目の前に浮かぶ『めるも』を見た。
送信者のイメージした形態にその場で変形して、受信者にメッセージと同時に様々な『添付アイテム』を送付する。最近のスマートフォンにそういう機能が装備されているのは知っていたが、よりによって大月教授が、俺のiPhoneにそんなものを送りつけてくるなんて!
それにしてもこの姿は……ピンクのレオタードに虫翅の女の子……教授、あいかわらずいい趣味をしている。
だが、そもそも……? 訝る俺。ヤツは、あんな状態で一体どうやってメールを送付できる?
「まさか……!?」
俺はうなじの毛が逆立った。大月教授が、自身の脳量子波を制御して超空間ネットワークに自在に干渉できるという噂は、本当だったのだ。
「教授……。その気になれば脱獄は簡単ってわけか……」
大月教授の底知れない能力を目の当たりにして、俺は再び背筋が凍った。
「そんなことより、せつな様」
めるもが俺に言う。
「まずはそこの、ゲジゲジミミズ野郎を始末いたしますの!」
彼女は、俺の一撃からようやく回復して、俺に向き直った火星忍者、蟲塚小四郎に向かってそう言った。
「うぬぬ! 怪しげな!」
めるもの姿を認めた小四郎、再び懐に手をやると、十文字手裏剣を矢継ぎ早にこちら向かって投げてきた。
だが……
がきん! がきん!
めるもの目の前まで飛んできた手裏剣は、真っ赤な火花をまき散らすと、彼女の正面に生じた見えない壁に阻まれて、次々と路上に弾け飛んだ。
『バリヤー』か! 俺は目を見張る。めるもは只のメールでは無い。おそらくは火戦・白兵戦に際しての対処プログラムと、主要装備を全て実装した戦闘萌えメールなのだ。
「な……手裏剣が!?」
戸惑う小四郎むかって、
「さあ! 粛正ですの!」
めるもが嬉々としてそう言った。
いつのまにか、その右手に握られているのは、先端に紅玉を冠した銀色の錫杖だった。
彼女は錫杖を振り上げるなり、
「グラヴィトン・ハンマー!」
そう叫んで、錫杖を振り下ろす。
おお、小四郎の身体の真上に、金色の光の円環が生じると、
ずどん!
次の瞬間、光の召喚門から降下した金色に輝く円形の高圧エネルギーが、蟲塚小四郎の身体を直撃した。
悲鳴を上げる間もなく、一瞬で圧潰され、ぺちゃんこになる小四郎。
重力戦槌! そんなものも使えるのか!?
俺は、唖然としてしばし固まってしまった。だが、戦いはまだ終わっていなかった。
「ぴちゅちゅちゅちゅ~~!」
いち早く危機を察して小四郎の頭部から逃げ出した火星長虫の一群。
重力戦槌の射程を逃れて道路に飛び出した何百匹もの長虫の群れが、四方八方に散らばってあたりに逃げ去っていく。
「ミミズどもがー! 逃がしませんの! 粛正! 粛正! 粛正!」
そう言って、何度も何度も錫杖を振るめるも。
ずどん! ずどん! ずどん!
逃げ惑う長虫の群れの真上に、何度も何度も高圧エネルギーが降り注ぐ。
瞬く間に、ヤエンシュトラーゼのアスファルトは穴だらけになり、ついに長虫達は一匹残らずミンチ状に押しつぶされた。
恐るべき火星忍者、蟲塚小四郎の最後だった。
「さあ、せつな様、カタがつきましたわ!」
俺を向いて、満面の笑顔のめるもが言う。
「『捜査』を開始しましょう!」
#
「あーこりゃひどいなー。メーカーから部品を取り寄せないと。一カ月はかかるよ」
タイヤ館タマセンターの整備場で、スピナーの電子機器にビッチリ詰まった羽虫の死骸を見て眉をしかめるおやじ。
「そこをなんとか、頼むよおやっさん! かき入れ時の大事な商売道具だよ!」
おやっさんに手を合わせて頭を下げる俺。
「まーなんとやってみるけどさ、それより如月ちゃん、頼まれてた例の件なんだけどな……」
恩着せがましく腕組みしてため息をつきながら、おやっさんが『別件』について話し出した。
「何か、わかったのか?」
俺はおやっさんに訊き返す。この男、見た目は冴えないタイヤ屋のおやじだが、こいつがタマ市中に張り巡らせている独自の情報網には俺も一目措いているのだ。
「未成年の失踪事件って言ってもな、原因は千差万別だよ。解決したケースで言えば、家族と折り合いが悪くて家出。女の家に転がりこんで同棲。マフィアとの金銭トラブルによる拉致監禁。世界一周を思い立ってトーキョー湾で密航しようとして挫折……原因は色々だわな。ただ……」
おやっさんが眉をひそめた。
「未解決のケースで何個か気になるのがあってね。『学園』に行く……家族や周りの奴にそう言い残して、姿をくらましたガキの数が、片手じゃ収まらんのよ」
そう言って、首を傾げるおやっさん。
「また『学園』か……」
俺は歯噛みした。その言葉には、俺も聞き覚えがあったのだ。
輸送途中に逃げ出した凶悪な廃棄生物兵器の行方を追って、ようやく下水道に奴の住処を突き止めたら、肝心の怪物は先にボコられて回収済み。依頼者曰く『学園』の生徒と名乗る子供がつかまえて、持ってきてくれた……とか。
偽札事件の首謀者を追って闇印刷所までたどり着いたら、黒幕はすでに確保され、偽札が全て子供銀行券に入れ替わっていた……とか。
ポルターガイスト現象の原因を突き止めるために、家主の依頼で古い洋館に調査に行ったら、門前にすでにタマ市給食センターのおはぎとお線香がお供えされていて、以後ぴたりと怪奇現象が起きなくなった……とか。
俺がこれまで扱ってきた事件の中でも、『学園』なる組織の介入のおかげで迷宮入りになったり、逆に先に解決されてしまった事件は少なくない。
「ありがとな、おやっさん。それだけ解れば十分だ」
おやっさんに礼を言うと、俺はタイヤ館タマセンターを後にした。
#
「せつな様、検索完了ですの」
車がないので仕方なく徒歩で最寄り駅に向かう俺の胸ポケットから、変形したiPhone105、めるもがぴょこんと顔をだした。
彼女には、パルテノンで出会ったあの少女、嵐堂刑事言うところの『炎浄院エナ』の調査を頼んでおいたのだ。
「『彼女』について、何か判かったか?」
俺はめるもに尋ねた。
「『炎浄院エナ』。住所不明、年齢不明、学籍不明、病歴を含む身体的特徴不明。役所を始め、ありとあらゆる機関のコンピューターから、彼女の情報は抹消されています」
めるもが翅をぱたぱたさせながら答える。
「なんだよそれ、臭いなんてもんじゃないな」
仕方ない。少女の件については行き止まりか……いやまて。
「打つ手はあるかもしれん」
俺はおやっさんから得た情報に思い至って、そう呟いた。
だがその前に……
「『トワイライト・サイン』について、何か情報は?」
俺はモグロの捨て台詞を思い出して彼女に尋ねた。
「ある宗教団体の教義の一節に、該当する単語がヒットしました」
めるもが不安そうに眉を寄せてそう答える。
「『東方薄暮騎士団』……前世紀に暗躍していた異形の神々を崇拝する秘密結社です。過去には『アーカム計画』『炎蛇計画』といった様々な犯罪に関わっていたようです」
そう言って、めるもは教義の一節とやらを読み上げ始めた。
「黄昏の兆し。天に紅き標昇りて、地の楔、空の楔、時の楔の抜き放たれし刻、我らの悲願はここに成就するなり。天地が一なるものになり、古き神の治世がはじまらん……」
「『秘密結社』、『異形の神々』……! 面白いな」
大好物ワードの連発で、俺の胸は高まる。
「せつな様、さっき『打つ手』といいましたけど?」
めるもが翅をぱたぱたさせながら俺に尋ねる。
「ああ、エナの『転移』が無意識であるなら、イメージした転移先は暗号化されていない可能性が高い。俺のブレイン・アクセサのアンテナが、彼女の発した脳量子波を受信しているかも知れん、それを辿れば或いは……」
俺は右手にアクセサの端子を形成した。
「めるも、解析を頼む!」
ぷちぷちぷち! アクセサの端子がめるもの背中に接続されていく。
「ゆーんゆーんゆーん……」
虹色に瞳を輝かせて、ブレイン・アクセサから、いろんなモノを受信するめるも。
「こ……これは……! なぜ彼女がそんな場所を!」
めるもの虹色の目が、驚きに見開かれた。
「わかったのか? めるも!」
「はい、せつな様……」
めるもが戸惑いながら答える。
「あらゆる並行世界に遍在し、混沌の『先触れ』と戦う『超時空学園要塞』……私達はただ『学園』と呼んでいます!」
やはりな……! 俺は自分の勘が正しかったことを確信し心中でガッツポーズをとった。
「座標は割り出せるか? めるも」
謎のベールに包まれていた『学園』に、ようやく辿り着けるかも知れない。そこに今回の事件のキーが隠されているのだ。
「はい、せつな様。すぐ……近くです。出発しましょう!」
めるもが笑顔でそう答えた。
#
「こ、ここが『超時空学園要塞』~~~~!?」
めるもの案内で学園に辿りついた俺は、へろへろと全身から力が抜けてきた。
目の前に建っていたのは、俺がかつて通っていた、私立聖痕十文字学園中等部だったからだ。
「うぅうう……」
俺は何だか、ジュクジュクと嫌な気分になってきた。
林間学校の飯盒炊さんで、出来心でコーラを焚き火にくべてみたら大爆発してカレーが台無しになって、担任から泣くほど怒られたり……
「1」ばかりの通知表をどうにか改竄しようと、プリンターで「1」を「4」に上書きしてごまかそうとしたが呆気なくバレて親から泣くほど怒られたり……
密かに書いていた異界戦記小説『真説・ヴュルツヴァルド・サーガ -序章-』(イラスト付き)のノートをうっかり学校に忘れたら、友達にバレて、全ページをネットに晒されたり……
俺の脳裏に、色々と、二度と思い出したくもない魔の中学時代がまざまざと蘇ってきたのだ。
「この『世界』ではこういう『形態』なのです。さあ! エナさんを探しに行きましょう!」
背中の翅をパタパタさせながらめるもが俺に言う。
「うぐっ!」
俺は二の足を踏んだ。黒のトレンチコートにグラサン、山高帽でビシッとキメた俺は、学校に侵入したら、かなり不審者っぽいのでは……?
だがここで躊躇していては事件は解決しない。俺は思い切って、校門の周りの植木を手入れしている用務員さんと思しき人物に声をかけた。
「あの~、最近この学校で、何か変わった事とか、ありませんでした? 空から女の子が降ってきたとか……」
俺はモジモジしながら、怪しさ大爆発の質問を用務員さんに投げかけた。
「変わったことか……そうさなあ、たしかにあったよ、『探偵さん』!」
……こいつ、何故俺のことを!!!
がきっ! 咄嗟に身がまえた俺の両腕に巻きついてきたものを見て、俺は額につめたい玉の汗が浮かんだ。
鎖だ。用務員が投げ打った特殊合金オリハルコン製の分銅鎖が、俺の腕に絡みついているのだ。
これはどういうことだ!? 振り向いた用務員の老人が、その手に構えていたのは、分銅鎖に繋がれたひと振りのギラリと光る、鎌だったのだ。
『鎖鎌』の使い手か! この距離で己が武器を気取らせぬとは……こやつ、出来る!
「如月せつな、とかいったな小僧。こんな老いぼれに遅れを取っておいて、『奴ら』と張り合おうってのかい?」
分銅鎖を巻き上げながら、じりじりと俺との距離を詰めていく老人。このままでは、奴の刃の間合いだ。
ならばいっそ! 俺はイマジノスアームの膂力を尽くすと、奴の鎖を思い切り引っ張り上げた。
「ぬおおお!」
一瞬、体勢を崩すかに見えた老人。しめた! 俺は瞬時に右腕をグラップルスタイルに変化させる。
だが、なんたること! すたんっ! 次の瞬間、男の身体が宙に舞った。
奴は驚くべき跳躍を見せると、俺の頭上を飛び越えて、俺の背後に着地したのだ。
「しまった!」
背後を取られた俺の襟元に、研がれた鎌の刃先があてがわれた。
やられる! 俺が死を覚悟した、その時、
「物部さん、そこまで!」
気がつけば俺と男の前には、朽葉色の着流しに銀色の蓬髪をなびかせた、眼光鋭い一人の老人が立っていた。
まさか! こいつ! まだ現役だったのか! 俺は驚愕で息をのんだ。老人の顔には、見覚えがあった。
私立聖痕十文字学園理事長、冥条獄閻斎だった。
#
「如月くん、さっきは手荒な事をしてすまなかったな」
応接室に案内されて、ほうじ茶をすする俺に、理事長が頭を下げた。
「物部さんは、君の事を試しておったのだよ。『資格』があるかどうかをな」
「ふん! 少しは腕に覚えがあるようだが、俺から見りゃ未熟なひよっこよ」
さっき俺と渡り合った学園の用務員さんが隻眼をギラリと光らせて鋭く俺を睨めつける。
よく見れば、この男の顔にも名にも、俺は覚えがあった。数百の星系を股にかけ、何千もの未確認宇宙生物を捕獲してきた伝説のベムハンター『マタギ』の凄腕、物部剛毅老師その人だ。
ハンターを退いてからその足跡は杳として知れなかったが、まさか俺の母校で用務員さんをしていたとは……!
「そんな事より、何で俺の名前を……」
俺は学園の理事長、冥条獄閻斎に尋ねた。
「うむ、君があの事件に関わった瞬間、わが校の混沌検知システム『マギカ』がこの『世界』の異変を告げた当初から、君は『学園』の厳重な監視下にあったのじゃ。君がここに来ることも察知しておった。そこの萌えメールが、怪しげな毒電波を撒き散らしていたからな!」
「げっ!」
俺は、めるもを睨んだ。
めるもが俺からシレッと視線をそらす。
こいつは大月教授の尖兵でもあったのだ。
「だいたい、そんな恰好をしていたら世界中のどこにいたって怪しまれるだろw」
物部老師が俺を指差して笑う。
俺は、男の美学を馬鹿にされて、ちょっと(´・ω・`)ショボーンだった。
それにしても、俺の母校にこんな秘密があったなんて。
俺にも理事長の言っていることは半分も理解できなかったが、どうやら世界中から『手練れ』を集めて、街の平和を乱す輩を叩き潰す。それが『学園』の目的らしい。
「では『炎浄院エナ』の事も知っているんですか?」
続けて尋ねる俺に理事長が頷く。
「うむ、炎浄院くんはわが校で安全に保護しておる。彼女が転移する瞬間、『マギカ』を介して彼女の脳内にマーカーを送信し学園に誘導したのだ。彼女はわが校の生徒としてここに身を隠しておる。そこでな如月くん、わしから君に依頼があるのだ。わが校に『入学』して、彼女のボディガードに就くのだ。この『世界』では『隊員』が不足していてな」
ぶーーーーっ!
ほうじ茶を吹きだす俺。中学校に入学て……。
「『敵』もいずれ、ここに気付くだろうしな。おまえさん、腕はまだまだだが、筋はいいぞ。俺が鍛え直したる!」
物部老師が二カッと笑う。
「いやでも、そんな急に……」
モジモジする俺に理事長はこう言った。
「大丈夫だ如月くん、学園生活を送りやすいよう、君を『チューン』するからな」
理事長は懐から巨大な魔法の指輪を取り出して自分の指にはめると、俺にむかって、おもむろにこう唱えた。
「チンカラホイ!」
ぽんっ!
俺の体が白い煙に包まれる。
唖然として鏡を見た俺は、仰天した。
俺の体が、中学二年生当時のそれに逆戻りしているのだ! ご丁寧に学ランまで着ている!
「どわ~~~~! なんじゃこりゃ~~~~!」
悲鳴を上げる俺に理事長が追い打ちをかける。
「ついでにな、君の格好つけた一人称も、もうやめじゃ。なんか書いてて窮屈だしな!」
理事長が傲慢に言い放つ。
「そ、そんな~~」
せつなは、まじでがっくりきた。




