黄昏の鼓動
「うわあ!」
悲鳴を上げて、彼は布団から跳び起きた。
「夢……だったのか? 此処は?」
彼は見知らぬ部屋にいた。
窓から差し込む夕陽が、本や漫画が乱雑に散らばったアパートの畳の一角を赤黒く血の色に濡らしている。
なんだか、長い長い夢を見ていたような気がする。
夢の中で、彼は探偵だった。
学園に潜入し忍者と戦い、魔王と手を組み、クラスメートを助けるために天空の悪魔城にしのびこんで……
神さまに、会いに行った。
「ちがう! 夢じゃない!」
せつなは思い出した。
「あいつらは! いま、どこにいる!」
せつなはアパートの窓を開け放して、空を仰ぐ。
ごごごごご……
茜の空に浮かんだ巨大な空宙戦艦が、いま多摩市の空を横断していた。
「あいつらだ! 追いかけないと!」
せつなは慌てて出支度を整えようとする。
その時、
がちゃん。
食器や調味料の瓶が置きっぱなしのちゃぶ台から、ふりかけの缶が転がり落ちた。
「あ」
せつなの胸を、何かがよぎった。
「鳴……」
ふと、せつなの胸に耐えがたい悲愁の影がさした。
一瞬、自分がまだこんなふうになる前、家族や仲間と一緒にいて、少しはまともだった頃の記憶が、彼の頭をよぎったのだ。
「鳴、母さん、父さん、姉貴、まりか……!」
ぽつり、ぽつり、せつなは、顔も思い出せない誰かの名を順々に呟いていった。
だが……!
せつなは再び窓から空を仰いだ。
それでも今は、ただ走って、戦い続けるしかない。
今のせつなには、もうそれしか残されていないのだから。
いや、ちがう。
それだけではなかった。
とくん。
あ……!
今、ようやくせつなは気付いた。
彼がこれまで、かたくなに覗くことを拒んできた虚ろな胸の内に、僅かな、温もりがあった。胸の内に灯がともっていた。
とくん。とくん。とくん。とくん……
けっして血の通うことの無かった左胸が弱々しく、それでも今、確実に、鼓動しているのだ。
そうだ……!
ただの、繰り返しじゃない!
せつなは左胸をおさえて、アパートの窓から赤黒い空を仰ぐ。
棘持つ蔓に覆われた夕焼け空。
茜の空に咲いた真っ赤な薔薇。
夕闇を征く空中戦艦。
崩れ落ちた学園。
ふと、せつなは眩暈にも似た感覚を覚える。
道のりは遠い。
自分の全てを取り戻して、真実に辿りつくまで、一体あと、どれくらい戦わなければいけないのだろう?
いや、もしかしたら真実になど、決して辿りつけないのかもしれない。
でも……! それでも……!
行こう。
あいつらが待っている。
せつなは眦を決した。
「コータ。エナ。琉詩葉。メイア……!」
せつなは次々に、友の名を、かけがえのない者の名を呼んだ。
「まっていろ! 今度こそ! まとめて束ねて、絶対にお前らを助けるからな!」
彼はそう叫ぶと、左眼に真っ黒な眼帯をかけ、黒革のロングコートを羽織り、イマジノスアームをバトルスタイルにシフトさせながら、アパートの扉を蹴破って往来へと飛び出した。
俺たちの戦いは、始まったばかりだ!!!!
せつなは一路、血の色の空の下、暗雲渦巻く学園から飛び立った巨大空中戦艦の影を追い、人影の絶えた往来を全力で疾走りはじめた。
=まりか、りじぇねれいと!Ⅱ=
刹那、らんだまいず!
了




